CCI

   2006年 11月号 No.700




新世紀への提言




赤堀 雅幸
 (上智大学アジア文化研究所)
 1961年松本市生まれ。松本深志高校卒業。東京大学大学院総合文化研究科文化人類学専門課程博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、専修大学講師を経て、上智大学外国語学部助教授。専門は人類学、地域研究。
 著書に『イスラームの神秘主義と聖者信仰』(共編著、東京大学出版会)、「イスラームと多元主義、イスラームの多元主義」泉邦寿他編『グローバル化する世界と文化の多元性』(上智大学出版会)、「父系、父権、遊牧、イスラーム」田中雅一・中谷文美編『ジェンダーで学ぶ文化人類学』(世界思想社)、「ムスリム民衆研究の可能性」佐藤次高編『イスラーム地域研究の可能性』(東京大学出版会)、「ベドウィン伝統歌謡の継承と変容」大塚和夫編『現代アラブ・ムスリム世界−地中海とサハラのはざまで』(世界思想社)。

  


ベドウィンの暮らしと
精神性にみる
人類の多様性と共通性


 アラブ世界の遊牧民と聞くと、月の砂漠をラクダで行く、ロマンあふれる姿を私たちは思い描く。あるいは、馬を駆って刀を振りかざし勇ましく戦う人々をイメージする。とはいえ、砂漠に暮らす遊牧の民の実像について、知ることは少ない。
 そこで、アラブ系遊牧民「ベドウィン」と暮らしを共にした人類学者の赤堀雅幸氏にお話を伺った。
 彼らと日本人とはどこが違い、どこが同じなのだろうか。また、ある民族なり部族の日常を知ることから、私たちは何を見出すことができるのだろうか。

アラブの遊牧の民・ベドウィン

― ベドウィンと聞いて、馴染みのない読者もいると思います。どんな人々なのか、そのあたりからお聞かせ願えますか。

赤堀 アラビア半島を中心に中東の砂漠に住み、ラクダや羊などを飼育するアラブ系遊牧民のことをいいます。ときとして一万キロを移動する部族もありますが、ベドウィンの移動は、目標を定めない移動ではありません。夏のキャンプと冬のキャンプが決まっていて、それぞれに長くて三カ月ほど滞在し、その間を時間をかけて移動します。

― ベドウィンの人口規模は、現在どのくらいなのでしょうか。

赤堀 正確な統計は出ていませんが、中東の人口に占める遊牧民の割合は一%に満たないと思います。そもそも中東における遊牧民は少数派で、しかもこの百年で激減しています。
 アラブの遊牧民に、ある種の勇ましさをイメージされる方も多いですし、実際に砂漠で礼拝をし、また颯爽と馬に乗るベドウィンの民は格好よく見えます。しかし歴史的にみれば、彼らは農耕文明に馴染めず、砂漠へ押し出され、遊牧生活をせざるをえなかった人々なのです。

― 近年、その数が減少しているのは、遊牧する必要がなくなってきたからでしょうか。

赤堀 その通りです。たとえば自動車があれば、大家族で移動する必要はありません。若い者が車に家畜を乗せ、放牧地に連れていけば事足ります。実際、ヤギや羊、ラクダを飼っていても、移動はせず定住する人々がふえています。

― 遊牧民の社会にも近代技術の波が押し寄せているのですね。

赤堀 ええ。他にも、ベドウィンの減少には、国家の定住政策も影響しています。納税や兵役、教育の義務を果たさせるためには、移動されたのでは都合が悪いからです。
 また、子どもの将来に資することを考え、自ら進んで子どもに教育を受けさせるベドウィンもいます。さらに、石油開発や観光開発に関わって儲けようとする人々もいます。彼らの暮らしの意識もずいぶんと変わってきましたね。

父系出自に強くこだわる理由

― もともと、ベドウィンの社会は、父権的なのですか。

赤堀 ベドウィンに限らず、イスラーム教徒はきわめて父権的だとよく言われます。しかし、女性にまったく権力がないわけではなく、母親は隠然たる権力をもっています。直接父親に物申せるのは母親だけです。子どもたちの希望を吸い上げて、父親にそれとなく伝え、話をまとめる方向へもっていくのは母親の役割です。

― イスラーム社会は血統主義が強いと聞きますが、いかがでしょう。

赤堀 ベドウィンはとりわけ父系の出自にこだわります。たとえ十歳の子どもであっても、自分の祖先の名前を十代前まで遡れます。自分の名前に、延々と男の祖先の名前がついているのです。

― 移動する民であるために、血統を明らかにすることが、自らのアイデンティティになるのですね。

赤堀 そうです。長い距離を移動し、しかも土地の所有権を証明する登記簿など持たない人々が、何を頼りに遊牧の際に水や牧草といった資源を使うことができるかといえば、それは祖先が共通であることです。祖先のことを覚えていれば、今生きている他のベドウィンたちとの関係を説明できます。

― 一夫多妻はまだ現実に存在しているのでしょうか。

赤堀 はい、ベドウィンの場合は一般的です。法制上一夫一婦制をとっているトルコやチュニジアを除いて、イスラームでは四人まで奥さんをもっていいことになっています。ただし現実には、一夫多妻は非常にコストがかかり、都市部では相当なお金持ちでないと無理です。また、農村の場合は、都市部に比べ複数の奥さんをもつ人が多いものの、人間関係が非常に稠密なので、一夫多妻がむずかしくなっている気がします。

― 一夫多妻のもとでは、結婚できない男性もいますね。

赤堀 確かにいますが、ベドウィンの場合、離婚や再婚も多いので、相当な歳まで独身だという男の人はまれです。中には、「八度目の結婚です」という人さえいます。

― 離婚は双方からできるのでしょうか。

赤堀 イスラム法上はどちらからでも可能です。しかし、ベドウィンの場合、女性から離婚を言い出すことはありません。男性側からは「汝を離婚する」という台詞を三回いえば、離婚が成立します。
 離婚された女性は、基本的には実家に戻ります。ただし、結婚生活が長い場合、実家の世代も交代していますから、権利上実家に戻ることができても、受け容れてもらえるかどうかはわかりません。そうした背景があって、女性は自分の息子が成人するととても喜びます。離婚されても、息子が面倒を見てくれるという安心感が生まれるからです。

― ベドウィンはベドウィンとしか結婚しないのでしょうか。

赤堀 さえないベドウィン男性が、農民の女性を奥さんにもらうケースはあります。農村地帯の近くで遊牧するベドウィンは特にそうですね。ベドウィンは、農民のことを土にまみれてあくせく働く誇りのない連中だと軽蔑していますが、それでも独身でいるよりましと思うのでしょう。もっとも農民からは、ベドウィンは砂漠で暮らす野蛮な奴等だと、逆に軽蔑されていますが。

農耕文明に依存した暮らし

― ベドウィンの主な収入は家畜によるものですか。

赤堀 現在も移動生活をするベドウィンの収入のベースは家畜です。定住すると、これに農業と商業が加わります。砂漠でも育つスイカやイチジクやオリーブを栽培します。この三つは手間ひまもかかりませんから、耕作に不慣れで土をいじることを好まない遊牧民でも容認できる農業で、盛んに行われています。また、エジプト政府が敷設した料金の安い水道を使ってトマトを栽培し、街で商いをする者もいます。さらに目端の利くベドウィンには、観光ホテルを所有する者、政府の開発事業に投資する者もいます。

― 移動生活で、食料や教育、医療はどうしているのでしょう。

赤堀 食料については、日常的にはパンを食べ、緑茶や紅茶を飲んでいます。あとはチーズやバター、オリーブオイル、イチジクなどをよく食べます。羊や米はご馳走で、特別な客があったときに出されます。遊牧民といっても、すべてを移動しながら自給自足で賄える部族はほとんどありません。大半の生活用品は農耕文明に依存しなければ手に入らないのです。ですから、ベドウィンに限らず、ほとんどの遊牧民は必ず農耕地帯の周辺で暮らしています。
 生活用水については、雨水や地下水を利用しています。現在では、政府の給水車が配給に回ることもあります。
 教育についていえば、現代のベドウィンの就学率は男の子であれば九割に及びます。遊牧している場合でも、定住している親族に子どもを預けて、小学校くらいまでは行かせます。ただし、さまざまな生活技術や簡単な礼拝の仕方は今も昔も親族がしつけます。
 定住するベドウィンがふえましたから、医療も診療所で受けるケースが多くなっています。移動しているベドウィンの場合、伝統的に民俗医療に携わっている一族が存在しており、彼らに診てもらうか、あるいは自分たちで薬草などを使って治療します。

― 死者の埋葬についてはいかがですか。

赤堀 土葬です。死者の足をメッカの方角に向けて埋め、復活の日に起き上がれば、目の前にメッカが見えるようにしてあげます。ただし、墓は土饅頭をつくる程度の簡単なものです。イスラームにおいて、死はアッラーがもたらした運命ですから、死者にこだわることは、その運命にあらがうことになります。したがって、彼らは死を過度に嘆き悲しみ、墓に参ることを肯定しません。そうした意味で、ベドウィンはイスラームの教えの忠実な実行者です。

― 移動を続ける彼らに、所属する国家の国民としての意識はあるのでしょうか。

赤堀 現実的に、納税や兵役、教育の義務を課せられていますから、国家の存在は常に意識しています。しかし、自分が特定の国家の忠実な一員であるとは、強く意識はしていないでしょう。実際、ルワラと呼ばれるアラビア半島のベドウィンなどは多重国籍を認められ、四つの国の国民でもありながら、どの国の国民でもないという状況を実現しています。

問題の所在さえ不透明になった日本

― ベドウィンの暮らしを研究された赤堀さんの目に、今の日本はどう映りますか。

赤堀 エジプトでは一生懸命働くのはなぜですかと問えば、多くの人が「豊かになって、家族が飢えることなく暮らしていくためだ」と答えます。また、何が欲しいかと聞けば「子どものためのより高い教育」と答えます。エジプトが経済的政治的な問題を抱えているのは事実ですが、問題の所在自体は比較的明確に人々に見えているのです。
 これに対して現在の日本は、そもそも何が問題か、どういう方向を目指せば問題が解決するのかがはっきりしません。一体日本人の幸せとは何なのか議論がしにくい状況です。

― ある程度の豊かさを手に入れたものの、次の目標が見つけられずにいるかもしれませんね。

赤堀 ええ。何を目指すにしても、確たる価値観や倫理にあたるものが見えにくいですね。今の日本人には、明日のことを慮り、より良い日本をつくろうと考えることは、かなり苦しいことのような気がします。

― 体系だった倫理観や宗教観を持ち合わせていませんし、国家にも明確な戦略がありません。

赤堀 戦後、これから自分たちがどんな価値観のもとに歩んでいくのか、議論ができないまま、今日に至ってしまったということです。
 エジプトの学校には、宗教の時間がありますが、「善なるもの善としてこれをなせ」と教えられると、子どもたちは皆素直にうなずいています。これが日本だったらどうでしょう。道徳の時間に同様なことを教えても、懐疑心を抱く子どもが多いのではないでしょうか。

― 戦後の日本社会は、経済的な発展を価値としましたが、それが仮のものでしかないことが、バブル崩壊で分かってしまいました。

赤堀 新しい価値を築くために、もう一度しっかり議論するとしたら、その機会は今なのかもしれません。

多様性の容認だけでは、
他者を理解できない

― 明確な価値観がない現代の日本に対し、イスラーム世界ではその精神性の基本にイスラーム教があるかと思います。しかし、イスラーム原理主義が台頭するなど、由々しい現状もあります。

赤堀 ええ。日本に限らず、近代的な国家のあり方が崩れていくなかで、イスラーム世界にも、貧困をはじめとして問題が山積しています。これを解決するのは、自分たちのアイデンティティであるイスラームの教えのみだとして、イスラーム原理主義は誕生しました。
 しかし、イスラーム原理主義のように多様性を認めない主張を、現代の世界は容認しません。日本のかつての国粋主義しかり、シオニズム(ユダヤ民族主義)しかり、ネオコン(アメリカの新保守主義)しかりです。自分たちの正義が唯一絶対の正義であるとする者には、他者の正義を認め、両者をどう折り合わせるかという発想が欠如しています。結局、多様性を認めない社会は、その集団の構成員も含め、誰にとっても生きにくい社会です。ですから、世界は多様であるという認識は、共存の大前提です。
 ならば、他者を容認すれば良い社会ができるかといえば、そうとばかりもいえません。一九九〇年代にアメリカで多文化主義、あるいは文化多元主義という運動が興りました。アメリカには、さまざまな人種がおり、さまざまな文化があるので、互いに容認しようという考え方です。しかし、ただ容認するだけでは、他者に対して互いに無関心、無関与になってしまう恐れがあります。逆におたがいの交流がなくなってしまうために、社会全体のあり方を導くことはできません。
 多少嫌がられても、余計な口出しだと思われても、他者に興味をもち、自分とどこまでが同じでどこからが違うのかを見たうえで、どんな共同体をつくっていくかという議論が必要ではないでしょうか。

世界の認識の仕方が
イスラームとの相違点


― たとえば、イスラームを信ずる人々と私たち日本人との、最も大きな違いは何でしょうか。

赤堀 一言で言えば世界認識の違いです。一方は、世界とはなんと多様で面白いものだと捉えます。もう一方は、世界とはなんと調和がとれたものだと捉えます。イスラームやキリスト教、ユダヤ教といった一神教は、後者の考え方をします。世界とは統一されたものであるという認識から出発し、これをもたらしているのは神であると考えます。つまり、統一性から多様性を説明しようとします。
 昔からの日本人の素朴な世界観は、八百万の神々という言葉に代表されるように、自然界にさまざまな神の存在を認め、その神様同士が折り合いをつけて、世界が成り立っていると考えます。多様性を出発点にして統一された世界を見ています。

― 一方、一神教であっても、キリスト教圏とイスラーム教圏の対立は根深いものがありますね。

赤堀 実は、イスラームの歴史のなかには、反キリスト意識はさほどなかったのです。十字軍がエルサレムに来たとき、エルサレムにはキリスト教徒もイスラーム教徒もユダヤ教徒もいて、皆仲よくやっていました。十字軍は「我々キリスト教徒は、イスラーム教徒の手からエルサレムを奪回する」と宣言しますが、十字軍とは果たしてどこのキリスト教徒だろうと誰しも訝ったといいます。さまざまな軋轢や対立は孕んでいたでしょうが、当時のイスラーム教徒にとって、キリスト教徒は傍らにいる他者だったのではないでしょうか。分け隔てない共存をしていたといえば嘘になると思いますが、排除したり交流がなかったりしたわけではありません。
 反キリスト、反イスラームの構図は、もともと双方の信徒の間にあったわけではありません。文明的に異なる二つの覇権地域の対抗関係について、おのおのの文明が基盤とする宗教を理由に説明してきたことが、結果として、宗教の対立として描かれるようになってしまったのではないでしょうか。

人間は本質的にそう変わらない

― 赤堀先生が、そもそもベドウィンに興味をもたれたきっかけは何だったのですか。

赤堀 平凡ですが、高校時代に、ジャーナリストや人類学者の書いた一般向けの著書に親しみ、ベドウィンの生き方に強く惹かれました。大学入学後は、よい先生方にめぐまれ、日常の具体的な事柄から人間の普遍性を考察をしていく人類学の面白さを教えていただき、また、中東を研究する重要性に気づかされました。当時中東をやる人類学者はそれほど多くなかったですし、とりわけ私が研究対象とした北アフリカのベドウィンについては、世界的にも研究者がほとんどいなかったため、この分野でならば人類学に貢献できると考えました。

― 先生のいう人間の普遍性とは何でしょうか。

赤堀 人間は、一見して相当に異なるように見えても、本質的にはそう変わらないということです。私が研究しているベドウィンの中には、アッラーとともに複数の聖者がいて、ある聖者は病を治してくれる、またある聖者は学業を成就させてくれると信じられています。それは我々日本人が、さまざまな神社にお参りするのとそう変わりません。また、「ジン」と呼ばれる精霊を信じている人々もいます。ベドウィンにとってのイスラームは、教条的で理屈っぽいものではなく、もっと感覚的で素朴なものです。一神教を信じているのは確かですが、自然界には目に見えないさまざまな存在がいると、彼らは考えています。その発想は、山には山の、水には水の、台所には台所の神様がいると信じている日本人と、それほど変わりません。
 環境や歴史等の条件によって、人には違いがあるのであって、条件の与えられ方の違いさえ分かれば、人はもともと相似通ったものであると見えてくるはずです。私とあなたは確かに違いますが、単に違うといってしまっては、コミュニケーションは成り立ちません。なぜ違いができたのか、その条件をたどっていけば、共通の部分もかなり見えてきます。イスラームを信ずる人々は、あるいはベドウィンの暮らしは、いかに我々と違うかという視点とともに、いかに我々と同じかという視点をもった方がいいと思います。

― 人間の共通性に眼を向けることは、世界でいまだ絶えない紛争の解決の糸口になるかもしれませんね。本日はありがとうございました。


  




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