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国民の良識こそが、
国家の危機管理政策を方向づける
少年による犯罪や、幼児児童を狙った犯罪が絶えない。放火や偽札騒動も相次ぐ。キャッシュカードやクレジットカードも安心して使えない。自然災害は時も場所も選ばない。
日本には、もはや安心して暮らせる場所などないのではないか。
何がここまで日本の治安を悪化させたのか。今そこにある危機に対して、手をこまねいてはいられない。再び安心して暮らせる日本を取り戻すために、私たちに課せられた課題とは何か。警視庁、警察庁時代から第一線で危機管理にあたり、初代内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏に聞いた。
治動乱に明け暮れた七〇年代
― 今、私たちは日本社会の治安に漠然とした不安を抱えています。佐々さんは、一九七二年のあさま山荘事件などで危機管理にあたっていらっしゃいましたが、現在と比較して、三十年前の日本の治安はどんな状況だったのでしょう。
佐々 私が警察庁の警備課長などを務めていた六八年から七〇年代終わりまでは、政治的に不穏な空気が日本に蔓延していました。第二次安保闘争、沖縄返還阻止闘争、反皇室闘争などが立て続けに起きました。あの頃を私は「警察戦国時代」と呼ぶほどです。
こうした反体制活動の社会的背景となったのが、米ソの冷戦構造であり、中国の文化大革命であり、ベトナム戦争であったわけです。国内の治安は政治的な意味で危機を孕んでいました。その一方、一般犯罪に限れば、治安は当時の方がよかったと思います。理由は二つ考えられます。第一に、経済が好調だったことが、治安の安定につながったこと。当時、高度経済成長期にあった日本では、国民は物質的豊かさを享受し、盗犯など物に関する犯罪への衝動が抑制されたと思います。
第二に、政治犯罪を抑えるために、警察力の動きが激しかったからです。街に警察官が四六時中いたことが、犯罪に対する抑止力になったのではないでしょうか。たとえば、あさま山荘事件の折など、長野県警のほとんどの勢力が、事件現場の警備についてしまい、後方治安は五百人足らずで守っていたにも拘らず、意外に治安状態がよかった。事件が勃発し解決するまでの十日間の方が、その前後の十日間より事件件数が少なかったのです。
― 不謹慎な言い方になるかもしれませんが、泥棒もテレビ中継に釘付けだったのでしょうか。
佐々 誰もがテレビの前から離れられず家に居たために、この期間交通事故も減少しました。未曾有の政治動乱の影響で、その他の事件や事故が影を潜めたことも事実です。
― 確かに、当時マスコミで報道される事件は、センセーショナルな政治犯罪ばかりでした。
佐々 七四年には三菱重工ビル爆破事件、七七年にはダッカ日航機ハイジャック事件など、驚天動地の犯罪が繰り返されました。しかし、一九八〇年を境に状況は変わります。ハイジャックも、あさま山荘事件に類する人質事件もない、大規模なデモ、街頭武装行動、爆弾テロもない。
― あれほど盛んだった国内の政治犯罪がなくなったのには、どんな訳があるのですか。
佐々 第一次安保闘争以来の左翼運動は、あさま山荘事件がピークでした。ここで決定的な打撃を受けた左翼は無力感に苛まれ、以後徐々に力を失います。七〇年代の終わりには、革命を志向することに挫折した活動家は、表面的には社会に適合する道を選んだ。彼らに続く世代はそもそも革命自体に意味を見出していない。左翼活動はそのエネルギーを失いました。
治安を脅かすものの質の変化
― ひとつの時代が終ったというべきでしょうか。
佐々 治安を脅かすものの質が八九年以降変わったのです。マルタ会談により、冷戦が終結したことで、これ以降、イデオロギー闘争が意味をなくしました。また、九一年には、国連安全保障理事会決議により、国際社会が思惑を一つにしてイラクへの国際制裁を発動しました。さらに共産世界革命の総本山であったソ連邦が崩壊したことで、従来国家危機管理の対象としてきた東西陣営による戦争も革命も、その可能性がなくなりました。
誰もが、今後日本の治安を大きく揺るがす事件は起きないだろうと考えましたが、九五年地下鉄サリン事件が起きます。左翼運動は終焉しましたが、今度はカルトです。この年には阪神淡路大震災もあり、自然災害も危機管理の対象としてクローズアップされました。
― 日本はこれまで経験したことのない危機管理の対象に遭遇したわけですね。
佐々 そう。私はアルファベティックの危機と呼んでいますが、現代は核(アトミック)、生物(バイオロジー)、化学(ケミストリー)のABCが危機になっています。東海村の臨界事故、鳥インフルエンザ、BSEなどがよい例です。さらに災害(ディザスター)のDです。たとえば、老朽化した河川堤防は、大雨が降れば決壊しかねません。堤防の老朽化は二級河川において特に酷く、修繕が思うように進んでいない。一度造れば安心とばかり、これまで手入れを怠ってきたツケがあまりにも大きいことに、災害が起こってから気づくのでは遅すぎます。
私が警察官だった頃の危機管理の対象をABCDで言えば、Aは暗殺(アサシネーション)、Bは強盗(バーグラル)、Cはその他の犯罪(クライム)、Dは災害でした。しかし今やCは化学のみならず、カルト犯罪であり、コンピュータ犯罪です。さらに近年、コンプライアンスもこれに含まれます。
― 企業が負うべき社会的責任の問題ですね。
佐々 コンプライアンスは、企業の法令遵守の意味でよく用いられますが、第一義は要求・命令などへの応諾です。製造物責任要求、株主代表者訴訟、内部告発など、かつてさらされたことのない事態にどう対処していくか、企業の危機管理能力が問われています。法律や規則を遵守するだけでは事足りません。三菱自動車しかり、UFJ銀行しかりです。明治維新後の日本の産業を支えた三菱の、現職社長が逮捕されるなどとは一昔前まで誰も想像しませんでした。今、日本のすべての経営者がコンプライアンスについて意識革命を迫られています。
検挙率を低下させた三つの要因
― 危機管理の対象の変化に、日本は対処できていないように思うのですが。
佐々 日本では、一九八〇年から一九九五年までの十五年間、奇跡的に平和な時期が続きました。しかし、この間に将来に向けた治安対策が施されなかったのです。世界一の治安大国日本を守るために、この平穏な十五年間にこそ、国は治安対策にお金をかけるべきでした。しかしこれを怠った。水と安全はタダだと思い込んだところに、今日の大混乱があります。一九八〇年から一九九五年までの間に、政府は警察官を一人も増員していません。私は警察官が絶対的に不足していると考えます。
平和に安住して危機管理を怠るのは、一度つくった堤防は永久に安全だと、決壊の可能性を忘れることに似て愚かです。しかし当時は、警察はいらないなどと言い出す者まで現れる始末でした。
― 検挙率は、三十年前と比較していかがですか。
佐々 私が現役だった頃、全国で約二十万人の警察力のうち、十万人で機動隊もしくは特別機動隊を組織し、あの動乱の時代に対処しました。後方治安を守っていたのは十万人です。しかし、殺人事件の検挙率は九八%でした。これに強盗、放火、強姦などを含めた凶悪犯の検挙率が八〇%、軽犯罪を含めたすべての犯罪の検挙率が六〇%でした。おそらく世界一の検挙率だったはずです。これが現在は二〇%代です。
― 検挙率を下げている理由はどこにあるのでしょうか。もちろん犯罪も増加していると思いますが。
佐々 犯罪はここ三年で急増しています。しかし、犯罪の増加だけが問題ではありません。検挙率を下げている要因には三つあると考えます。まず、少年犯罪が増えています。少年の人権保護の名の下に、犯罪はますますローティーン化し、また再犯を呼んでいます。次に外国人犯罪のリピーターが多いこと。特に中国人の集団犯罪が顕著です。罪を犯す中国人は日本に対して自国の方が政治的に優位に立っていると思っています。だから我が物顔で罪を犯す中国人が後を絶ちません。外務省も弱腰ですから、警察もなかばあきらめてしまっている。三番目が刑法三十九条の足かせです。
― 心神喪失者の行為は、罰しないと定めた条文ですね。
佐々 そう。あるいは心神耗弱者の行為は、その刑を減軽すると定めています。この条文があるために、精神鑑定の結果、釈放される犯罪者が多い。精神病院に強制入院させなくてはいけませんが、施設も足りない。
― 再犯率も高くなりますね。
佐々 その通りです。少年犯罪、外国人犯罪、刑法三十九条の足かせ、この三つへ対策を講じない限り、日本の治安はよくなりません。
あと二万人の警察官増員が必要
― しかも、警察官の絶対数も足りないとのお話もありました。
佐々 ええ。にも拘らず国は待遇改善を名目に警察官の勤務時間を週四八時間から四〇時間に変えました。実質二〇%の警察官が姿を消したに等しいのに増員はない。待遇改善は悪いことではありませんが、代わりの勤務員を充てなかったことが問題です。
― そこに地下鉄サリン事件が起きて、国も慌てたのではありませんか。
佐々 愕然として、一万人の緊急増員を国会は決議しました。しかし、第一次の三千五百人増員でオウム真理教を鎮圧できたため、これ以降残り六千五百人の増員を実施していません。案の定、アメリカ同時多発テロでまた国は愕然として、また増員を決議して、初年度三千人増やしました。
― 泥縄のたとえもあります。
佐々 日本の治安を守るため、私は警察官一人当たりの人口負担五百人という数字が妥当だと考えます。昭和二十九年に私が警察に入って以来、現場はこの数字を達成すべく要求してきましたし、その後も私は提言を繰り返しました。しかし、ついにどの政府もこれに応えていません。現在なお、二万人から三万人の増員が必要なのです。
世界に類を見ない治安大国を築くために、我々の世代は命を賭してきました。いわばピースメーカーだと自負しています。しかし、我々の後に危機管理にあたった世代は、平和であることが当たり前だと楽観し、ピースキーパーとしての責務を果たしてこなかった。
― とはいえ、増員に限らず、警察力の強化には世論の抵抗もあるのではありませんか。
佐々 ええ。たとえば、警察官の拳銃使用について、制約が緩和されたときも、これを提言した私は「市民に銃弾が当たったらどうするのか」と一部マスコミに批判されました。
しかし、一昨年の夏にこんな事件があったのです。三軒茶屋の繁華街で白昼、軍用ナイフを持って暴れる精神障害者がいました。現場に向かった世田谷署三軒茶屋交番所長平田隆志警部補が、説得に次ぐ説得を行いましたが、犯人は抵抗を止めません。平田警部補は犯人が振るうナイフで大動脈や頸動脈を切られながらも、規定どおり地面と空に向けて四発の威嚇射撃を行いました。だが犯人はさらに切りかかってくる。警部補はようやく五発目で犯人を狙い、撃ちました。
当時の警察官拳銃使用取扱規範は、拳銃の前に警棒を抜くこと、拳銃を取り出してもすぐに引き金に指をかけないこと、「撃つぞ」と三回警告すること、その後も威嚇射撃をして、止むを得ない場合以外は撃ってはならないと命じ、警察官の行動をがんじがらめに縛っていました。この規則を遵守したばかりに、平田警部補は壮絶な殉死を遂げたのです。この事件を契機に、当時の村井仁国家公安委員長はこの規則の改正を閣議に諮り、了承されました。
政府を焚き付けたと批判するマスコミに対し、私は、訓練用射撃の予算が、一人年間三〇発に限られている状況こそ問題だと反論しました。狙った犯人に当たらないとしたら、原因は訓練不足です。その後、訓練用射撃の予算は一人年間一二〇発になりました。
犯罪者への行き過ぎた人権擁護
― 危機管理という大目的を見失い、力をもった者がその力を濫用することへの警戒ばかりが先立っているのですね。
佐々 同様な反論は警察の捜査手法に対してもあります。九五年の国会審議では、警察官増員と併せて捜査権を強化してくれと、警察は要求しました。その内容は、通信傍受、潜入捜査、司法取引の三点です。しかし、認められたのは通信傍受だけ、しかも極めて厳しい条件付きです。人権尊重を旨とした一般的な捜査では、広域暴力団や拳銃密輸団、カルト集団など、確信犯として罪を犯している組織を検挙できません。
― 水と安全がタダだと楽観していた日本人は特に、危機管理に対する意識が低い分、潜入捜査や司法取引についてアレルギー反応を示しますね。
佐々 おっしゃる通り。程度の差こそあれ、アメリカでも民主党などはこうした捜査に慎重です。クリントンが大統領に就いたとき、彼はCIAの予算を削減しました。政府が情報を収集し、分析し、危機管理に役立てる能力が損なわれ、結果として、同時多発テロの発生を招いたと分析する向きもあります。つまり、危機管理のためには積極的な情報活動は必要なのです。
日本では、さらに情報活動に対して慎重です。日本は証拠主義を採用し、本人の自白とこれを支える物証がなければ、検挙されません。また、令状なくして捜索してはならない、四八時間以内に物的証拠が出なければ釈放しなければならないなど、制約も多い。特に刑法三十九条があることで、人権派の弁護士は、被疑者は精神障害だと言いたがります。殺人の瞬間に精神が正常な人などそもそもいるはずがありません。犯罪者に対する行き過ぎた人権尊重が、捜査官の意欲を削いでいます。
― しかも、犯行にいたったのは、社会環境が悪かったのだと言われたりもします。
佐々 被害者の人権を論じる前に、被疑者の人権を尊重するなど本末転倒です。今ようやく国は、被害者保護法をつくろうとしているところです。
― きっと戦前戦中の治安維持法のトラウマが、日本人の中にあるのではないでしょうか。日本の治安の悪化には、犯罪者の人権擁護も一因としてありそうですね。
佐々 はい。そのトラウマで反対方向に振り過ぎた振り子を、真ん中に戻す作業をしないといけません。
しかし国内には、死刑執行についていまだ一部に強い反発があり、法務大臣も執行を認める判を押せません。刑が執行されていない死刑囚が現在七〇人ほどいます。
しかし、今や政治家やマスコミよりも、国民の良識の方が先を行っています。日本でも犯罪者の人権擁護について軌道修正する動きが今後大きな流れとなるでしょう。
危機に問われるリーダーの資質
― 再び治安大国と呼ばれる日本に私たちが暮らせるのはいつになると、佐々さんはお考えですか。
佐々 日本がまっとうな国家として覚醒しない限り、難しい課題でしょう。日本でもあらゆるテロに備える体制を整えることが肝要ですが、国はオウム事件があっても目覚めない。アメリカの同時多発テロは対岸の火事です。今後日本でも、イスラム原理主義者のような宗教的狂信者によるテロが予想されます。これに対抗する意味でも、刑法三十九条の改正、あるいは運用見直しを図るべきです。
また、中国、北朝鮮の脅威についても真剣に考えなければならない。しかし、日本には、領土、領空、領海などが侵害されたとき、これを守る武器使用規定がない。他国の工作船や原潜がこれほど自由に出入りできる国は世界にありませんよ。
― 本来国家とはどうあるべきかという議論とともに、危機に際しては指導者の質も問われますね。
佐々 そう。狩猟民族社会と農耕民族社会を比較すれば分かりやすい。狩猟民族の社会では生活のために獲物を狩る必要があるから、リーダーは最も強く賢く経験に富んでいる壮年が選ばれます。
― でなけば民族すべてが滅びる可能性がありますものね。
佐々 ええ。狩猟民族型のリーダーは独断専行、トップダウンで物事を推し進め、敵をつくることを厭いません。もし獲物が捕れなければ、ナンバーツーが取って代わる。社会がそうしたシステムをもっている。
対して、農耕民族の社会は違います。敵をつくらず、調整がうまく、人格円満な人で、年功序列が高い人物をリーダーにします。聖徳太子の十七条の憲法でいう「和をもって貴しとなす」ことが最優先されてきました。しかし、今後日本が直面するであろう新しいタイプの危機に対しては、事なかれ主義を前提とした不作為、不決断、無為無策は命取りになる可能性があります。
― 明確なビジョンを持ち、強烈なリーダーシップをもつ人材を、時代も要求しているのでしょうね。
佐々 幸い日本人の中に、国家観について、リーダー観について、価値観の変化が起こりつつあります。何をおいても国民の生命、身体、財産の保護が、危機管理の目的であることを忘れてはなりません。
― 国民も当事者として認識を新たにする必要がありますね。本日はありがとうございました。
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