CCI

 10月号 No.675




新世紀への提言

金井 辰巳
 (株)仙仁温泉岩の湯代表取締役

株式会社仙仁温泉岩の湯代表取締役。1952年生まれ。大学卒業後、簿記学校、料理専門学校を経て、家業の旅館を継ぐ。89年に仙仁温泉岩の湯として、旅館をリニューアルオープン。家族の労働、女性の労働に頼る旅館経営を改め、社員と企業理念、経営理念、人生の価値観までも共有する経営は、旅館業のあり方に革命をもたらした。岩の湯は、日本の風土にあったサービスの提供が人気を呼び、現在、年間稼働率100%の全国屈指の温泉旅館となった。長野県中小企業家同友会会員。

  


日本人がふるさとへ抱く憧憬に
応えるサービスを提供する


 高度成長期、職域、地域、同好会などの大口団体客で連夜大賑わいを見せていた全国の著名温泉地が今、軒並み不況に苦しんでいる。不振打開の糸口さえつかめない状態である。ところが、満足度で全国トップを維持し、年間を通じて稼働率一〇〇%の温泉旅館が信州にはある。須坂市の仙仁温泉岩の湯がそれだ。
 ホームページすら開設していない山の中の一軒宿が、なぜこれほど支持を集めているのだろうか。金井辰巳社長に、今の時代のニーズとは何か、岩の湯はこれにどう応えるのかお聞きした。

戦略のない個人の努力は虚しい

― 秘湯ブームとはいえ、山の中の一軒宿が繁盛するには、それなりの理由があったと思います。今の岩の湯をつくる契機となったのは、何だったのでしょう。

金井 私の父はもともと群馬で八百屋をやっていました。ここを創業したのは昭和三十四年、私が七歳の時です。少年時代から旅館業を見てきましたが、当時は高度成長期で、人の目は熱海や登別など大規模な温泉地に向いており、山の宿などにお客さまは来ませんでした。家業が八百屋ならば、お金はなくとも家族の時間はあった。しかし旅館業は朝早く、夜遅い。だから、お金もなければ家庭もない。苦労しても報われないのが旅館業でした。

― では、金井さんご自身は当時家業を継ぐ気はなかったのですか。

金井 ええ。父も違う仕事を探せと言いました。しかし、第一次石油ショックで日本経済が低成長期に入ると、秘湯ブームが起こりました。私どもにもお客さまが来てくれるようになったのです。大学生だった私は、働き詰めの両親を見かね、卒業後簿記学校に通い、料理学校に通い、家業を継ぐことにしました。

― すでに苦労は報われる時代になっていたのでしょうか。

金井 いえいえ。昭和五十三年、やまびこ国体の年に、母が過労で倒れ入院しました。明るくて働き者だった母が危篤になり、私は旅館という商売とは一体何なのか、仕事とは何なのか、人生とは何なのかを初めて真剣に問いました。

― その時、金井さんが掴んだものは何だったのでしょう。

金井 日本の旅館業は女将頼み女性頼みで、しかも薄利多売です。そこから導かれたのは、戦略のない個人の努力は虚しいということ、付加価値のない商売は駄目だということ、そして家業としての旅館業では限界があるということです。ここから私の旅館革命が始まりました。

ふるさとで感じるやすらぎが理想

― 金井さんは岩の湯の付加価値をどう見つけ、戦略として展開していったのですか。

金井 その頃、日本の名旅館と言われていた百軒を訪ね歩きました。訪ねた旅館は建物が立派、料理も立派です。初めの頃は、見るもの聞くもの驚くことばかりでした。

― 何から何までよそが素晴らしく見えたわけですね。

金井 ええ。ところがこちらも次第に目が肥えてきます。自分が求めているのは、単に高級であることではないと分かってきました。

― 答えを見つけるヒントはどこで得たのですか。

金井 由布院でした。周辺は信州の山並みと似ていましたし、これまで見てきた高級旅館とは質の違うよさがそこにありました。素朴でいながらセンスがよいのです。
 由布院温泉はその昔、奥別府温泉と呼ばれ、別府温泉の影に隠れた存在でした。町の人はなんとか由布院温泉を売り出そうと、ドイツのバーデンバーデンにモデルを求め、自分たちを取り巻く環境にふさわしいリゾートを自分たちの手でつくり上げてきた歴史があります。

― 今では全国でも屈指の人気を誇る温泉地ですね。

金井 私が捜し求めていたのは、観光地でもなければ、カタカナのリゾートでもない。あえて言うなら「理想土(リゾート)」だったのです。ふるさとの実家にいるような落ち着きややすらぎを提供できる宿であるべきだと考えました。宿のデザインコンセプトもそこにあります。

― しかし、すべてが日本古来の建築ではありませんね。イギリスを思わせるテラスもあれば、バリなど南国を思わせる要素もあり、すべてがうまく溶け込んでいます。

金井 日本の民家をそのまま移築したように旅館をつくるケースも確かにあります。しかし、私の考えは少し違います。伝統文化は大切ですが、骨董品文化ではいけない。現代でも生き生きとして、使い勝手がいい、やすらぎの空間をつくったつもりです。その過程で必要があれば、外国のふるさとを思わせるやすらぎも柔軟に取り入れてきました。

理念の共有で成り立つ企業経営

― だからでしょうか。ここで過ごす時間が一つの物語りを紡いでいて、自然と寛げます。

金井 ありがとうございます。温泉宿の理想像を求めていた以前の私は、ないものねだりばかりしていました。伝統もない。金もない。ここは山の斜面ですから、敷地すらない。けれど、ないものばかり勘定したら、何も生まれません。私は「あるもの勘定」を始めました。川があるからこれを生かそう。斜面も生かそう。段差を生かそう。自然に生えている木を生かそう。

― 制約を利用しつくした設計になっているわけですね。今では川も斜面も木々もこの宿のかけがえのない財産になっています。

金井 素晴らしい眺望もありませんが、これも考えようです。旅館で過ごす時間は夜の方が長いのです。遠くの絶景は夜になると見えません。ならば目の前の木々を夜ライトアップした方が美しい。遠くの絶景より近場の環境です。
 人についても、ないものねだりよりあるもの勘定が大事です。社員のいいところを見出してあげる、社員同士が互いに相手のいいところを認め合う、そうすれば自然に助け合う組織が育っていきます。

― 今では、岩の湯は日本で最も満足度の高い旅館に挙げられています。しかし、リニューアル当初はずいぶんとご苦労されたのではないでしょうか。

金井 旅館の体裁を整えた直後の一年間は、この宿の命運を分けた時期でした。家業としての旅館経営に限界を感じていた私は、専門職や、新人を投入し、新しい旅館経営を目指しました。ところが年長者は派閥をつくり、新人も不満を抱え、組織はバラバラになってしまったのです。辞めていく人間も多数出て、自分の目標に疑問を覚えました。そこで私は社員の信頼が無いサービス業に、お客さまの信頼や、満足を得る道理がないことに気づきました。

― 経営者としての舵取りが問われる場面ですね。金井さんはどうされたのですか。

金井 家族経営が血の関係に頼った経営だとすると、企業経営は経営側と社員は他人の関係、いわば水の関係です。本質的に互いは水の関係であることを理解しなければいけなかったのです。家族における血の代わりになるものは何かといったら、企業理念、経営理念だと思うのです。八ヶ月の間悩み抜いて、今の私どもの理念をつくりました。

― 岩の湯の理念をお教えいただけますか。

金井 企業理念は「我が社は幸せをアートする」です。ここでいう幸せとはお客さまの幸せであり、同時に社員の幸せでもあります。
 経営理念は「我々は日本の風土に合った独自固有の理想土文化の創造を企業使命とし、社会に貢献し人格の練磨向上を図り事業の限りない成長と社員の幸福の実現に邁進する」としています。

― こちらにうかがって驚いたのは、従業員の皆さんの応接が温かく思いやりがあり、しかも自然なことです。さりげなく活けられた花、ラウンジのテーブルにそっと置かれた詩篇の切り抜きなどにも、ほっとさせられます。

金井 すべて社員自ら進んでやってくれていることです。私どもでは、企業の理念、経営の理念を社員と共有しているだけでマナー教育をしていませんから。

「情け」と「癒し」のサービス

― それで、あれほど細やかな心遣いができる人間集団ができあがっていくのが不思議です。

金井 企業の理念とは、経営者が本当の自分と対面し、心の湖底から拾い上げた宝石のようなもので、これが社員の携えているそれと共鳴すれば、企業経営はうまくいきます。さらにサービス業では、やはりお客さまが心の底に持っている宝石と、私どものそれとが共鳴することが大切です。

― 一方、経営理念に言う「日本の風土に合った独自固有の理想土」には、どんな想いが込められているのですか。

金井 サービスを構成する要素は、ハードとシステムとマンパワーです。これら三つを貫く思想が存在しなければ、サービス業は成功しません。その点、西洋のサービス業はキリスト教思想の上に成り立っていると私は考えます。リゾートの発想の原型はエデンの園にあり、ホテルに見るように、サービス業は男女の二人組みを前提にしています。キリスト教を日々の信仰として、また文化として背景にもっている人種だから心に響くサービスなのです。これを日本に持ち込んで真似てみても成功しないのは道理です。

― 日本には日本の風土にふさわしいサービスがあり、それはつまりふるさとの実家にいるようなやすらぎであり、これを提供できるのが理想土ということですね。

金井 はい。日本人の心の奥底には、ふるさとへの回帰本能があり、ふるさとに癒されたいと思っています。そんな機能を、旅館は持つべきだと思うのです。ホスピタリティという言葉がありますが、私は「情け」とあえて言います。日本人が日本の風土の中で何千年にもわたり育んできた「情け」を、ハードとシステムとマンパワーを貫く思想とすれば、お客さまにおのずと癒しを提供できるはずです。

― 癒しという言葉は今、かなり表層的に使われている気もしますが、温泉旅館はもっと精神世界の奥の方の、日本人を日本人たらしめている世界を癒す役割を担っているわけですね。

金井 日本人も日本社会そのものも癒しを必要としている時代です。極論すれば、心の病を患い精神科に行く前段階で、立ち直るきっかけをつくる機能を備えた場があるとすれば、それは旅館だと思うのです。

盆暮れ正月クリスマスは休館日

― まさに金井さんは旅館業界の革命児であったと感じます。しかし、革命を起こすことは経営者にとっては大きな冒険です。不安はなかったのでしょうか。

金井 平成二年のリニューアルオープンにあたって、団体のお客さまはとらない、カラオケもコンパニオンさんも入れない、ゲームコーナーもない宿にしようと誓いました。しかし、当時はお客さまがこれを認めません。オフシーズンの冬場は閑古鳥です。

― 並みの経営者なら、背に腹は代えられないと、団体客をとるところです。

金井 予約の確認で電話があり、カラオケがなければ宴会ができないと、キャンセルするお客さまもいらっしゃいました。でもそこで信念を変えたら、言行不一致です。社員だって信用しなくなります。せっかく理念も固めましたし、自分たちの信念を貫き通しました。それからです。私たちが企業の組織として固まったのは。

― 稼働率が現在のように一〇〇%になったのはいつ頃でしたか。

金井 二年半後の平成五年のことです。そして、私の旅館革命は社員の勤務形態にも及びました。ふつう、旅館の仕事は土日の休みはない。かきいれどきの盆暮れ正月クリスマスの休暇もない。これでは社員が自分の家族と幸せに過ごせません。そこで、お客さんには申し訳ありませんが、盆暮れ正月クリスマスを含め、私どもでは年間二十七日の休館日をいただいております。私は社員に言いました。「こんな山の中の小さな一軒宿で仕事しているんだから、自分たちがいちばん欲しいものを手に入れよう。業界の常識を見るのではなくて、時代が求めているものを提供し、自分たちが本当にしたい商売をしようじゃないか。その代わり、営業日には必ず十九室をいっぱいにしよう」これが自然と社内で皆の目標になっていきました。

深層ニーズを見極める気づき

― 金井さんは今の時代の日本人のニーズはどこにあるとお考えですか。

金井 現代は人が感動することが難しくなった時代です。食に関するニーズの変化はその典型です。ものが不足し、食べ物がない時代には、腹がいっぱいになれば感動がありました。日本は空腹を満たせさえすればそれでよしとした。続いて舌を満足させる時代、つまり美食の時代を経験しました。今ではこれも過去のことです。これからは心で味わう料理が必要なのだと思います。ものの豊かさに囲まれながらも、今の世の中に欠けているのは心です。
 家族関係も、学校の教師と生徒の関係も、職場でも人間関係は希薄なご時世です。感動が薄れたから、人と人の関係も希薄になった。新しい感動が欲しいと願ってみれば、自分たちに欠けているのは心の感動だと、日本人は気づいたのです。

― 宿を訪れたお客さまに感動を与えるために、何が必要だとお考えですか。

金井 お客さまの深層ニーズを満たすことだと思います。かつては表層ニーズを満たせばそれでおしまいでした。お客さんの方も信州に来た、仙仁温泉という秘湯に愉しんだ、山の幸を味わった、それで満足でした。しかし、今の旅は違います。どこへ行って何をしよう、何を食べようというのは表層ニーズに過ぎません。普段の家庭生活ではうまくできずにいる家族同士の意志の疎通や、家族の絆を確かめるきっかけづくりを旅に求めています。旅に出て、親子の、夫婦のコミュニケーションを深めようと考えています。これを満たすことができた時に、二時間の食事が「おいしかった」ということになるのです。それが今の「おいしさ」のテーマだと思います。

― とても難しいテーマですね。

金井 ここで夕食をとれば、川のせせらぎが聞こえます。緑が見えます。日常とは別の空間です。加えて、ソフトとしてのサービスです。先ほどお話しました理想土、つまりふるさとの実家の母の心の実践です。お母さんが編み物をしながら幼子を見守る、そんなサービスができたら、お客さんにきっといい時間を過ごしてもらえると思います。

― セブンイレブンのように、マニュアルづくりとこれを徹底させることで成功した企業があります。これとはまったく逆を、岩の湯では実践なさっているのですね。接客については母の心がキーワードだと分かりました。では厨房にいる調理人についてはいかがでしょう。

金井 これも同様で、優しさだと思います。接客係がお客さまとの何気ない会話で、たとえばお客さまが糖尿病だとか、コレステロール値が高いとか、気づくことがあります。そうした情報をもとに、料理を変えられる範囲で変えることもできます。

旅館の役目は
人の心の自己治癒力を促すこと

― 岩の湯さんは今の時代をうまく捉えていると思いますが、この先時代はどう進み、岩の湯はこれにどう応えていくのでしょうか。

金井 日本の社会はますます情報化が進み、文明が進み、人間はこれに追いつき、これを支えようと躍起になります。心は置き去りにされたままで、ますますストレスが溜まるのではないでしょうか。癒しは一層必要になるでしょう。しかし、リッツカルトングループやディズニーに代表されるホスピタリティを、とても日本のサービス業が真似することはできません。形式だけ取り入れても駄目、真似のレベルを超えてサービスへの想いだけが強くても、自己中心的な似非サービスになってしまっても駄目。私たちが目指すのは、旅人の自己治癒力を促すことです。日本人にとってふるさとが必要な時代はまだまだ続くのではないでしょうか。

― 手前勝手なサービスを超えたサービスとは、具体的に何であるのかは、今後サービス業全体で問われるところだと思います。

金井 私どもの旅館でもこんな話がありました。ある家族連れのお客さまが夕食に費やした時間が異常に短い。接客係はお客さまに合わせて、厨房を催促し、次々に料理を運びます。通常二時間かかる料理がその家族は一時間で終ってしまった。翌日のミーティングで、その接客係は、お客さまのペースに合わせて料理を出したのだから、ベストの選択だと言いました。しかし、その家族は食事の間中、会話がまったくなかったのです。旅の途中で喧嘩でもして気まずかったのでしょう。せっかく家族の絆を確かめようと旅に出たのに、これでは意味がありません。黙々と料理を口に運びながらも、一人ひとりが仲直りのきっかけを掴もうとしていたかもしれません。そんな時、「今日はどちらに寄っていらしたんですか」のひと言でもいい。会話のきっかけをつくることで、食事の雰囲気が変わります。家族はもともと喧嘩するために来たわけじゃないのです。日常生活では掴みたくとも掴めなかった家族の癒しの糸口が掴めるかもしれません。そこを見出して、会話の多い二時間かけた夕食をしていただけるようにするのが、自己治癒力を促す、この旅館にしかできない情けと癒しのサービスだと思うのです。

― 岩の湯では、ホスピタリティの原則が日本的情緒のエッセンスにまで昇華されている気がします。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。


  




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