2021年12月号

View Point

廣内 大助(ひろうち だいすけ)

信州大学教育学部教授

東京都出身。平成16年名古屋大学大学院修了、博士(地理学)を取得。名古屋大学研究員、愛知工業大学研究員を経て、平成19年10月より信州大学教育学部准教授として着任、平成26年より現職。

企業のなかに防災を担う人材を育て
 企業の防災力を高めることが、
  地域の防災力を底上げする力になります

 私が専門にする地形学は、地形のでき方に加えて、地形と人との関わりについても学問のターゲットとし、防災や都市開発などにも大いに関わることから、今回令和元年の台風19号災害の被災記録を遺す取り組みである「猪の満水災害デジタルアーカイブ」を長野県とともに作成しています。今後これを活用して企業のなかに防災を担う人材を育成していく仕組みづくりを、長野商工会議所と一緒に行っていけたらと思います。

災害の記録を保存継承し、
その教訓に学ぶ

── 先生が関わられている「猪の満水災害デジタルアーカイブ」についてご説明いただけますか。

廣内
 「猪の満水」とは、令和元年10月の台風19号による大雨が1742年に発生した「戌の満水」に匹敵する水害であり大きな被害をもたらしたこと、令和元年が亥=猪年だったことから名付けました。
 災害に備えるには、水害なら堤防を強化する等ハード面の対策が基本となります。しかし、それだけでは不十分で、過去に学ぶこと、すなわち起こってしまった災害の記録を保存継承し、その教訓に学ぶ仕組みが必要です。そこで長野県と信州大学では、この災害に関する写真や動画、体験談を収集し、災害の記録を後世に伝え遺していく取り組みを2020年度から始めました。記録は提供者の承諾を得たうえでインターネットに公開しています。
 かつて災害の記録といえば、写真集や文集といった形で発行されました。情報化社会になった今、個人がデジタル媒体を容易に扱い、写真や動画のデータを大量に持っています。2011年の東日本大震災以降本格的に始まったデジタルアーカイブのメリットは、たくさんのデータが集められるだけではなく、動画やインタビューを語り手の臨場感を持って遺せる点にあります。また私達は情報に位置情報を加えることを大切にしています。どこで何があったか数十年後にも身近に感じてもらうために、位置情報を付加することが欠かせません。つまり、災害という現象の、当時の空間的な広がりを遺していくのです。
 また、実際に災害を体験した人にしゃべってもらい、ストリーミング再生できるようにしてあります。その動画からは表情、口調、声色などいろんな情報も伝わりますので、観る人に臨場感をより感じていただけるはずです。
 さらに、災害発生時のみならず、その後の復旧や復興に向けて大変なご苦労をされ、普段通りの生活を取り戻すまでが災害であり、一連の時間的経過に伴う変化についても、このデジタルアーカイブに収めていく予定です。

アンケートをもとに
まずはBCPの作成を

── 先生の取り組みに賛同し、長野商工会議所では企業の防災力向上を目的に台風災害からの復旧に関するアンケートを実施しました。

廣内
 これまでに私は長野商工会議所女性会の皆さんから、会員向け防災セミナーに呼んでいただき、防災普及活動のお手伝いをさせていただきましたが、台風19号の水害では会員企業の方も被災され、防災とは机上の話ではなく、現実に行動すべきことだと痛感されたそうです。そこで、BCP作成や今後の支援の参考にするため、被災事業者の被災内容、事前準備の状況等についてアンケートをしてみては、とお話をいただき、今回の実施に至りました。
 災害では命を守ることが最も大事ですが、大変な状況は命が助かった後も続きます。日々生活しなければならないし、家や会社を再建するにはお金も人手も要ります。ただこうしたことは被災前にはイメージできません。だから、被災直後から復旧期、復興期と時間の経過に伴いなにが起こるのか、またどんな支援が必要か、実際に被災された方に伺って、きちんと整理して遺しておくことが重要なのです。お手本となるものができれば必ず次に活かせます。アンケートを基に準備や対策をきちんとやることで、次の被害を軽減できるはずです。
 企業はBCPを作成することで、事業を完全に停止することなく会社機能を最低限維持し、被災から速やかに立ち直れます。一社で作成するのが大変なら、商工会議所が関わりながら、いろんな会社や業種も連携すればいい。そうして事業者同士の連携で最低限の防災体制ができたら、今度はその連携を地域住民のために役立ててほしいのです。そうやって協力してリスク管理をする仕組み、復旧復興に向けて協力できる仕組みを広げられないでしょうか。今回のアンケートは、自社と地域の将来に対する投資です。事業者の皆さんには、自らが地域の構成員であるとの認識のもと、災害時のCSRもぜひ意識していただきたい。企業の防災力を上げることは、地域の防災力を底上げするうえで重要な力になります。

アーカイブが活用され続ける
仕組みが必要

── 災害アーカイブを今後どのように活用されていかれますか。

廣内
 アーカイブそのものをつくるのとあわせ、これを使う仕組みも同じくらいの労力をかけてつくる必要があります。学校教育、生涯学習を通した地域での学び、企業における防災教育という3つのチャンネルで、アーカイブに蓄積したデータを活用してもらい、普段の防災活動に役立ててもらえる仕組みをつくります。
 さらに、県内外の人が参加できる復興ツーリズムでアーカイブを使うことも考えています。前例として、2014年の長野県神城断層地震の後に白馬村と信州大学でつくった災害デジタルアーカイブがあります。新潟に本社のあるスノーピーク白馬と連携し、被災地を自転車で巡るイベントを開催しました。被災地の要所にたてた看板をめぐりQRコードを読み込むと、アーカイブに蓄積した被災当時の写真等が見られ、また現在と比べることができます。こうした機会を設けることで、休日の時間を楽しみながら地域の自然や歴史と一緒に災害や防災について学ぶ機会をより多くの人へ提供できます。
 各々のチャンネルでアーカイブを活用した取り組みの成果は、さらにアーカイブへ還元していきます。最終的には、行政や大学の手を離れ、地域の人たち自らがアーカイブの情報を更新して地域を発信するツールとしていけば、アーカイブは後々まで維持され、活用され続けるでしょう。そういう仕組みづくりを考えています。
 率先して防災を担う人材を育てることも重要です。地域や企業の構成員すべての防災意識を一度に高めるのは無理でしょう。だから、まず組織のなかに防災について高い知識や能力を持った核となる人を育て、その人が会社や地元に戻って、リスク管理を行って徐々に高めていただくのが理想です。企業にそうした人材を育成する場を設ける組織として、商工会議所はベストです。信州大学としても、今回のアンケートに基づく事例集やアーカイブを教本にした学ぶ機会づくりを長野商工会議所と協力してやっていけたらと思っています。
 もともと僕は活断層研究が専門で、地震が起こる仕組みや、地震で地形がどう変わるかを研究してきました。あるとき、自分の研究が地域で暮らす人とどう関わるかという視点に欠けていたことに気づき、地域の皆さんに自らの学術的成果を理解してもらうためにも、地形と災害、人の営みをつなげていく必要性を感じました。今回の「猪の満水災害デジタルアーカイブ」もそのひとつの形です。企業も信州大学も地域あっての存在です。今後も自らの研究を進めながら、地域の役に立つ道を探っていきます。

“猪の満水”(令和元年東日本台風)
 災害デジタルアーカイブ
https://chikuma-archive.shinshu-bousai.jp/

 

 

廣内 大助さんの横顔
たまの休日が取れると、車や鉄道に乗って美味しいものを食べに行ったり、景色を見に行ったりするが、ついその場所の地形が気になってしまうそう。


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