CCI

   2010年 2月号 No.739

重ねるほどに
味わいを増す染めの色
現代人に愛される伝統美への挑戦

今井 正躬さん
今井染物店






 「こんな薄い色でも3回染めているんです」と、広げた絹織物は淡い水色。布そのものを格調あるものに見せる、深みをたたえた美しい色合いは、既存の染料の配合だけでは決して備わりません。いくたびも染めを重ねる作業に淡々と取り組みながら、今井正躬さんは、納得のいく色の味わいを求め続けています。


一人ひとりの色の感性を
受け止め、応える染色職人


▲昭和43年、25歳で県の展示会に初出品し、長野県知事賞を受賞した作品
 白絹を好きな色や柄に染めて仕立てる…。かつては普通だった着物の誂え方ですが、それを知る人が少ない時代となりました。しかし昨今の和装ブームと、古い物を再利用する機運の高まりの中、着物の染め替えが改めて注目されています。
 染色職人の今井正躬さんのもとへも、染め替えを依頼する着物や帯がたびたび持ち込まれます。しかも東京をはじめ県外からも、今井さんの腕を頼りに、繊細な染めの注文が寄せられるのです。
 この日も、訪問着のあでやかな地色を、渋い色合いに染め替える作業の真っ最中。反物に戻った着物の上を往復する刷毛の音や、布をピンと延ばし支える竹ひごが刷毛に当たって布を叩く音が工場に響きます。
 「色の感覚は人によって違いますからね。お客様が気に入る色になるまで、何度も染め替えるなんてことが、昔はよくありました。もちろん今もやりますが、最近は、ここへ持ち込めばちゃんと仕事をしてくれると思っていただいているようで、職人としてはうれしいことですね」。


多くの染色職人が
腕と技を競い合っていた松代



▲今井さんの工場には多用な染色の工程をすべてこなせる設備、道具が調っている。今井さんが独自に工夫して誂えた道具も多い。写真は鹿毛の刷毛
 若いころから多くの受賞経験を持ち、昨年「信州の名工」として表彰された今井さん。この道50年のベテランですが、「会心の仕上がり」にまで達したことは、まだ一度もないと言います。「もっとすごい染め、すごい人を身近にたくさん見てきましたから。自分はまだまだ…」。
 今井さんは父を師匠に染色の技術を学びました。2代目ではあっても、修業中は一職人として住み込みのお弟子さん達と寝食を共にし、寡黙で厳しい職人気質の父の仕事を身体で吸収し、身につけていきました。
 昭和30年代の松代は染色の先進地。多くの染色工場が建ち並び、職人達で野球チームが3つもできるほどの勢いだったといいます。彼らは競って腕を磨き、質の高い製品や作品が松代から生まれるようになりました。最若手だった今井さんにとって、父をはじめとする腕のいい職人達は皆、先輩であると同時にライバルのような存在。彼らに「勝ちたい」という思いが、今井さんの修業時代をいっそう中身の濃いものにしたようです。


伝統の技に新風を注ぎ
新たな伝統に


 繊細で手の込んだ先輩達の職人技は年季が違う、同じ土俵ではかなわないと感じた今井さんは、色彩感覚を磨き、新しい表現を模索します。やがて深い色味にさらに趣を添える「蝋のたたき染」「たんぽんのボカシ染」「しけ引き染」など独自の工法を編み出し、今に至ります。
 こうした技術や仕事の現場を、今井さんは見学希望者や地域の小中高生だけでなく、同業者にも披露しています。いく通りもの工程を重ね、今井さんの手から生み出される色や意匠は、どんな言葉よりも雄弁に染色の奥深さを伝えます。その奥行きを静かにどこまでも追求し続ける今井さんの職人魂が、そこには息づいているようです。


企業名:有限会社 今井染物店
創業:昭和15(1940)年
所在地:長野市松代町松代1308-9
TEL:026-278-2427

先代の跡を継ぎ、染色職人として着物をはじめとする絹織物の染めに取り組んで50年。25歳の時、初出展した県の展示会で長野県知事賞を受賞。以後数々の大賞に輝き、平成15年に長野市、昨年には長野県の卓越技能者表彰を受け、「信州の名工」として活躍を続けている。



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