CCI

   2009年10月号 No.735




春日 英廣
株式会社日本機材代表取締役会長

長野商工会議所工業振興委員長、
長野県経営者協会長野支部副支部長、
長野県中小企業団体中央会副会長、
長野信用金庫理事

昭和17年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、昭和41年に株式会社日本機材(旧日本機材工業)に入社。51年より代表取締役常務、60年より代表取締役社長を務め、平成14年より現職。
株式会社日本機材 ホームぺージ
  

  


長野市の活性化には、
何より産官学の連携を強化し
工業を再構築することです


 長野市の経済発展は、観光産業と工業が両輪となりバランスをとって牽引していくことが重要です。市の工業振興のために、現在行政や商工会議所、産業界、教育機関などが一体となって、さまざまな事業を展開しています。たとえば10月にビッグハットで開催される「第4回産業フェアin善光寺平」もそのひとつです。市の工業を繁栄させ、地域に元気を取り戻しましょう。

工業振興に向けた3つの戦略

―― まず、商工会議所工業振興委員長のお立場から、長野市の工業振興についての考えをお聞かせください。

春日 
地域の活力を維持するには、地域外の所得をいかに取り込むかが鍵になります。それは長野市の産業の歴史を見ても明らかです。長野市は善光寺の門前町として発達しました。そこへ戦前に、鐘紡の綿糸工場や国鉄工機部が籍を置き、戦中には印刷会社や日本無線などが疎開して、工業も大いに発展しました。
 ところが日本が高度経済成長期に入ると、鐘紡と国鉄が相次いで長野での生産を縮小し、市の工業基盤は脆弱になります。そこで当時の長野市長は、昭和40年代の初めに富士通と三菱電機を誘致しました。これが奏功し、さらに新光電気の成長が加わり工業が善光寺観光と並ぶ産業の柱となって、長野市を中核都市へと発展させました。つまり長野市では観光産業と工業が両輪となり、バランスよく地域経済を牽引してきたのです。また、長野冬季五輪に向けてインフラ整備など公共投資が盛んに行われ、バブル崩壊の痛手を直に受けなかったことも長野経済に幸いしました。
 しかし、五輪後状況は一変します。皮肉にも高速交通網はビジネスのあり方も変え、長野に進出してきた大手が長野から撤退を始めました。あれほど盛んだった公共投資も激減し、さらに経済のグローバル化が進展するなか、富士通が生産を縮小、三菱が撤退しました。
長野五輪前、長野市の工業出荷額は全県でトップの8千億円でしたが、五輪後10年でこれが4千億円に半減しました。雇用も1万人減少しました。
 当然、行政も経済界も危機感を強くし、
数年前から工業再構築に向けた取り組みが本格化しています。主な戦略は以下の3つです。
 まず、産学行官連携の拠点施設として長野市ものづくり支援センター(通称UFO)を信州大学工学部内に置きました。すでに研究開発型企業数社がレンタルラボを置いて共同研究を進めています。また、商工会議所や産業界も、UFOをより効果的に活用すべく努めています。たとえば、
産と学の間の垣根を取り払い、地域の活性化につながる芽を共に育てようと、平成17年から2カ月に1度のペースでUFO長野ものづくりサロンを開催しています。今後長野市の中小企業が生き残るには、ニッチな分野で高い付加価値が創造できる研究開発型企業に脱皮する必要があります。同サロンから具体的な共同研究事例も誕生しており、将来必ず大きな果実をもたらしてくれると期待しています。
 次に
新規工業団地の整備です。現在市内にある工業団地はほぼ満杯で、今後新規に企業を誘致するにも、いまある企業の規模拡大に応じるにも、新しい団地が必要です。そこで南部浄化センターや三菱電機跡地などを活用し合計6・8ヘクタールを造成することが決まりました。長野市には、高度なインフラ、快適な住環境、豊かな自然環境、自然災害の少なさなどメリットが多々あります。今年7月に東京ビッグサイトで開かれた全国産業フェアでも、鷲澤市長自ら誘致に向けたプレゼンテーションをしました。こうしたトップセールスは、近い将来きっと成果につながることでしょう。
 最後に、10月9日、10日に開催される「産業フェアin善光寺平」についてです。同フェアの狙いは、
まず地元長野の方に地域内のものづくり企業について理解していただくこと、そして地域内外の企業間のでビジネスマッチングを促進することにあります。年々関心が高まっていますので、参加各社の皆さんには大いに自社のアピールをしていただきたいと願っています。

人材の地産地消を
真剣に考えるべきとき


― 工業振興のためのこうした戦略を支える鍵となるのは何だとお考えですか。

春日 人材です。今後都市間競争がさらに激しくなる一方で、少子高齢化が進行すると、人口の少ない地域の活力は削がれていきます。長野市は合併により人口が増加したものの、黙っていればそれは自然減に転じるでしょう。
 これに対し、四年制大学を新たに誘致して、若者の定住人口を増やそうという構想が長野市にはあるようです。とても結構な話ですが、その先が問題です。
せっかく人材を育てても、卒業後の受け皿が観光産業だけでは不十分です。現在でも、信州大学や長野高専を卒業した若者は、地域外へ数多く流出しています。有能な人材を留めるためには、しっかりしたものづくり企業がこの地域に根を下ろすことが必要ですし、工業の振興にとっても有能な人材は欠かせません。最近、食べ物の地産地消が盛んに言われるようになりましたが、人材についても地産地消を真剣に考えていくべきです。そうして工業が繁栄すれば、定住人口が増え、所得も増え、税収も増え、また消費も増えます。地域は必ず活性化するはずです。

本業の中身を変えていくことが
生き残る道


― 最後に、一人の経営者として春日会長の経営哲学をお教えください。

春日 麻問屋として創業した当社は、戦争のため麻が戦略物資となると、統制から外れた麻屑や繭けばを用い、上田繊維専門学校(現信州大学繊維学部)と共同で軍需用絹麻パッキンを開発し、メーカーとして歩み始めました。今で言う産学連携のベンチャー企業です。
 
当時の企業理念は、世相を反映して「質素節約、共栄福祉、限りある資源を大切に」としており、これが創業の精神として今に受け継がれています。質素節約とはムダをなくして効率的な生産をすること、共栄福祉とは企業の関係者すべてを豊かにし、人間を尊重すること、限りある資源を大切にすべきとは、今や誰もが認めることでしょう。65年を経て、創業の精神をもう一度噛みしめる時代になってきたと実感しています。
 あわせて
私が座右の銘とするのは、「本業から離れてはいけない。しかし、本業の中身を変えていくことがイノベーションであり、企業が生き残る唯一の道である」という言葉です。当社の本業とはものづくりです。これまでそうであったように、これからも時代の声に敏しょうに対応しながら、ものづくりの中身を変えていきます。社内には研究開発のための人材も揃ってきました。世界のものづくりの在り方が今、環境重視型へ大きくシフトするなか、独自の技術を活かした社会に価値ある製品を生み出していきたいと考えています。
 現在の経営環境が厳しいのも事実です。しかし一方で、産学連携により新たな芽が育っていることも事実です。
今を第2の創業期と捉え、新たなイノベーションを遂げたいと思います。



春日英廣さんの横顔
健康増進のための散歩が日課。善光寺周辺など4〜5キロのコースを、四季折々の風景を楽しみながら歩く。温泉巡りもご趣味で、日帰り温泉や国内温泉地への旅行によく出かけるとか。

株式会社日本機材 ホームぺージ

  




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