
▲昭和8年製の現役整経機(縦糸を整える機械)。シャネルが求める“軽く、柔らかく、しかもボリューム感があって型くずれしない”スーツ地は、この機械がなくては誕生し得ませんでした
稀少で価値の高い天蚕紬をはじめ、伝統の信州紬を研究・生産する絹織物工場として、地味ながら着実な発展を遂げてきた澤織物。創業者は縮緬を、2代目は紬を深く研究し、大量生産の手法では作り得ない独自の商品開発を旨としてきました。彼らの薫陶を受けた3代目の史納さんは、京都で染織に関する有機化学を学びます。卒業後は西陣帯のトップメーカーで研究開発や営業の仕事を経験。化学から流通まで繊維のあらゆる知識・情報・感性を自らに叩き込んで、実家の将来を担うことになりました。
90年代、着物一筋での生き残りに強い危機感を覚えた史納さんは、テキスタイル(服地)デザイナーとしてアパレルの世界へ打って出ます。そのベースは、あくまでも現在の工場で生産する絹織物。世界一細く繊細な絹糸を生かした、誰にも真似できない軽くたおやかな布や製品を、機会があるごとに発表し続けました。
白刃を素足で渡る技術とセンス

▲40〜50年にわたり活躍している織機。微妙な力加減と速度で世界一細く繊細な生地を生み出します
1本の電話が「シャネル」から入ったのは2000年のことでした。フランスから来ていた覆面調査員により、展示会に出品していた史納さんの服地がシャネル本社の目にとまったのです。企画の打ち合わせやサンプルの提案を何度も重ね、2002年春夏コレクションの舞台を彩るスーツに初採用されて以来、澤織物は毎年、シャネルが求める新しい服地を提案、制作、提供しています。
「一流ブランドと組む仕事は異常なほどの緊張を伴います。要求の高さも生半可ではありません。いくつもの業者さんを巻き込む一大プロジェクトになり、各工程で最高度の技術とセンスを要するため、すべてをまとめることも大変です。白刃の上を素足で歩くようなものですが、反面、ものづくりの情熱を猛烈に刺激される。困難な要求に必死で応える気持ちよさは、他では得難いですね」
創りたいのは作品にあらず最高の「商品」だ

▲ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップで好評のシルクカシミアのストールと、「FUMI TAKASAWA」ブランドのシルクストール
現在、澤織物では国内外のファッションデザイナー、ブランド等のOEM商品や、独自ブランド「FUMI TAKASAWA」のストール・マフラーなどのアパレル製品に加え、絹の特性を生かして開発したウォッシュタオル、さらには創業以来の着物着尺などを生産しています。祖父や父も大切に使い込んできた糸繰り機や織機が規則正しい音を響かせる工場が、史納さんの ”ものづくり“の舞台です。「作品ではなく、あくまでも ”商品“の創り手として、高いレベルの提案を続けていきたいのです」。誇り高い職人のこだわりと気概が、熱く伝わってきました。