CCI

   2008年6月号 No.719




新世紀への提言




渡部 恒雄
(三井物産戦略研究所主任研究員)
 1963年福島県生まれ。東北大学歯学部卒業後、アメリカに留学し社会科学を学ぶ。ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチで政治学修士課程修了。96年よりワシントンDCのCSIS(戦略国際問題研究所)日本部客員研究員となり、主任研究員を経て、03年3月より上級研究員として日本の政党政治、外交政策、日米関係の分析を担当。05年4月に帰国し、三井物産戦略研究所でアメリカ、日米関係、安全保障政策の分析・研究に携わる。現在、CSISの客員研究員も兼務。父は民主党代議士渡部恒三氏。
 著書に『「今のアメリカ」がわかる本』(三笠書房知的生き方文庫)などがある。
  

  


今変わろうとするアメリカに
日本はどう向き合うべきか


 アメリカの大統領選挙は、民主党の予備選で史上まれに見る混戦となっている。やがてこの戦いに終止符が打たれ、本選挙で新大統領が誕生したとき、アメリカはブッシュ政権の八年間からどう変わるのだろうか。新しいアメリカと、日本はどう付き合っていくべきなのか。
 ワシントンDCのシンクタンクで上級研究員を務め、現在三井物産戦略研究所でアメリカ、日米関係、安全保障政策の分析・研究に携わる渡部恒雄氏にお聞きした。


日米貿易摩擦の背景にあった
日本異質論


― 渡部さんは現在、日米関係や安全保障問題を専門にされていますが、ユニークな経歴をおもちとお聞きしました。

渡部 ええ。母親が会津若松で歯科医をしておりまして、私も大学は歯学部を出て、歯科医の免許も取りました。ただ、歯科医の数が患者さんに比べて増えてきた時期でしたし、母も現役ですから、すぐに歯科医になるより、もっと視野を広げようとアメリカに留学しました。一九八九年のことです。当時日米貿易摩擦問題がありました。アメリカがあれほどまでに日本を叩く、その根底にあるものは何か、自分の目で確かめてみたかったのです。

― 一九八九年といいますと、日本では昭和が終わり、また世界ではベルリンの壁が崩壊した年ですね。

渡部 まさに冷戦が終わったときです。私はニューヨークにあるニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチというヨーロッパ系の大学院に行きました。お世話になった教授には、アラート先生というハンガリー人の社会学者もいて、彼はベルリンの壁崩壊の頃、東欧の民主化を指導していた人です。
 大学院では、政治学を専攻しましたが、社会学や経済学、人類学、歴史学なども自由に選択できましたから、いい学校を選んだと思います。
 その後、ワシントンにあるシンクタンク、戦略国際問題研究所(以下CSIS)の研究員となり、帰国後は三井物産戦略研究所に籍を置いています。

― 渡米された当時、日本はバブル絶頂期にあり、お話にあったように日米貿易摩擦が大問題になっていました。アメリカの雰囲気はいかがでしたか。

渡部 日本製品が幅をきかせ、失業が大きな問題になっているというのでは、日米経済摩擦を表面的な現象として見ているだけです。同じ摩擦はドイツともありましたが、アメリカはドイツバッシングをしていません。日本バッシングの根底には、人種的、文化的な要素があるのではないかと思いました。たとえば、大学院の中で、ドイツ人はアメリカ人に対して気兼ねしません。けれど日本人は「パールハーバーの日は出歩かない方がいい」と言われ、実際に外出を控えた日本人もいます。

― ドイツ人は外見がさほどアメリカ人と変わらないからですか。

渡部 それもありますが、もともと文明が同質なので、アメリカはドイツに対する恐怖心はさほどないのです。一方、アメリカにとって当時の日本は異質だったため、日本が怖かったのでしょう。しかし、今はもう日本異質論はありませんね。貿易摩擦の構造が変わり、むしろこれからたいへんなのは中国です。

ハードパワーからの脱却のとき

― 日本のステータスはアメリカの中で失墜したのでしょうか。

渡部 バッシングは終わりました。これがパッシング(無視)になるかどうかは、日本がこれから何をするかにかかっているでしょう。
 アメリカという国は特殊な国で、移民を受け入れているために成長を持続できますが、ヨーロッパや日本のような先進国は、ある程度の経済成長の後、なだらかな巡航に入るのが普通です。その折に、成熟した国として、世界に対しどんな貢献ができるかが問われています。

― 日本はバブル絶頂期に、ワイキキのホテルを買い占め、ロックフェラーセンターやエンパイヤステートビルにまで手を出しました。なぜ日本は、アメリカ人の神経を逆なでするようなものの買い方をしたのでしょうか。アメリカに対して屈折した想いがあるのではないですか。これを克服しないと、日本は一流の成熟国家にはなれないのではないでしょうか。

渡部 そうした屈折は世界中にあると思います。アメリカはヨーロッパに対して、日本がアメリカに抱くようなコンプレックスを抱き続けています。とりわけフランスに対しては顕著です。フランス人は、アメリカに対して、政治上はともかく文化的には優越感があり尊大です。一方、同じフランス人は、日本の文化に敬意を払っています。その日本人はアメリカに劣等感を感じています。
 逆に言えば、そこに日本がとるべき道のヒントがあります。ワシントンで親しくしていた方に、フランス大使館の文化公使がいました。イラク戦争の当時でしたから、この戦争に反対したフランスに対する見方がアメリカ国内で厳しかった時期でありながら、彼の主催する文化イベントには、アメリカ人が嬉々として参加していました。日本は外交というと、とかくアメリカばかりを見ていますが、世界はもっとマルチです。また、経済だけが外交資源ではありません。

― ソフトパワーも使わないと駄目だということですね。

渡部 そうです。アメリカでも国際政治学者のジョセフ・ナイや元国務副長官のリチャード・アーミテージが、ソフトパワー論を展開しています。イラク戦争における失敗は、ハードパワーに頼り過ぎたからです。誤解のないように言っておきますが、軍事力ばかりがハードパワーではありません。経済もハードパワーです。これからはハードパワーと文化などソフトパワーをスマートに組み合わせることが外交の課題です。
 日本は、経済というハードパワーに頼り過ぎてきました。フランスも認めるソフトパワーがあるのに、フランスほどアメリカに対して使っていません。また、日本はハードパワーでも軍事力をタブー視してきました。軍事力も方向を選べば、効果的に機能します。今まさにアメリカがハードパワーを至上としたことの反省に立っているように、日本もハードパワーとソフトパワーをスマートに組み合わせることを考えた方がいいですね。今、日本は自らの外交資源の総点検をし直すべきときです。

アメリカはブッシュとは対極の
人材を求めている


― アメリカではひょっとすると黒人大統領が誕生するかもしれません。現在の大統領選の状況を渡部さんはどう見ていますか。

渡部 アメリカは今、ブッシュ政権八年間のアメリカから変わりたいと切に思っています。同時多発テロには世界中が同情し、アフガニスタン攻撃に対しても、賛否はあるものの世界はアメリカについていきました。しかし、イラク戦争とその後の失敗を目の当たりにし、世界はアメリカに失望しました。アメリカ人はこれを非常に恥ずかしいと思っています。だから、変われる能力のあるリーダーをアメリカは求めています。

― オバマ候補のキャッチフレーズ「チェンジ」は、ブッシュのアメリカからのチェンジという意味なのですね。

渡部 そういう意味が強いでしょう。アメリカが変わったと世界にアピールするのに最も効果的なのが黒人大統領です。しかもオバマは、これまでのアメリカの問題点は、共和党と民主党に国内が二分され、妥協のない争いを続けてきたことにあるとしています。彼は一年生議員のとき「アメリカはひとつにまとまらなければならない」と党大会で説き、一躍アメリカのスターになりました。まとまらなければアメリカは地盤沈下してしまう、何とかしなければという意識にうまく働きかけているのがオバマです。オバマにあってクリントンにないのは、既存のアメリカの民主主義のあり方に一石を投じた新しさでしょう。

― リーダー層に軸足を置いていないことが強みなのですね。

渡部 そうです。実は、大統領候補に残っている三人のなかで、ヒラリーが最も守旧的です。マケインは共和党のなかでは一匹狼です。ずっと党のあり方に一石を投じ続け今日に至っています。普通、そんな人が共和党の候補になることはありません。党が伝統的にやってきていることに、マケインはノーといい続け、選挙資金や移民法の改正を民主党議員と組んで議会で通してしまいました。彼が共和党候補として選ばれたということは、いかにブッシュから距離のある人材をアメリカが欲しているかという証左です。
 二〇〇〇年の大統領選挙で、マケインとブッシュは激しい予備選を戦いましたが、両者の感情的なもつれは最近まで解消されませんでした。マケインはベトナム戦争の英雄です。彼は海軍のパイロットで、北ベトナム軍の捕虜となり拷問を受けます。彼の父親が有名な海軍大将で、当時太平洋軍司令官であることを知った敵側は、彼に取引をもちかけますが、彼は先に捕縛されている捕虜より先に釈放されることに頑として応じず、自らの公平性を貫きました。そんなマケインに対し、ブッシュは予備選で「彼は捕虜収容所に長くいたため、頭がおかしくなった」と言いました。ベトナム戦争の兵役を逃れたブッシュに、マケインが腹を立てるのは当然です。また、マケインに政策のアドバイスをしている親友のスコークロフトは、イラク戦争はすべきでないと提言した人物です。このあたりの事情をアメリカ国民は十分知っていますから、ブッシュとは対極の人材としてマケインを選んでいるのです。

次期政権は中道現実路線になる

― 実際に戦場で戦った人は、不必要な戦争をしようとは考えませんね。パウエルもそうでした。

渡部 プロは軍事力をここ一番でしか使いません。不必要に使うと泥沼にはまることを知っています。ブッシュは、パウエル、アーミテージら現実主義者と、チェイニー、ラムズフェルドらネオコンの間で政策に迷い、結局ネオコンに動かされたのでしょう。

― ブッシュ自身にパワーがなかったということですね。

渡部 ええ。ある一大事を前に合衆国が重要な意思決定をする際には、必ず同程度のパワーバランスで二つの意見が対立します。これを最後に判断するのは大統領しかいません。キューバ危機への対応がいい例です。そんなとき、判断する経験のない人物が大統領になることは、アメリカにとって命取りになります。ここ一番の判断は、やはりリーダーの資質によるのですよ。

― 新大統領のもと、今後アメリカはどんな路線をとるのでしょうか。

渡部 たぶん、中道現実主義かつ実利的でマネジメント能力のある路線を選択すると思います。

― アメリカ大統領は、世界軍事バランスの最終的な核のボタンを握っています。そこに求められる確たる哲学と強い精神力がないとやっていけないでしょうね。

渡部 アメリカ大統領選挙の鉄則において、安全保障で弱腰になった人物は大統領になれません。軍事力を正しく使えることが重要ですから、マケインは可能性があると思います。彼は中道でリベラルですが、安全保障上軍事上は、ブッシュほど無茶でないもののかなり強硬です。しかもイスラエル寄りです。これが行き過ぎるとろくなことはありませんが。

― アメリカが今後イランを攻撃することはあるのでしょうか。

渡部 その選択肢を用意していることは確かです。しかし、イラン攻撃が現実のものとなったら、日本はずいぶん困ります。イランとのビジネスをしていますし、原油価格はさらに高騰するでしょうから、日本経済には大きな打撃です。マケインは、日米安保は重要視しますが、イラン政策に関しては要注意です。

新ビジネスを速やかに立ち上げる
アメリカの強さ


― 一方、アメリカの経済力についてはいかがですか。ユーロが強くなり、今後基軸通貨としてのドルが揺らぐことは考えられませんか。

渡部 基軸通貨であるための条件は、軍事力、安全保障のグリップがあることです。その力において、いまだアメリカだけが他を圧倒しています。相対的にその力が落ちているとはいえ、アメリカに代わるだけの軍事力の裏づけのあるライバルは今のところいません。基軸通貨が他の通貨に代わるには時間がかかると思います。
 裏を返せば、だからこそイラク戦争に対し、世界が怒っているのです。イラクに十数万人の兵がいるということは、他の地域で何かあったとき大規模な軍事行動はとれません。したがって、ここ十年二十年でアメリカが、世界の安全保障をどう立て直すかで、基軸通貨の行方も決まってきます。

― アメリカ経済の強みは、どんなところにありますか。

渡部 規制がなく自由に新しいビジネスを創っていける環境が確保できている点にあります。今までの常識では考えられなかった新しいビジネスを速やかに立ち上げるパワーには、どこの国も勝てないでしょう。特に日本は規制し過ぎですね。日本の組織にいる人は、何か新しいことを始めようとしたとき、少なからず何がしかの抵抗にあうのではないですか。アメリカは、国も社会も組織も、誰かが新しいことをやろうとしても抵抗しません。失敗してもいいからやれ、その代わり責任は自分で取れよというスタンスです。そうして成功したモデルが数多くあります。
 リーダーシップのあり方とも関わるのですが、周りが足を引っ張らなければ、選ばれた者は自ずとリーダーシップを発揮します。ある社会ないし組織でリーダーをつくりたいのであれば、適格者はそれにふさわしい舞台に積極的に立たせるべきです。そこで苦労させればいい。日本人の組織内で疲弊させてしまい、外に出て行って通用しないのでは意味がありません。

― 確かにアメリカのビジネス環境は風通しがよさそうです。

渡部 前向きに頑張った者は、少なくとも評価されます。一方、評価されないと容赦なく切り捨てられる厳しさはあります。ゆえに、アメリカでは、組織の上に行くほど人材が優秀です。日本では、多少サボっていても組織においてくれる半面、新しいことをしようとすると足を引っ張られます。日本全部が上げ底に乗っている時代はそれでよかったのでしょうが、これからは変えないといけないのではないでしょうか。

― 日本の地方都市が、若者にとって息苦しいと感じられてしまうのも、そうした背景がありますね。

渡部 アメリカ人は、いい仕事さえあれば全国どこへでも行き、場所にしがみつくことはありません。富もビジネスも分散されており、また、どこへ行こうとよそ者として扱われないからです。

日本を外から見られる人材を
育成すべき


― 日本はこれからアメリカとどう付き合っていくべきでしょうか。

渡部 もちろん、日米安保は大事です。しかし、日米安保だけ確かならば他は何もしなくていいかといえば、それは違います。優先順位一位が日米安保なら、今後ますます重要になってくるのは、アジアとの関係です。実はアメリカも、日本にはアジアと良好な関係を築いてほしいのです。ところが、イラクで手一杯なのに、日本は靖国問題を起こしてアジアとの関係を悪化させました。だから、安倍首相が就任したとき、アメリカは日本に猛烈なシグナルを送り、結局、安倍さんは靖国に行かず、最初の訪問先として中国を選んだのです。日米関係だけを見ていたのでは、アメリカが納得しないということです。
 もちろん、日本はアメリカの言うとおりにやるだけでは駄目で、日本の周りのアジアの安定に対してどんな貢献ができるか、世界の安定に対してどんな貢献ができるか自ら考えるべきです。ともすれば日本は、自衛隊の派遣の是非を憲法解釈のみで行うきらいがありますが、そういう時代は終わりにしないといけません。私は、今すぐ改憲せよとは言いません。憲法は国際的な安全保障への貢献をしない理由にはなりえないのです。
 そろそろ日本は、外交政策に多様化をもたせ、戦略的にヘッジ(損失防止措置)を施して、バランスを取っていく時期に入ったと思います。

― 世界の自分の位置と、世界から何を期待されているかについて、大人の感覚で判断できる国にならないといけませんね。

渡部 そのためには、視点を国内においていては駄目です。日本の外から日本を見られる人を育て、そうした人材を大事にすべきです。

― 日本社会は、優れたリーダーを育成することが不得手です。このままだと今後世界のなかで取り残されていくような気がするのですが。

渡部 良くも悪くも組織文化が強過ぎ、内の論理が優先してしまうので、なかなか一個人が自由に振る舞える環境をつくりだすのが難しいのかもしれません。これが国内だけならいいのですが、国際的な舞台に立ったとき、日本は遅れをとります。

― 内の論理が優先するのは、ビジネスにおいてもそうですね。

渡部 ええ。日本が行き詰まっている理由のひとつは、人口増加が頭打ちで国土に限度があることでしょう。もっと人の移動が激しくなれば、人口の問題はある程度解決できます。ビジネスの場所、投資先も、アジアや極東ロシアも含めいくらでもあります。国内の論理、組織の論理に囚われず、視野を外に向けることで、掴めるチャンスは必ずあります。
 しかも頭でっかちで動きの鈍い大企業より、スピーディに決断ができる中小企業の方がチャンスはあると思います。ただし、規制がある限り中小に先はありません。法的な規制だけでなく、日本社会の規制体質は見直すべきだと思います。地方が生き残る鍵も、実はそこにあるのではないですか。

― 本日はたいへん貴重なお話をお聞きすることができました。ありがとうございました。


  




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