CCI

   2008年2月号 No.715




新世紀への提言




小林 和男
(ジャーナリスト)
 作新学院大学教授。1940年、長野県茅野市生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業後、NHK入局。神戸放送局を経て、外信部(現国際部)に配属され、モスクワ特派員、東欧移動特派員を歴任。東京に戻り「海外ウィークリー」のキャスターを務める。その後モスクワ支局長として、ソビエト連邦崩壊を報道。菊池寛賞、モスクワジャーナリスト同盟賞を受賞。帰国後、解説主幹に就任。1999年にはギャラクシー個人賞を受賞。サイトウ・キネン財団評議員、日本エッセイストクラブ理事。
 著書に『エルミタージュの緞帳』『1プードの塩』(以上NHK出版)などがある。2月26日には『狐と狸と大統領〜ロシアを見る目〜』(同)が発売予定。
  

  


為政者の実績は、
国益に適うか否かで
はかるべき


 北の隣国ロシアについて、我々は実のところ正確な知識を持っていない。KGB出身の大統領が強権を振るう国、マフィアが暗躍し、殺人事件が絶えない国と多くの日本人がイメージする一方、膨大な資源を有し、世界経済の中で影響力を強めていることも事実だ。プーチン政権のもと、ロシアの何が変わったのだろうか。
 NHK勤務時代にモスクワ支局長を務め、現在のロシア情勢にも詳しい小林和男氏に、プーチン大統領のリーダーシップとロシアの実力についてお聞きした。
(インタビューは二〇〇七年十月に行いました。)


プーチン政権下で急成長したロシア

― ロシアはかつてのハイパーインフレを脱し、今やBRICsの一員として台頭しています。何がロシアを変えたのでしょうか。

小林 やはりプーチンのリーダーシップでしょう。一人の政治家の資質が国の将来に与える影響がいかに大きいか、彼はその典型です。政権が誕生して八年になろうとしていますが、大統領支持率は、就任以来六〇%を割ったことがありません。直近の数字では、八〇%を超えています。政権の座に八年間いて、これほど高い支持率を維持している例はまずありません。
 なぜこれほど高い支持率を維持できているのか。それは国民の暮らし向きが安定しているからにほかなりません。プーチンは、エリツィン政権の八年間でロシア経済がどん底に落ちた後を受けて、二〇〇〇年五月七日に大統領に就任しました。以来、国民の実質賃金は、二〇〇四年を除いてずっと二桁成長です。一桁だった二〇〇四年でも六%伸びています。国民の懐は本当に豊かになっています。また、日本は高度経済成長の折、十年間で国民所得が倍になりましたが、ロシアではこの七年で倍になり、次の七年間でさらに倍増させる計画を政府は打ち出しています。今年ロシアの成長率は七・五%程度になる見込みですから、目標を達成する可能性は高いでしょう。

― ロシアでは消費も伸びていると聞きます。モスクワの道路は、高級外車で渋滞しているというのは、本当ですか。

小林 ええ。ちなみに、日本車を含め外国車がヨーロッパでいちばん売れている地域が、サンクトペテルブルクとモスクワです。
 国民所得の増加に伴い、国家財政も立ち直っています。二〇〇〇年に一〇〇億ドル程度だった外貨準備高が、この七年間で四二〇〇億ドルに増え、中国、日本に続き世界第三位となりました。
 また、所得の伸びは、株式市場も活性化させています。ロシア株式市場の規模は、二〇〇〇年にはたった七兆円でしたが、今や一〇〇兆円を超えています。そんななか、世界的企業も誕生しています。たとえばガスプロムです。エネルギー価格の高騰にも後押しされていますが、同社の株式時価総額は二五〇〇億ドルを超え、トヨタと肩を並べます。二〇〇六年には一四、〇〇〇億円の純利益を出しました。押しも押されもせぬ世界一のガス会社です。

工業先進国になるための課題

― 天然ガスや原油に恵まれていることが、ロシアの今の躍進の大きな原動力になっていますね。

小林 大統領に就任したばかりのプーチンは、「世界のなかで、エネルギーという財産に国が関与しないということがあるだろうか」と発言し、エリツィンの時代に、その取り巻きの政商たちにより私物化されていたエネルギー資源を国家の手に取り戻しました。これにより、海外に流出していた膨大な資金が、国内に留まるようになりました。現在でもロシアの国庫の三分の二は、エネルギー資源による収入で賄われています。
 また、ロシア経済を支えているのは、エネルギー資源だけではありません。外国からの投資も急激に伸びています。トヨタも二〇〇五年六月に工場進出を決め、昨年末から生産を始めています。

― 外国企業の誘致には、プーチンのどんな思惑があったのですか。

小林 エネルギーの売り食いだけでは先進工業国とは言えません。彼が、トヨタの誘致に全力を挙げてアプローチしたのも、その弱みを克服するためです。ロシアには突出した天才はいます。しかし、ロケットを打ち上げることはできても、九時から五時まで生真面目に働き、皆で知恵を出し合って、世界で競争できる工業製品を生み出すことは、今のロシアにはまだできません。

― ロシア人のメンタリティに合わないのですね。

小林 もともとロシア人は、決まりきった型通りの仕事が苦手です。ある意味、社会主義には最も合わない国民ですよ。だから、プーチンはものづくりのモデルを日本に求めました。トヨタ方式に代表されるものづくりのシステムをロシアに導入したかったからです。また、トヨタがロシアに進出したことで、デンソーや自動車部品関連会社も銀行もロシアに来ました。これもまさにプーチンの目論見通りでした。

― 進出にあたっては、スムーズな企業活動が保障されるような、グローバルスタンダードがロシアで確立されているか、企業側もしっかり調査したのでしょうね。

小林 トヨタが海外進出する際のリサーチは徹底していました。原料の調達や輸送、政治の安定についてだけではなく、現地労働者のメンタリティに至るまで七〇〇項目にも及ぶ調査をして、ロシア進出を決めました。ロシアの政治経済が安定しているという証でしょう。

政治家プーチンの三つの資質

― なぜプーチンはロシアの改革を成し得たのでしょうか。

小林 大きく分けて三つの要因があるように思います。第一に、彼は極めて合理的な判断をします。第二に、国益のためには何であろうと利用します。第三に非常に長い布石を打ちます。
 第一の点について、彼は見方によっては情け容赦がないほど超合理的な男です。二〇〇〇年八月十二日にバレンツ海でロシアの原子力潜水艦クールスク号が沈没し、乗組員一一八人が死亡する事件がありました。大統領に就任したばかりのプーチンは、このとき黒海沿岸のリゾート地ソチで夏休みをとっていました。当然、軍の最高司令官であるプーチンの耳にも第一報が届きましたが、その時点で乗組員はすべて助からないことをプーチンは知ります。事故現場では救助活動が続けられ、国中が、世界中が注目していました。しかし、プーチンは一切声明を出さず、ソチから動きませんでした。

― 自分が今動いても乗組員が助からないならば、じたばたしても仕方がないと割り切ったわけですね。

小林 そう。プーチンはそれができる人物です。さらにその事故から二年後、モスクワ劇場占拠事件が起きます。この時プーチンは、テロリストは絶対に許さないと断固とした態度で強行突入を決行します。その結果人質に犠牲者が出ても致し方ないと彼は考えたはずです。こういう冷たい判断ができるのです。

― 第二のポイントは、国益のためなら何でも利用するということでしたね。

小林 二〇〇二年四月、プーチンはドイツのシュレーダー首相との首脳会談に臨みました。主な議題は、ロシアがドイツから借りている六五億ドルの借金の返済についてです。当時のロシアの国家予算が四〇〇億ドルですからかなりの負担です。これをプーチンは、一回の首脳会談で三五、〇〇〇万ドルにまけさせました。実に十八分の一です。

― ドイツには見返りはあったのですか。

小林 ええ。アメリカの対イラク戦争について、プーチン、シュレーダー、フランスのシラク大統領は猛烈に反対しました。プーチンはこの情勢を利用しました。シュレーダーに対し「アメリカがイラクを攻撃すれば、イラク情勢が不安定になり、中東が不安定になる。エネルギーの安定的な供給に影響を与え、原油価格も高騰するでしょう。しかし、ご安心ください。ロシアはドイツに対しては、安定的にエネルギーを供給することをお約束します」そう話したのではないでしょうか。ドイツでは天然ガスも原油も採れません。相手の弱みにつけ込むなど卑怯だという向きもあるかもしれませんが、ロシア国民にとってこれほどありがたいことはありません。彼がKGB出身だろうと、目付きが悪かろうと、国益のためになることをやってくれるリーダーを国民は支持します。

― ドイツはロシアの話に納得したのですか。

小林 シュレーダー首相は、国会でこう説明しました。「返してもらえるかもらえないか分からない債権についてぐずぐずしているよりも、将来のことを考えた方がいい」つまり、安定的にエネルギーを確保できることの方が大事だということです。

― ドイツも大人の国ですね。

小林 この話には続きがあります。首脳会談で合意した三五、〇〇〇万ドルは、二年間に分けて返済することになっていました。ところが、会談から半年後にロシアは全額を返済します。

― 何があったのですか。

小林 二〇〇二年九月、中部ヨーロッパで川の大反乱がありました。いちばん被害が大きかったのは、チェコのプラハでしたが、プラハからエレベ川を下ったドイツ・ドレスデンの街も水浸しになりました。ドレスデンには、有名な国立美術館があります。美術館収蔵の作品の疎開や街の復興にはお金が要りました。この機にプーチンは、三五、〇〇〇万ドルを全額返済したのです。これを見たドイツ人のプーチンに対する評価は一気に上がりました。そして現在、ドイツはロシアの最も強力な支持者になっています。冷酷な顔ばかりがクローズアップされますが、プーチンは人の気持ちが読める男、機を見ることに長けた男でもあるのです。

国益のために国力を使うのは当然

― さらにプーチンは、先の先を読んで長い布石を打つ人物だということですが。

小林 大統領に就任したプーチンは、エリツィン取り巻きの政商たちを、一年に一人ずつ脱税および国家財産詐取の罪で逮捕していきます。そうして外堀を埋め、最後に二〇〇三年十月当時ロシア最大の石油会社だったユーコスの社長ホドルコフスキーを逮捕拘留します。

― エネルギーを国家の財産とするために、用意周到に時間をかけて、国の政治経済を掌握してきた政商たちを追放していったわけですね。

小林 そうなんです。ただし、ホドルコフスキーの逮捕については、駐露アメリカ大使が「政治的動機で実業家を逮捕することはけしからん」と非難しました。実は、ユーコス社の営業拠点がアメリカ・テキサス州ダラスにありました。

― ダラスといえば、ブッシュ大統領のお膝元ですね。

小林 そう。ブッシュとホドルコフスキーはビジネスパートナーの関係にあり、アメリカはユーコス社を通じてロシアの石油を手中にできる一歩手前まで来ていました。確かにプーチンがやったことは、法治国家として褒められたものではありません。逮捕後一年半の間ホドルコフスキーを未決拘留したばかりか、彼の資産を競売に付し、結果として国が手中に収めたのですから。アメリカの非難も当たっていますし、そもそもアメリカの国益に関わるのですから、非難もするでしょう。情けないのは日本のマスコミです。このとき彼らもロシアを叩きました。アメリカの尻馬に乗ってロシアを非難する理由がありません。エリツィン政権下で貧困を強いられていたロシア国民にとって、この一連の出来事は、ありがたいことだったわけですから。
 プーチンの布石が長いということに関しては、ほかにもこんなことがありました。二〇〇五年十二月に、ロシアはウクライナに対し、天然ガスの値段を四倍にすると通告します。当時ウクライナではユーシェンコ政権が誕生し、欧米寄りの政策を打ち出したので、これを牽制するためにウクライナに供給していた天然ガスをヨーロッパへの輸出価格と同等にするとプーチンは言ったのです。ロシアの動きに、国際的な非難もありましたが、これはロシアにとっても国益の問題です。そもそも国家が国益のために国力を使うことは当然でしょう。

― しかしウクライナには、ロシアからヨーロッパへ天然ガスを供給するパイプラインが通っていますね。

小林 そう。西欧・中欧の天然ガス需要の二五%をロシア一国で供給していますが、そのパイプラインの八割がウクライナ、べラルーシの領土を通っています。そこがロシアの弱みでした。ではなぜプーチンはウクライナに対して強気な発言に出ることができたのか。ときを同じくしてロシアとドイツは「北ヨーロッパガスパイプライン会社」を設立します。ウクライナを通らず、バルト海経由で西欧に直接天然ガスを供給するパイプラインを建設する会社です。そして同社の役員には、ドイツ首相を引退したばかりのシュレーダーが座りました。すでに二〇〇二年の露独首脳会談の折、プーチンとシュレーダーの間で、この会社の構想はあったのでしょう。

ロシアが抱える格差問題

― 間もなくプーチンは任期を終えますが、憲法を改正すれば再選も可能です。高い支持率を受けて、プーチンは再選を目指すでしょうか。

小林 その声は国民や与党の間では高いでしょうが、彼は憲法を変えてまで権力の座に留まらないでしょう。法学部出身のプーチンの口癖は「法に従ってやってくれ」です。また、子供の頃に柔道を通して「自分は修身を学んだ」と彼は話したことがあります。自らの哲学に反することを彼はしないでしょう。

― プーチンは、マフィアや政商が利権を漁っていたロシアを、法と秩序のある国にした本人ですからね。

小林 もちろん、まだマフィアはいます。殺人事件も多いです。貧富の差は、日本とは比べようもなく酷いです。しかし、ロシアは確実に変わりました。なぜ変われたか。リーダーであるプーチンが「国益とは何か」を追求してきたからです。
 国の為政者としての実績は、何よりも国民が喜んでいるかどうか、国益に適うかどうかで測るべきではないでしょうか。現地に行ったことのある人なら分かるはずです。ロシアは以前に比べて格段に治安もよくなり、国民も豊かになりました。

― 今のロシア、あるいはプーチン政権に弱みが残っているとしたら、それは何でしょうか。

小林 ひとつは、地方と中央の格差問題です。中国の沿岸部と内陸部ほどの格差ではないですが、ロシアの地方には三、四十年前の暮らしがそのまま残っており、ギリギリの生活をしている層がいます。

― そうした格差を税法で調整するということはないのですか。

小林 的確な指摘だと思います。エリツィン政権八年間で、税が予定を充足した年は一年もありませんでした。国民が国を信用していないから、税金を払わないのです。ときの政府は次々に新税を導入しましたが、税収は思うに任せませんでした。ところが、プーチン政権になったとたん税金が集まり始めます。プーチンが何をやったかというと、所得税の税率を、所得に関係なく一律十三%にしたのです。

― その程度なら払ってもいいと、国民は皆納得したわけですね。

小林 その通り。いかにも現実主義者のプーチンらしい手法です。取れるところから取ればいいわけです。
 しかし、まだ地方と中央の格差は残ります。これを解消するための起爆剤として、二〇一四年の冬季五輪をソチに誘致しました。

数字には表れないロシアの実力

― これほど実績を残していると、プーチンは自分が引退した後のロシアのことが心配になりませんか。

小林 彼が気にかけているのは、政治の安定です。現在政府で重要なポストについているのは、ほとんどサンクトペテルブルク出身者です。今のところモスクワの連中は黙っていますが、不満がいつ噴出するか分かりません。これを恐れて、プーチンは側近に治安機関経験者を登用しているものの、頼りすぎるといつかしっぺ返しを受けるでしょう。だからプーチンは、自分が政権を降りる前に、モスクワ出身者のガス抜きをしつつ、あわせて政治的な安定を確保することに努めるでしょう。

― プーチンが自身のあるいは自国の弱みを知っているからこそ、その課題への対応がときに強圧的に見えるのでしょうね。

小林 ロシアの情報は、さまざまな事実のつながりを見て分析しなければ、表面的なイメージだけに振り回さてしまいます。たとえば、プーチンが黒幕と言われる事件も、彼により利権を奪われたエリツィン政権下の政商が、プーチン路線を振り戻すために、策を巡らしたと考えた方が妥当でしょう。

― 確かにそうです。ところで、ロシアには社会的な問題として、アルコール中毒患者が多いと聞きます。

小林 はい。モスクワにはヨーロッパ最大のアルコール中毒病院があります。過度のアルコール摂取が、心臓疾患につながるためか、ロシア人男性の平均寿命は六十歳を割っています。少子化も進んでいますし、離婚率が高いこと、自殺者が多いこともロシアの問題です。こうした社会問題は、今後のロシアの政治的経済的な安定の足かせになるでしょう。強いロシアになるためには、社会生活上の不安をなくすことも大きな課題だと思います。

― しかし、プーチンの出現により、ロシアは将来に大きな可能性をもった国になったことは事実ですね。

小林 ええ。今日の話に最後につけ加えたいことは、ロシアには数字には表れない力があるということです。それは文化の力です。小澤征爾さんも、サイトウキネンでスペードの女王を公演した際、ロシア人オペラ歌手の声に舌を巻いていました。

― スポーツについても、ロシアには底力がありますね。

小林 そう。そうした力は数字には表れませんが、これを見なければロシアの本当の実力は測れません。

― 今日は、たいへん貴重なお話をお聞きしました。ありがとうございました。


  




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