CCI

   2008年1月号 No.714




新世紀への提言




岡本 行夫
(国際問題アドバイザー/岡本アソシエイツ代表)
 1945年神奈川県生まれ。68年一橋大学経済学部卒後、外務省入省。91年に退官し、同年、岡本アソシエイツ設立、代表取締役就任。橋本内閣で沖縄担当総理大臣補佐官、小泉内閣で内閣官房参与総理大臣補佐官(イラク担当)を歴任。
 NPO法人「新現役ネット」理事長、立命館大学客員教授。シリコンバレーでベンチャーキャピタルのPACIFICA FUNDを梅田望夫氏らと共同運営。
 著書は、『砂漠の戦争〜イラクを駆け抜けた友奥克彦へ』(文藝春秋社)、『生きのびよ!日本』(朝日新聞社)、『ニッポン再生最前線』(都市出版)、『さらば漂流日本』(東洋経済新報社)など。
  

  


日本がよみがえるために、
地方の活性化が欠かせない


 新テロ対策特別措置法について、国会で綱引きが行われているが、その議論からは、この国がどんなビジョンのもと、どこへ進むべきかが見えてこない。一方、経済に目を向けても、日本に明るい未来があるかと問われれば、極めて不透明だ。
 そもそも日本は今、世界のなかでどう位置づけられているのか。そこで、我々が乗り越えなければならない課題とは何なのか。
 政府関係機関や企業への助言活動の他、国際問題アドバイザーとして執筆・講演・メディアなどで幅広く活動する岡本行夫さんにお聞きした。


世界でプレゼンスを高める中国

― 海外から戻られたばかりとお聞きしました。今回はどちらへどんなご用向きで行かれたのですか。

岡本 外務省の依頼でアメリカとカナダに講演に行っていました。普段は、現在の日本の政治経済情勢、外交政策などについてお話しするのですが、聴衆の多くは、慰安婦問題、日本の歴史認識問題に高い関心を寄せていました。今までになかったことです。アメリカは、日本の唯一の同盟国であり、戦争について完全に和解をした国です。その国の聴衆の関心が、日本の歴史認識問題であることに驚きます。

― 中国や韓国ならともかく、なぜアメリカやカナダで日本の歴史認識問題に関心が集まるのでしょうか。

岡本 国際社会が構造的に変わってきているのです。理由のひとつには、アメリカやカナダで、中国人コミュニティの数が非常に多くなっていることが挙げられます。たとえばバンクーバーは、昔「ホンクーバー」と言われたほど、香港から大量の中国人が渡っていますし、現在も市内には、人口の四割が中国人という地区さえあります。
 北米だけではありません。人口四百万人の小国アイルランドにも、十万人の中国人がいます。それだけ、中国の国際的なプレゼンス(存在)が高くなっているのです。
 その影響力は、数だけが原因ではありません。昔の中国人は、「世界の田舎者」でした。身なりもみすぼらしく、話すことは共産党のイデオロギーそのままです。表情もないし、英語は下手でした。ところが最近の中国人は、まったく違い、物腰、身なりが洗練されていて、英語は日本人よりも上手い。発言の内容も日本人より優れていることがしばしばある。だから、世界は中国の言うことを聞き始めているのです。
 中国だけでなく、インドやほかのBRICsと呼ばれる国々は、皆そうですね。世界におけるプレゼンスを高めています。

― 岡本さんは、中国の将来性についてどうお考えですか。

岡本 現在中国の一人当たりのGDPは、日本の一九七〇年のそれと同じです。あの頃日本は、今とさほど変わらないほど豊かでした。当時の日本が、あの大陸に十一あると考えてください。さらに今後の経済成長率を八%としても、十年間で一人当たりのGDPは二倍、二十年間で三・八倍、三十年間で九倍、五十年間で四八倍になります。そんな馬鹿なはずはないと言う人もいますが、日本は一九五五年から二〇〇〇年までの四五年間に、名目でGDPが五八倍になっています。中国は当時の日本を上回るスピードで成長していますから、遠からず中国の経済規模が、今の数倍になることは十分ありえます。

人口がその国の成長力を規定する

― 台頭するBRICsは、世界にどんな影響を及ぼしていますか。

岡本 たとえば、もしサブプライムローン問題が数年前に起きていたら、世界経済はもっと深刻な打撃を受けたでしょう。しかし今は、OECD諸国とは別のレイヤー(層)としてBRICsがある。だからOECD諸国で大混乱が起こっても、次のレイヤーで吸収できたのです。

― 実際、日本の株価も影響を受けましたが、すぐに持ち直しました。

岡本 世界経済の新たなレイヤーができたことは、非常にありがたいことです。さらに、BRICsの後を追って、人口が爆発的に増えている国々があります。ナイジェリア、ウガンダ、エチオピア、エジプト、コンゴなどは、二〇五〇年までに今の人口の二倍から三倍になると予想されています。
 アメリカの人口もついこの間まで二億六千万でしたが、今や三億を超して、二〇五〇年には四億人です。日本のほぼ倍だった人口が、この先四倍になる。いや、日本の人口は一億人を切っているでしょうから、その差はもっと広がります。
 我々は大学で、経済の潜在成長率は、生産性の増加と人口の増加を足し合わせたものであると習いました。しかし、IT時代の今、生産性の増加はすぐに世界中に伝播しますから、その差は相対的なものです。つまり、人口の増加が、その国の成長力を規定する要因としてますます重要になっているのです。
 懸念すべきは、人口の爆発に伴う資源枯渇です。現在、中国は、世界中の鉄の三割、銅の二割、セメントに至っては五割を消費しています。一部の社会科学者は、テクノロジーの進歩があれば、地球は百数十億人までの人口を支えられると計算しますが、果たしてそうでしょうか。

日本のものづくりは
多品種少量生産を目指せ


― BRICsやアフリカ諸国が経済発展を遂げながら人口を増やせば、資源の枯渇、環境破壊、食糧不足はさらに深刻な問題になりますね。そんななか日本は、世界経済に取り残されませんか。

岡本 アフリカなどは、人口が増えるだけ一人当たりのGDPは減ると思うかもしれませんが、現実にはアフリカ諸国は経済発展の入口に来ています。ナイジェリアなど世界に冠たる資源大国です。そこへ中国が膨大な資金を注ぎ込んでいます。
 資源のない日本は、今まで産業のバリューチェーンの下流に付加価値を求めてきました。ところが、昨今の資源価格や一次産品価格の高騰は、富がより上流へ集中していることを意味します。ロシアを見てください。あれほど国家財政が破綻していた国が、膨大な資源のおかげで今や隆々たる勢いです。

― これまで日本が付加価値を求めてきた下流の産業分野には、次々に強力なライバルが現れています。

岡本 上流はどうかといえば、アングロサクソンが、世界の有望な資源のほとんどを押さえています。そもそも上流で戦うには、何千億もの投資が必要になりますから、政府の支援なしにはできません。

― リスクも大きいですしね。

岡本 ええ。やはり日本の産業界は、下流での勝負が大事です。実は今、十人ほどのメンバーで「ものづくり研究会」というのをつくり、中国、韓国に負けないものづくりとはどうあるべきか議論しています。
 そこではこんな結論が出ました。まず、ものの生産には、ゼロから一、一から百、百から一万以上という三段階があるのではないか。ゼロから一とは、無から有を生むものづくり、まったく新しいテクノロジーの創出です。材料科学などを例にとっても、この分野ではアメリカには敵いません。百から一万以上のものづくりは、要するに大量生産です。こちらは中国、韓国に分がある。日本が目指すべきは、一から百の段階、つまり多品種少量生産の世界に匠の技を注ぎ込むことです。マーケット規模としては、各々が一千億円ぐらいでしょうか。技術的にもマーケット規模においても、中小企業が得意とする分野です。

ガラパゴス化した日本

― なぜ日本は、世界に取り残されてしまったとお考えですか。

岡本 まさに「日本のガラパゴス化」について、総務省のICT(国際競争力会議)が警鐘を鳴らしました。日本の産業界は、日本という非常に特殊なマーケットに適合するものだけをつくってきました。99・99の精度を99・999にするために膨大な投資や努力を重ねてきたのです。そしてハイテクの塊をつくり、これを日本の消費者、欧米の消費者に供給してきました。ところが、世界で人口爆発が起きている今、大量の人口に同時に供給できるローエンドの商品の方が、確実に需要が高いのです。このマーケットで成功したのが、韓国やフィンランドです。両国とも自国のマーケットだけではダメなので、世界マーケットに的確に照準を定めました。

― 質より価格ということですね。

岡本 そう。そのマーケティングを日本はできなかった。いつまでも「ものづくりの誇りが許さない」とハイエンドにこだわり続けました。

― ガラパゴス化とは、実にインパクトのあるたとえです。ハイエンドにこだわるなら、なおさら少量多品種のマーケットを狙うべきですね。

岡本 今世界は、がらりと変わりつつあります。気になるのは、そのなかで日本のプレゼンスが低くなっていることです。以前は、日本人というだけで存在感がありましたが、最近は日本の発言に世界が耳を傾けてくれません。

日本は政治的にも存在が薄い

― 日本がプレゼンスを回復する方法はあるのでしょうか。

岡本 まず経済的に強くなることです。小泉政権の規制緩和のおかげで、マクロの経済力は高くなりました。今後はミクロの落ちこぼれをどう救済していくかが課題です。社会というものは、調和なしに前に進んでもまた元に戻ります。せっかくの改革を逆行させることになりかねません。
 日本の商業地で地価が上昇しているのは、東京、大阪、愛知、宮城、あとは神奈川、千葉、埼玉ぐらいです。あとは軒並み商業地の地価が落ちて、勢いの差が歴然としています。
 アメリカでは、どこに行っても経済の吸引点があります。経済の重心が散在しているのです。日本が経済的に強くなるには、地方が強くなることがいちばん大事です。そうして、調和ある発展を遂げてこそ、国際社会における日本の発言力も高くなるのではないですか。

― しかし、自らを支える産業が、今の地方には見つかりません。難しい課題ですね。
 ところで、国際社会における日本のプレゼンスは、政治的にも薄くなっているように思うのですが。

岡本 テロ特措法問題では、日本はさらにそのプレゼンスを下げようとしています。今や、テロとの戦いは、アフガニスタン問題に要約されます。かの国では、軍事作戦、治安維持、地方復興という三つのオペレーションが展開され、そこに世界の四十カ国が関わっています。日本がやっているインド洋での給油活動は、最も安全で安上がりな貢献ですよ。これを止めるということは、四十カ国がやっている国際行動から日本だけが逃げ出すことを意味します。各国は「海からいなくなるなら、陸上に来てくれ。軍事行動も治安維持もやってくれ」と言うでしょう。いずれも武器を携行しなくてはなりません。日本がこれをやるでしょうか。

― あれもこれもやりませんという話になりかねません。

岡本 結局、湾岸戦争の折、世界中から叩かれた状態に日本はまた戻るわけです。ますます日本が軽んじられるのではないか、それが心配です。

世界の倫理観は、適正さを要求する


― 日本と世界の感覚が、ずれているのではないですか。

岡本 慰安婦の話がこれほど問題になっている原因にはもうひとつあります。それは適法と適正の認識の問題です。今の世界の考え方は、適法は当たり前で、加えて適正でなければならないと要求します
 たとえば、工場を途上国に建設し、現地の労働者に最低賃金を払うことは違法ではありません。しかし、適正な水準かといえば話は違います。あるアメリカのスポーツ用品メーカーが、インドネシア工場で払っていた賃金は、一人の労働者が一カ月働いても、同社のスニーカー一足を買える額ではなかったというケースがありました。これは適正でないと、アメリカの株主たちが言い始めたわけです。
 しかし、日本の適正さの認識は、世界の常識から遅れているようです。慰安婦問題も、本来あれほど大事になるはずはありませんでした。アメリカでは、ああした決議案が年間に数千本も提出され、採決に付されるのが一割ほど、成立するのはさらにその五%程度です。ところが、日本の有志の人たちが、慰安婦問題は適法だと意見広告を出したために状況が変わりました。あの悲惨な状況は適正かと相手は問うているわけですから、適法論、技術論、形式論で反論しても駄目なのです。日本人は適正さの意味が分かっていないと、世界は認識したでしょう。世界の倫理観が変わりつつあることに、日本はもっと敏感であるべきです。

― アメリカが普遍的なものだとする倫理観を、日本は強要されているわけではないのですか。

岡本 なるほど日本人は心優しい民族で、何でもお人好しに受け入れてしまうところがありますからね。戦争責任は軍だけでなく、国民全体にあるとして、日本は一億国民総懺悔しました。一方ドイツは、国民は犠牲者であり、戦争はナチという異常な犯罪集団がやったことだと割り切りました。だから戦犯を裁くことに関しては、日本より徹底していました。それが、アメリカに限らず世界の人たちに、ドイツは反省しているという印象を与えるのです。日本はサンフランシスコ条約により、戦犯の裁きを東京裁判に委ねました。今から適法性の問題を持ち出しても、日本の侵略戦争が、悲惨な状態を招いた事実に変わりはありません。だから、今の倫理観に照らして適正でないのなら、日本はやはり河野談話に則った方がいいのです。

女性が国際政治をつくる時代

― なぜ世界は、これほど適正さを求めるようになったのですか。

岡本 女性の進出によるところが大きいと思います。たとえば、フランス大統領選でロワイヤル候補は敗れたものの、サルコジ内閣の閣僚の半分は女性です。ドイツやイタリアでも、閣僚の三分の一が女性です。アメリカでは、女性大統領が誕生するかもしれません。すでにリベリアの大統領は女性ですし、女性差別の激しいインドでも女性が大統領です。国際政治をつくる非常に大きな役割を、女性が担ってきています。そして、女性の倫理観は、弱者に対する加害行為を厳しく取り締まるべきだと要求します。これが適正さを求める倫理観につながっています。

― ところが世界がそれほど変わっていることに、私たち日本人は気づいていません。

岡本 ニュースを見れば、大根がアスファルトの裂け目から顔を出したとか、レッサーパンダが立ち上がったとか、そんなものばかりです。あるいは、殺人事件や偽装事件など社会部ネタばかりです。マスコミは、議論が生じる可能性のある報道を避けていますね。日本ほど社会部ネタがヘッドラインになる国はないですよ。その間に起きている世界の潮流の変化を国民は知らされていません。

― 日本人の意識を外側に向ける方法はありませんか。

岡本 繰り返しますが、やはり地方の活性化が鍵です。経済や交通だけでなく知的活動や技術のハブを地方がもたなければ、日本全体が沈没しかねません。
 地方に、独自の技術や知的活動を育てるだけの人材の蓄積がないのなら、教育の役割がますます重要になります。今の世の中は、誰も彼も右へ倣え、付和雷同です。一人ひとりに各々の価値観を育む教育が施されなければなりません。

日本は
過去に正面から向き合うべき


― 日本では今、国連安保理の常任理事国入りや、憲法改正に向けた動きがありますが、それについてはどうお考えですか。

岡本 常任理事国入りは、当然目指すべき道だと思います。憲法については、九条のような条文で、自らのオプションをすべて放棄している国家は世界にないですよ。占領下ならばともかく、今日の民主的に自立している日本にそぐわないことは明らかです。憲法改正も当然のことだと思いますよ。ただし、その前にやらなければならないことがあります。日本が過去ときちんと向き合うことです。僕は別に謝れと言っているわけではありません。もう一度過去を総括して、東アジア諸国との関係を組み立て直すことが先決です。
 安保理常任理事国入りについても、日本のために共同提案国になってくれたのは、ブータンとモルジブとアフガニスタンだけです。中国が大反日キャンペーンをアジア諸国の間で繰り広げたためですが、なぜアジア各国は、日本の言うことではなく、中国の言うことを聞いたのですか。日本が依然として戦争責任に向き合っていないと、アジア諸国が判断しているからですよ。
 ちなみにヨーロッパでは、ドイツのためにフランスを含めて十一カ国が共同提案国になりました。

― 確かに、ヨーロッパの団結と躍進は素晴らしいですね。

岡本 ヨーロッパが団結したのは、ドイツ問題があったからです。仏独だけでは和解に至れなかったため、より大きな枠組みをつくろうと、シューマン・プランが提唱されてECSCができ、同時にEECができました。やがてこれがECに、そしてEUとなりました。ドイツとの和解のためのスキームでしたが、今やEUは、経済の分業、規模の適正化と拡大のためのスキームへと進化し、資源の適正配分にも成功しています。さらにシェンゲン協定により、EU域内は検問なしに、自由に行き来できます。

― ヨーロッパ諸国は、本当に大人ですね。

岡本 EUの成功を見ると、多様性とは力だと思います。アメリカのように民族の多様性も力ですが、ヨーロッパでは文化、歴史、国民性、得手不得手の多様さが、大きな力になっています。人口もEU全体で四億七千万ありますし、これからもEUは強いでしょう。

― 多様性が力になるなら、なおさら日本の地方の活性化は、重要な課題ですね。本日はありがとうございました。


  




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