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2007年10月号 No.711 |
| 今こそ、社会総がかりで
教育再生に取り組むべきとき
先の安倍晋三内閣では、教育再生を最重要課題のひとつに掲げ、〇六年十二月に、教育基本法を六十年ぶりに改正した。さらに、今年六月の通常国会では、教育関連三法(学校教育法・地方教育行政法・教育職員免許法)が可決され、教育改革に向けた具体的な施策が実行に移されている。
現在の日本の教育は、どんな問題を抱えており、これを解決していく手立てはどこにあるのか。
内閣総理大臣補佐官教育再生担当として、教育再生会議でも重要な役割を果たしている参議院議員山谷えり子氏にお聞きした。
(インタビューは七月六日に収録したものです)
学ぶ意欲の尊さが忘れられた時代
― 今、日本の教育が危機だといわれています。山谷先生は、最も大きな問題は何であるとお考えですか。
山谷 学ぶ意欲の尊さを忘れてしまったことです。個性や多様性を尊重することや、子供の考える力を伸ばすことは大切ですが、それらのベースとなる基礎学力、確かな価値観やモラルといったものが疎かになっている気がします。子供を取り巻く社会の環境が、消費主義的、刹那的になっていますし、両親は毎日の忙しさに追われて、ゆったりと子供の情緒を育んであげる時間と空間がなくなっています。学校だけが頑張るのではなく、家庭や地域社会、メディア、それにワークライフバランスという観点から産業界も、子供への愛情を持ち、関心を払いながら行動していただけたらと思います。安倍総理も、社会総がかりで教育再生に取り組むべきだとおっしゃっています。
― 産業界の協力といいますと、残業時間を減らし、親子供で過ごす時間を増やせるようにしていくことも必要ですね。
山谷 ええ。家族で過ごす時間をいかに豊かにするかは、大きなテーマだと思います。
実は、私が中学一年のとき、父が選挙に出て敗れました。借金を抱え、これを返すために、母は内職で無理をし、ストレスもたたって失明しました。それからは、父が台所に立ちました。父がつくってくれたのは、いわゆる家庭料理ではないんです。世界の民族料理の本を買ってきて、毎日違った国の料理をつくっては、世界にはこんなにたくさんの文化があって、さまざまな暮らし方があると私たちに教えてくれました。毎日の食卓が一期一会の想いでした。その頃の想い出が私にとって生きる原点になっているんです。家族が愛し合うということ、世界のどこに行っても、自分の持ち味を活かしながら誰かの役に立てる人間になりたいという想い、そうした価値観の根っこがその時期に育まれました。
また、母が失明し、家族みんなが塞ぎこんでしまったとき、父は「家族が一つ屋根の下で食事ができる回数って案外少ないものだよ」「苦しいときにやせ我慢できる人間は上等だよ」そんなふうに言いました。子供心に他の家は幸せそうに映り、自分たち家族だけが不幸の底にあるように感じていましたから、家族の尊さについて育み直してくれた父の姿には多くを学びました。
その後母は視力こそ回復したのですが、薬の副作用で身体障害者になってしまいました。そのことでまた数年間嘆き続けた母に、「人生八十年っていうよ。あと四十年そうしているの」と父は優しく諭していました。その言葉に母は奮起して、四十代で大学に入って、カウンセラーの資格を取り、仕事にも就いて、昔の明るさを取り戻しました。
― すばらしい向学心ですね。
山谷 両親の姿から私は、学ぶことの尊さ、それを育む家族の大切さを教えてもらったのです。
ゆとり教育を見直し、学力向上を
― 教育再生会議では、何が検証され、どんな提言がなされているかご説明いただけますか。
山谷 今年一月に発表した「社会総がかりで教育再生を〜公教育再生への第一歩」のなかで、まずゆとり教育の見直しについて提言しています。具体的には、土曜日の活用を含めて、授業時間を一〇%増やしてほしいという内容です。この提言に対し一部マスコミからは、拙速だ、データがない等の批判がありましたが、それはあたりません。ゆとり教育は三十年間なされてきて、小学校の社会科の授業では、四七都道府県についてさえ教えていません。小学校五年生で、北海道がどこにあるか分からない子供が過半数を超えてしまっています。また、中学三年間で学ぶ英語の必修単語も、五〇七あったものが一〇〇に激減しています。TOEFL等の試験結果でみると、アジア二九カ国中日本は二八位です。ちなみに二九位は北朝鮮でした。
また、小学校の年間授業時間数はこれまで三九〇〇時間ですが、アメリカやカナダでは五〇〇〇時間ほどあります。提言どおり一〇%増やしたとしても、まだ足りないのが現状です。こうしたデータを正確に伝えることなく、議論が抽象的な感情論になっていることはとても残念です。
― それほど日本の子供の学力が低下していたとは思いませんでした。
山谷 PISA(OECD生徒の学習到達度調査)でかつてトップクラスだった日本が、四位ないし五位に低迷していると嘆く向きもありますが、この結果は学習塾に支えられていると私は思っています。塾がなければもっと下がっているでしょう。
この四月に四三年ぶりに全国学力調査が行われました。おそらくその結果をグラフに表すと、学力の二極化がはっきりするでしょう。塾に通っている子供は成績がよい一方で、九九も分からないまま小学校を卒業する、あるいはABCも書けないまま中学を卒業する子供がたくさん出ているのです。これまで実証データがなかったのは、四三年間にわたって日教組が学力テスト反対闘争を続けてきたこともありますし、今日まで学力調査をしてこなかった文部行政にも問題があります。
― 全国学力調査の結果を受けて、どんな対策をとるおつもりですか。
山谷 国と地方の教育委員会が協力して、まずどの学校が困難を抱えているか把握します。そのうえで、子供の学力を十分に伸ばせていない学校には、改善計画書を出していただき、これに対し優先的に人やお金を送って学力の底上げを図っていきます。
現場が具体的に変わる改革が必要
― ゆとり教育という名のもとに、たとえば円周率を三・一四ではなく三と教えるなど、現場が教育から手を抜いたようにも映るのですが。
山谷 三・一四を三と教えることに、どんな意味があるか私にも分かりません。こうした指導要領に子供たちも親たちも本能的に不安を感じ、学習塾へ行きます。その結果、かえってゆとりがなくなっています。本末転倒ですね。ゆとりをもって教育することは大切ですが、実際に教育現場で起きたことは「ゆるみ教育」です。子供の考える力、調べる力を養うといいながら、その土台となる基礎学力を疎かにする風潮が広がりました。土台のないところに、学力が積み上がるわけがありません。
― 円周率を三と教えることで、そもそも円周率は無限に続く数字の列であるという数学の面白さまで奪ってしまうように思います。
山谷 その通りです。私もかつて円周率を小数点以下十桁以上憶えましたよ。楽しかったですよ。子供というのは、本来知的好奇心があるのです。それを満足させないで、学習する意欲を衰えさせるのは罪です。運動能力も同様で、体を動かすことの楽しさを教え、基礎体力をつけさせなければ、極めて不健康な体になりますよね。
― 日教組の学力テスト反対闘争の背景にあったものは、現場が結果平等を求めたからでしょうか。
山谷 そうかもしれません。日教組の表向きの主張は、競争をすることによって人間性が歪むという論理からきています。ゆとり教育も同じ発想でしょう。
― 強い反発もあえて覚悟のうえ、発足した教育再生会議は、ゆとり教育の見直しのほかにどんな提言をされたのでしょうか。
山谷 第一の「ゆとり教育」の見直しと基礎学力の向上については、先に触れたとおりです。第二に、安心して学べる規律ある教室にすること。第三に、すべての子供に規範を教え、社会人としての基本を徹底すること。第四に、魅力的で尊敬できる先生の育成。第五に保護者や地域の信頼に真に応える学校にすること。第六に、教育委員会の在り方の抜本的な見直し。そして第七として、冒頭に触れましたように、「社会総がかり」で子供の教育にあたるという内容です。
提言の作成にあたっては、ただの作文をつくっただけではダメ。教育現場が現実に変わらないと意味がありませんし、折しもいじめ問題・未履修問題で、教育への社会の関心が高まっている時期でしたので、七つの提言はいずれも現場が具体的に着手できるものとしました。
さらに、四つの緊急対応としていじめ問題対応、教員免許更新制導入、教育委員会制度の抜本改革、学校教育法の改正を掲げました。これらは、教育関連三法(学校教育法、地方教育行政法、教育職員免許法)の成立により、実現が図られています。
学校の自由裁量・地方分権が基本
― 教育関連三法の成立については、やはり拙速だという批判がかなりありましたが。
山谷 いえ、実質的な議論の時間は十分ありましたし、その質も高いものでしたから、決して拙速な審議ではありません。第一次報告をしたのは、通常国会が始まる前日でしたが、安倍首相がこれら法案を平成十九年の通常国会に提出するよう指示され、その固い決意を受けた伊吹文明文部科学大臣が、進展が遅くなりがちな教育改革をスピードアップさせるため、教育法制度整備推進本部(本部長=伊吹文科大臣)を設置しました。そして、通常なら中央教育審議会で二年ほどかかる審議を約一カ月で集中的に行い、三月三十日に法案提出を実現させました。国会でも、一法案につき、通常週一〜二回のペースで委員会で審議されるものですが、三法案については、特別委員会を設け、月曜から金曜まで毎日朝から晩まで密度の高い審議を合計一一二時間行いました。
― 三法案の成立により、教育の現場は変わるでしょうか。
山谷 変わります。教育に熱心な先生は、気持ちよく仕事に打ち込めます。困難を抱えている先生に対しては、問題解決チームを結成して学校全体で取り組める体制になります。二、三年後の教育現場は、とても風通しのいい環境になっていますよ。また、全国学力調査の結果も九月に出ますから、教師も教育委員会も保護者もしっかりと教育に取り組んでくださるでしょう。
― 教育再生会議は、六月一日、さらに第二次報告書を出されていますね。それはどのような内容になっていますか。
山谷 第一次報告の内容を進展させ、学力向上にあらゆる手立てで取り組む、心と体―調和の取れた人間形成を目指す、地域、世界に貢献できる大学・大学院の再生、「教育新時代」にふさわしい財政基盤の在り方について、それぞれ提言と具体策を盛り込みました。
第一の学力向上に向けた取り組みについては、まず授業時数の一〇%増を実現するため、夏休み等の短縮、朝十五分の授業、一日の時間数の増などを各学校の裁量で進めることとしました。また、学校週五日制を基本としつつ、教育委員会、学校の裁量で、必要に応じ土曜日に授業(発展学習、補充学習、総合的な学習の時間等)を行えるようにすることが盛り込まれています。
金も人も送らない、場所もつくらない、実態調査もしないという今までの教育行政の状況下では、地方分権・学校の自由裁量といったところで、現場は途方に暮れるだけです。今回は全国の公立小学校に交付税措置をしましたし、人を送る体制も整えています。これから教育現場では、じわじわとしかし確実に、その効果が出てくるでしょう。
国際競争力のある人材育成が課題
― 第二次報告では、まず実施すべき四つの対応として、授業時数の一〇%増のほかに、メリハリのある教員給与体系の実現、徳育の充実も掲げていらっしゃいます。この狙いは何ですか。
山谷 前者は、教員の質を高めることが目的です。やる気も実力もある先生を確保するために、これまでの均一評価を改めます。後者は、すべての子供たちに高い規範意識を身につけさせるとともに、さまざまな体験活動を通して、子供たちの社会性、感性を養い、視野を広げることが目的です。具体的には、「徳育」を教科化し、多様な教科書、教材を作成します。また、小学校で一週間の自然体験、中学校で一週間の社会体験、高校では奉仕活動を必修化します。
― 四つの対応では、もうひとつ、国際化を通じた大学・大学院改革が挙げられていますね。
山谷 はい。大学の四月入学原則を一層弾力化し、全国立大学の九月入学枠設定を実現するための支援をします。他にも大学・大学院教育の質の保証、国際化のための環境整備等について提言をしています。狙いは、国際競争力のあるイノベーティブな人材の育成です。
教育再生に向けたこうしたさまざまな対応策が実施されようとしていますが、もうひとつ重要なことは、この第二次報告が骨太方針に載ったという点です。小泉内閣における骨太方針は、経済財政に関するものでしたが、安倍内閣は国づくりの基本は教育にあるとし、教育再生を〇七年の骨太方針の一つの大きな柱としました。
― 社会総がかりで教育再生を果たすためには、やはり家庭が果たす役割が大きいと思います。しかし最近、給食費の未払い問題など、常識を疑うような親が増えている気がします。
山谷 教育再生会議の第二次報告のなかにも、家庭教育支援や育児相談の充実を掲げています。また、学校側が、親からのクレームに疲弊し、本来の教育に正面から取り組めないケースでは、教育委員会に学校問題解決支援チームをつくり、警察のOB、弁護士等専門家にも協力してもらうことにしています。これは、全国学力調査の改善検証委員会とともに、教育委員会の大きな仕事になります。本来の教育委員会の活動が、これにより始まるのではないでしょうか。
情緒・価値観を育む教育の重要性
― 小泉内閣以来、官邸が主導権をもって意思決定をし、省庁の機能を横断する形の法案づくりが増えています。教育改革もその典型ですね。
山谷 今の時代、各省庁のテリトリーに縛られていたのでは、最大の効果を効率よく出すことはできません。官邸主導のプログラムは、時代の要請です。教育再生会議の提言も、国民の皆さんの多くが本能的に望んでいることだという手ごたえが私たちにはあります。
― 結果として、先生も子供たちもやる気を取り戻す教育現場になっていくということですね。
山谷 今の教育現場が無気力なのは、規範意識のない子供を指導しない。荒れるがままに放っておく、さらに子供は先生の言葉に耳を貸さなくなる。その悪循環が原因でしょう。子供たちは基礎学力が身に付いていないから授業が分からない。だから自分勝手な行動に出てしまいます。子供たちは、基礎から学び直すチャンスがほしいのです。
― そのチャンスがないから、学びたいというエネルギーも沸いてこないということですか。
山谷 学ぶことの美しさ、尊さを体験していないことは、子供たちにとって不幸なことです。飽食の時代に、食べることへの切実さがなくなりつつありますが、学ぶことへの貪欲さも失われつつあります。貧乏は最高の教育の母ともいわれますが、ハングリーさに欠けるからといって、もう一度貧乏に戻るわけにもいかないでしょう。学ぶことの尊さを子供に実感してもらうには、子供の感受性を育て、自分の持ち味を活かして世の中の役に立つことの喜びを体験させてあげることだと思います。心を育てる、価値観を育てる教育がますます重要になってきます。
― その一助として、子守唄を唄い聞かせることも大切だと、山谷先生はおっしゃっていますね。
山谷 はい。私は、子供三人を年子で授かりましたけれども、最初の子の折は未熟な母親でしたし、仕事も忙しかったために、思い通りにいかない子育てにイライラすることもありました。そんなとき私を支えてくれたのが、子守唄でした。
長女の夜泣きが始まると、私は彼女をオンブして表に出、子守唄を唄ったものです。私の父や母の故郷福井の子守唄、夫のふるさとの子守唄を唄っていると、夫のご先祖様の命、私のご先祖様の命、それぞれの命を預かりながら、私は今この子を抱いているのだ、そしてこの子を未来につなげるんだと思えました。自分ひとりがこの子を育てているという小さな視野から、空間的にも時間的にも大きな広がりをもって考えることができたとき、育児が喜びにあふれるものになったのです。
赤ちゃんを産んだ当座の女性の多くがマタニティブルーになるそうです。核家族になって、夫が仕事で遅ければ、母親はますます孤独になります。頑なな心と体で赤ちゃんを抱いても、赤ちゃんも固くなってしまいます。そうした母親には「あなた、ひとりじゃないんだよ」といってあげることが大事で、そんなとき子守唄はとても大きな支えになると思うのです。子守唄も童謡・唱歌も、民話や神話、郷土の偉人伝も、魂に届くメッセージ性をもっています。こうした宝物を蘇らせ、広めることで、親子の絆のみならず、日本人としての記憶の糸をつなげていきたいですね。
― 子守唄に唄われた情景、風土、心情を語り継ぎ、残していくことにもつながりますね。
山谷 もちろんです。まして長野のように、日本のふるさとの原風景のような場所は、情緒と価値観を身に付けるうえでまたとない地域だと思います。
― 商工会議所も、社会総がかりの教育再生に、積極的に協力していきたいと考えています。本日はありがとうございました。
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