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2007年 1月号 No.702 |
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フランス社会における
商工会議所の果たす役割
二〇〇六年十月一日、長野商工会議所と篠ノ井商工会議所、松代商工会議所が合併し、新・長野商工会議所が誕生した。
長野市ばかりでなく、平成の市町村大合併により、商工会議所や商工会の合併が全国で相次いでいる。そんななか、これからの商工会議所はどうあるべきかの議論が盛んになってきた。
そこで、世界で最も早く商工会議所が生まれたフランスの事情について、また日仏ビジネスの現状と将来性について、在日フランス商工会議所会頭ユベール ド・メスティエ氏にお聞きした。(通訳/在日フランス商工会議所専務理事秘書 塚田恵美子さん)
仏商工会議所は
加入が義務づけられた公的機関
― 世界でいちばん最初に商工会議所ができたのがフランスだとお聞きしました。それはいつごろのことなのでしょうか。
ド・メスティエ 一五九九年にマルセーユ商業会議所(最初は任意団体)が設立されました。これが現在に至るフランスの商工会議所の源流です。近代的な商工会議所としては、一八〇三年二月二五日に、ナポレオンによりパリ商工会議所が設立されたのが始まりです。
商工会議所は、企業への助言をしたり、起業に関する手続きのお手伝いをしたりする唯一の機関です。ですから、フランス国内のすべての企業のリストを管理していますし、企業支援センターでは、起業や企業売買、譲渡等年間八〇万件を超す手続きを行っています。また、フランスの商工会議所は、大規模なインフラの資金調達にも関わっています。
― 日本の商工会議所とフランスの商工会議所のいちばんの違いはどこにありますか。
ド・メスティエ 組織的には、フランスの商工会議所は公法上の団体であり、国、地方、市町村に各々所在する公的機関です。起業したものは商工会議所への加入が義務づけられています。一方、日本の商工会議所は、私法上の団体で、任意の会員組織ですね。そこが大きな違いです。
― そうですね。明治時代に日本に商法会議所(商工会議所の前身)をつくるとき、日本政府はそのモデルを英米の商工会議所に求めました。これが私法上の商工会議所であり、任意会員組織だったために、日本でもそのようになりました。
現在、フランスにはいくつの商工会議所があり、その予算規模はどの程度なのでしょうか。
ド・メスティエ フランス商工会議所連合がパリに一カ所、地方に存在する商工会議所が二〇カ所、市町村のものが一五五カ所です。また、当在日フランス商工会議所のように国外で活動している商工会議所が一一〇カ所あります。これらの商工会議所全体で、加入企業から選出された五一五〇名の理事会メンバーと、三万名のスタッフが働いています。
二〇〇四年のフランス全体の予算は、三九億五千万ユーロ(約六千億円)でした。内訳は、税収入(職業税への付加税)が十億三千ユーロを占めます。先ほどお話ししたとおり、フランスでは商工会議所への加入が義務づけられていますから、企業は収益から決まった割合を商工会議所へ納入することになっています。税収の他には、公的寄付金、公債、商工会議所の出版物による収入、調査等請負業務による収入があります。
ちなみに、パリ商工会議所の二〇〇五年の予算は、四億四千九百万ユーロ(約六百億円)です。内訳は税収入が一億九千二百万ユーロ、商工会議所の出版物や調査等による収入が一億九千百万ユーロ、企業からの徒弟税(人材開発・研修に使う目的税)が六千五百万ユーロです。就業者数は四千人を超え、そのうち女性職員が五五%を占めます。幹部クラスと関係部門が七%、調査・情報収集担当が六%、地方行政活動担当が十四%、財務担当が十六%、人材開発担当が五七%です。
商工会議所は港・空港の運営主体
― お話の中の、二〇の地方商工会議所は、どんな役割を担っているのですか。
ド・メスティエ 行政機関に対して、地方の工業者や商業者の利益を代表し、経済問題の折衝にあたるほか、事業利益のための活動を実際に行うために、各地の商工会議所のコーディネートをしています。地方商工会議所は、もともとは一九三八年に設立された「地方経済の振興を目的とする団体」が、一九六四年に現在の形に組織されたのです。
― フランスにおける商工会議所は、任意組織である日本の商工会議所に比べ、社会に対して大きな役割を担っているように思います。
ド・メスティエ 商工会議所は企業の利益を生かすことが仕事です。一八九八年四月九日に施行された法律では、商工会議所の役割は「行政機関に対して、各地の商業と工業の利益を代表することである」と記されています。したがって、商工会議所の業務には、大きく二つの目的があります。ひとつは企業の利益に留意しつつ社会の意思形成に参加することであり、もうひとつは、企業と中央や地方の行政機関との関係を円滑にすることです。
商工会議所は、行政機関に対して、諮問機関としての仕事を正式に行っています。加入企業が重大な利害関係に関わったときは、所属先の商工会議所が個別で、または他の商工会議所と団結して、積極的に問題に介入します。つまり、フランス各地の商工会議所と地方商工会議所は、企業サービスへの強力なネットワークの代表なのです。
― フランスでは、空港や港の運営を商工会議所が行っているとお聞きしています。
ド・メスティエ はい。商工会議所は、フランス国内の一二〇の空港、一八〇の港、その他にも陸送や船運の設備の運営に携わっています。たとえば、複数の輸送手段の総合乗降場が三六カ所、サービスエリアが十八カ所、倉庫が二八カ所、橋梁についても、ノルマンディー橋とタンカルヴィル橋の二つを運営しています。さらに会議場や展示場についても五五カ所を運営しています。リヨンやニースの商工会議所では、こうした運営収入が、その収益の大きな部分を占めています。
社会への発言権が大きい
仏商工会議所
― 物流の要所を企業の利益代表である商工会議所が運営していることは、加入企業にも大きなメリットですね。
ド・メスティエ そう思います。また、商工会議所が運営しているのは、こうした社会インフラばかりではありません。フランスに五四〇ある高等商業学校や高等技術学校も運営しています。ここでは、毎年五〇万人の学生が学び、実務の最初のステップである実習、研修の機会を得ています。たとえば、パリ商工会議所では、十二の学校を運営しており、これらの学校の卒業生の八割以上は、修了証書取得後六カ月以内に仕事を見つけています。また、フランス、ひいてはヨーロッパでナンバーワンと評価されるビジネススクール「HEC経営大学院」も商工会議所が運営しています。
― 伝統産業や職人を大切にするフランスならではの仕組みですね。日本においては、職業学校の場合なら諸官庁の管轄ですし、一般の高校や大学を卒業した場合は、企業が独自に研修制度を設けています。
ド・メスティエ フランスには、日本の企業のような研修制度がありません。優秀な人材を育成するために、商工会議所が果たす役割は大きいですし、そのために人材開発担当者も多く置いています。
― フランスはドイツなどと並び、職人や商業者を大切にするというイメージが、私たち日本人にはあります。日本では江戸時代に「士農工商」という身分制度があり、時の政権が、商人や職人が力を持つことを抑えてきた歴史がありました。明治になって商法会議所が設立された後も、商工業者の発言権がフランスに比べて小さい気がします。
ド・メスティエ フランスの商工会議所は、経済活動の発展、フランスの領土内の整備と発展、環境、輸送、人材開発、都市計画、商業、貿易、経済開発の安全、国際活動の分野に関しても、中央や地方の行政機関に意見を述べたり、提案をしたりします。商工会議所とフランス人の歴史を紐解くと、フランス経済の発展の推移を分析することができるといわれるほど、商工会議所の業務は、各地域、地方、国、果てはヨーロッパ全体に及び、社会に対して大きな存在感を示しています。
日本の外国商工会議所の先駆け
― フランスの商工会議所の歴史もさることながら、在日フランス商工会議所も、たいへん古い歴史があるそうですね。
ド・メスティエ はい。公益社団法人在日フランス商工会議所は、一九一八年(大正七年)に日本政府から正式に設立が承認された、日本で最初の外国商工会議所です。翌一九年には、フランスの商工業・郵政・電信大臣からも正式に承認されています。当初、在日フランス商工会議所は横浜市中区山下町にありましたが、現在は東京と大阪で活動しています。
― 当時から日仏のビジネスは盛んだったのですね。
ド・メスティエ フランス企業と日本との関わりは江戸時代後期に遡ります。一八六〇年にはすでに、レミ・シュミット貿易会社が日本に進出していました。一八八〇年(明治十三年)には横浜にフランスの貿易会社が三四社あったといいます。明治時代の日仏貿易の中心はリヨンへの絹の輸出でしたが、一八九九年には保険会社、ワイン、ホテル等の業種も日本でビジネスするようになり、一九〇七年には帝国酸素アセチレン(現日本エア・リキード)が神戸に設立されました。
― その後も順調に組織は拡大していったのですか。
ド・メスティエ 関東大震災や世界恐慌、二度にわたる世界大戦等で、在日フランス商工会議所の活動にも停滞期があったものの、日仏の互いの利益を見出す熱意は、どの時代も保たれました。第二次世界大戦後の一九四八年(昭和二三年)には、インドシナ銀行、パリ・オランダ銀行が加入、五二年には、日本支社創立五〇周年を〇二年に迎えたエールフランス航空が加入しています。
さらに六〇年代には、工業部門の会員も多数加入しました。シュナイダー・グループ、パルファン・クリスチャン・ディオール・ジャポン、日本ロレアル、ルノー・ジャポン、ブルーベル・ジャパン、ゲラン、ダッソー・システムズ、ペシネー・ジャポン(現アルキャン・インターナショナル・ネットワーク・ジャパン)、サンゴバン、ローヌ・プーラン(現ローディア)、パリ国立銀行(現BNPパリバ)、クレディ・リヨネ銀行(現カリヨン)等の企業が参加し、日本の商業界に根づいてきました。
七〇年代には、サノフィ、地中海クラブ、CIC銀行、パルファム ジバンシイ、ルイ・ヴィトン、カルティエ、そのほかにも製菓・製パン業のルコント、食料品輸入業のアルカンや、日本市場を熟知したコンサルティング会社等さまざまな企業が会員になりました。
総会員に占める日本企業は三割
― 現在、在日フランス商工会議所の会員数はどの程度なのですか。
ド・メスティエ 五五〇を数えます。業種は、高級ブランド、食品・飲料、医薬品、化学といったメーカーのほか、各種サービス業など多岐にわたり、在日フランス企業の九五%が加入しています。皆さんご存知のフランス企業としては、プジョー・ジャポン、セブジャパン、スキー・ロシニョール、LVMH モエ ヘネシー ルイ ヴィトン・ジャパン、アリアンスペース、エアバス・ジャパン、日本アルカテル、フランス テレコム、セリーヌ、ユーロコプタージャパン、ブレスブルージャポン、ヴァローナ ジャポン、アコーホテルなどが加入しています。
― 会頭の会社も加入されているのですね。
ド・メスティエ はい。私が現在、北東アジア代表を務めているトタル社は、世界で第四位の総合石油企業であり、日本には五〇年前から進出しています。もちろん、在日フランス商工会議所のメンバーです。
― フランス企業の他に、フランスとビジネスをしている日本企業も加入しているのでしょうか。
ド・メスティエ 日産自動車、資生堂、フジテレビジョン、稲畑産業、曙ブレーキ工業、大林組、東レ、中外製薬、三菱東京UFJ銀行、世界文化社、サントリー、メルシャン、大日本印刷など、よくご存知の企業が私たちのパートナーです。
在日フランス商工会議所は、欧州諸国の在日商工会議所としては最大、在日外国商工会議所の中ではアメリカ商工会議所に続き第二位の規模に成長しました。現在、総会員数のうち日本企業が占める割合は三割ほどですが、日本企業会員のご期待により一層応え、さらに加入数を増やしていきたいと思います。
― 日本企業の会員を増やすために、具体的にどんな活動をされているのでしょう。
ド・メスティエ 日本の現状と日本におけるフランス企業、フランス人コミュニティの情報を伝える機関紙「フランス・ジャポン・エコー」を年四回発行しています。これは日仏のビジネスの実情を伝える雑誌として高く評価されています。また、日本のプレス記事をフランス語で編集した「レブド・デュ・ジャポン」を日本のビジネスと文化の理解を目的に発行しています。さらに、月刊ニュースレターオンライン(http://www.ccifj.or.jp/
japonais/)を日本語フランス語両方で発行する等、日本語でのフランス紹介に努めています。加えて、二〇〇五年には、日仏関係の歴史を紐解く『筆と刀 日本の中のもうひとつのフランス』を発行しました。
― そうした成果なのでしょうか。日産とルノーに代表されるように、日仏の企業の連携も強化されていますね。
ド・メスティエ はい。一九九〇年代から合併や業務提携などにより、結びつきを強くする企業が出てきました。日産自動車とルノーの他にも、麻生セメントとラファージュ、婦人画報社とアシェットフィリッパッキ・メディア、アクサ生命とニチダン生命等がその代表として挙げられます。日本とフランスのビジネスは、より結びつきを強くしています。
今後は日仏共同の人材開発も視野に
― フランスは、食やファッションに関わる産業だけでなく、エアバスやTGV(フランス新幹線)、自動車産業に代表されるように、工業国でもありますね。
ド・メスティエ その通りです。日本の皆さんにも、フランスの工業国としてのイメージをもっとアピールしたいと思っています。機関紙等の発行の他に、私どもは、経済界、政界、金融界等でご活躍の方をお招きし、日仏相互のビジネス交流に役立つイベントを企画・開催しています。二〇〇二年には、大阪において大阪商工会議所、関西経済連合会と共同でイベントを開催したほか、〇四年には同様に名古屋で名古屋商工会議所、中部経済連合会、フランス大使館経済部名古屋、アリアンスフランセーズ名古屋支部と共同でイベントを開催しました。こうして日本各地、とりわけ関西地区における日仏関係の強化を目指し活動を行っています。〇五年十月には、井戸兵庫県知事のご臨席を得、在日フランス商工会議所関西地区シンポジウムを開催しました。
また、同じく〇五年には、日本経済新聞社と共同で、第三回日仏フォーラムを開催しました。「日仏技術提携で目指す持続的発展」をテーマに開催されたこのフォーラムには、ジャック・シラク仏大統領のご臨席も賜わり、五〇〇名の参加者を得て大成功を収めました。
さらに、九〇〇名を超す日仏ビジネスマンが参加する「ガラパーティー」は、日仏ビジネスコミュニティにおけるプレステージの高いパーティーとして定着しています。〇六年は十一月二二日にホテルグランパシフィックメリディアンで開催され、フランスを代表するエンターテイメント「ムーランルージュ」のスペシャル公演、ミシュラン二つ星を獲得したシャンパーニュの名店「ラシェット・シャンプノワーズ」のシェフ、アルノー・ラルマン氏によるスペシャルディナーをお楽しみいただきました。
― そうしたイベントを契機に、日仏間で新たなビジネスチャンスが生まれそうですね。
ド・メスティエ そうしたチャンスを着実にフォローするために、私どもの商務部では、フランス企業または日本企業のビジネスサポートを担当しています。また、グルノーブル・イーゼル県に対する投資促進のお手伝いをしています。さらに人材開発部では、フランス人日本人の区別なく、優秀な人材を企業に紹介しています。さらに、数々の要請プログラムや委員会を設け、日仏両文化の環境で実務に役立つ機会を長年にわたって提供しています。
― 今後は、日仏両国の企業間で、人的な交流もより盛んになっていくでしょうね。
ド・メスティエ 二年ほど前から、両国の学生を対象に、互いの国で経済活動の実務を体験してもらう研修プログラムも実施しています。ただし、期間が二カ月から五カ月に及ぶため、日本の大学制度のもとでは、日本人学生をフランスに派遣しにくいようです。フランスでの実務研修により、単位を取得できるようになれば、若い世代の人的交流も一層進むでしょう。
― 学生の交流はもとより、地方の商工会議所同士の交流も今後活発化すれば、両者のビジネスにとってとても有益になるでしょうね。
ド・メスティエ ええ。長野商工会議所の皆さまにも、我々の活動をご理解いただき、今後プロジェクトをご一緒させていただける機会があればと心より願っております。
― 長野からフランスへ発信する会員が登場するよう、私どもも努めていけたらと思います。本日はありがとうございました。
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