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2006年 10月号 No.699 |
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インドビジネスの成否が、
日本経済の行方を占う
広大な国土と十一億の民を抱えるインドは、近年経済成長が著しい。二〇三五年には、インドのGNPは日本のそれを超えるとの予測すらあるほど、インド経済の底力は計り知れない。市場の将来性においても、労働力の優秀さにおいても、今最も注目される国がインドである。
一方、日本の人口はついに自然減少へ転じた。労働力は今後減少し、経済成長率は低下していくだろう。
日本の経済力を維持するために、インドとの間に今私たちができることはあるのか。潟Cンド・ビジネス・センター代表取締役社長島田卓氏にお聞きした。
インドの歴史を学ぶ重要性
― これまで、日本企業の海外進出は中国が中心でしたが、今はインドに注目する企業が増えてきていますね。
島田 仰る通り、日本企業の海外進出はこれまでアセアンや中国が中心でした。バブルが崩壊し、海外進出は小休止しましたが、ここへきて持ち直してきた日本企業は、リスク分散や市場の将来性等を冷静に考慮して、インドを再認識しています。つまり、中国経由でインドを見出したわけです。
一方、ヨーロッパ諸国の場合、アプローチが違います。バブル経済やその崩壊もなかったですが、以前からコンスタントにインドに進出しています。インドをヨーロッパの延長線上に常に捉えてきたのですね。
― 確かに、イギリス、オランダ、フランスが、一六〇〇年以降相次いで東インド会社を設立したように、歴史的にみて、ヨーロッパにとってのインドはより身近な存在ですね。
島田 ええ。ただし、たとえばイギリスの当時のインド経営の目的は、インドを「ミニ・イギリス」にすることにありました。イギリスを本家として、分家インドを下請けとすれば、経済的には極めて効率的です。しかし、東インド会社の経営は、結果としてインドの国家主権を奪うこととなりました。以来インド人にとって外資はトラウマになっているのではないか、私はそう考えます。ビジネス自体は歓迎するものの、外資のいいなりになってはならないという感情が、年配の方々にはあるようです。これを理解しないと、インドでのビジネスでギャップを感じることになります。
― 資本も技術ももたらされるから、インドにとって海外企業の進出はいいこと尽くめかといえば、そうではないのですね。
島田 必ずしもそうではありませんね。インドに進出するためには、その歴史について、とりわけ外資との関係について、きちんと学ばないと、相手の家に土足で入るような状況になってしまう恐れがあります。
― 日本企業では、自動車メーカーのスズキが、インドで成功していますね。その成功の理由とはなんでしょうか。
島田 第一にトップのコミットメントです。鈴木修会長が「自分の身も心もインドに捧げました」と仰っているように、インドを他国の代替として生半可に考えるのではなく、インド市場を本気になって育てようとする情熱と、ビジネスを「させていただく」という誠意が経営トップにあったからです。
第二にパートナーに恵まれたことです。現地法人の経営者に格好の人材を迎えられたことが、大きな成功要因だったと思います。
政治的安定も大きなメリット
― 現在、在インドの日本企業はどんな業種が中心ですか。また、その進出先はどの地方が多いのでしょう。
島田 二輪車や四輪車のメーカーのほか、家電メーカーもあります。最近ではバイオや医薬関連の企業が多いですね。
海外企業の進出先は、日本企業に限らず広い範囲にわたっています。インドには、デリー、ムンバイ(旧ボンベイ)、チェンナイ(旧マドラス)、コルカタ(旧カルカッタ)という四つの一千万都市があり、それぞれ分散しています。デリー地域はホンダやスズキなど製造業が中心ですし、ムンバイは金融都市です。チェンナイは自動車以外の製造業やIT産業が盛んです。かつて首相府のあったコルカタは、外資の進出という点では現在やや沈滞気味といったところでしょうか。
― インドでビジネスを展開する場合、進出企業が懸念するのは、ビジネスルールに信用が置けるお国柄なのかという点です。この点に関してはいかがですか。
島田 ケースバイケースですね。立派な人格者もいれば、人の足元をすくうような者もいます。イギリスの影響が強かったために、ビジネスルールに関してジェントルだと思い込むことも、その逆に契約観念のない国と決めつけるのも危険です。
― 民法や商法は、国内で統一されていますか。また、政治体制について、将来における不安はないのでしょうか。
島田 法制に関してはイギリスの伝統を受け継いでおり、その点に関しては問題ありません。
また、国体としての政治は磐石ですね。インドではシビリアンコントロールが万全に機能し、軍隊は一切政治に関与しません。アジアで唯一クーデターがない国ですし、三権分立も厳格に守られています。巨大な投資を長期回収する場合でも、インドなら安心だと思います。
毎年千二百万人の
就労人口が生まれる
― シリコンバレーの下請けとしてソフト開発に携わる等、日本のマスコミはインドのIT産業に注目しています。数学のゼロを発見したのもインド人です。インドの人は非常に理数系に強いとのイメージを多くの日本人がもっていると思います。
島田 確かに、イギリスからの独立を果たした後、より職を得やすい理数系に優秀な人材が流れた傾向はあります。しかし、インドでは毎年千二百万人の就労人口が生まれますが、IT産業では二五万人程度しか雇用できません。ソフト開発に携わる人イコール理数系である、イコール頭のいい人という図式は、マスコミによるミスリードだと思います。確かに突出した記憶力、計算力をもつ人もいますが、日常生活の金勘定もできない人もいるのが現実です。
― 無限に多様な国インドを、ひとつの概念で括ることはできないのですね。
島田 はい。言語の種類も万からあります。世界広しといえども、国会で議員がヘッドフォンをつけ、同時通訳を聞きながら審議している国はそうありません。もちろん大臣クラスは英語を話しますが、地方出身の議員には英語が得手でない人もいます。
― インドそのものが国際社会のようですね。
島田 ミニ国際社会、たとえていうならヨーロッパみたいなものです。インドにおけるひとつの州が、ヨーロッパの小国に相当する面積がありますし、それぞれに独自性をもっています。
十分なコミュニケーションも
ビジネス成功の鍵
― インドでのビジネスを考えるとき、電力をはじめとする社会インフラの整備状況も気になるところです。
島田 電力に関しては、まだまだ整備が進んでいません。首都でさえ今も停電があります。水道も十分に普及しておらず、一日に二、三時間の供給しかない地域がほとんどです。ただし、外資が進出した場合、進出先の州との取り決めで、工場等は優先的に社会インフラを整備してくれます。就労人口が多いですから、国民の雇用先を確保するためにも、政府は外国企業のインフラ整備には積極的です。
― 港や空港といった運輸のインフラ、それから通信事情についてはいかがでしょう。
島田 港の整備は十分ではなく、日本からのODA援助を期待しています。空の便に関してはビジネスが盛んな西側諸国を中心に整っています。ヨーロッパを結ぶ便は相当数あります。
通信事情も近年よくなっています。二〇〇六年五月末で携帯電話の契約数が一億人になりました。インターネットも衛星回線でブロードバンドが使えます。
― ビジネス上で、カースト制度が問題になることはありませんか。
島田 制度自体は残っているものの、彼らはビジネスはビジネスとして割り切ります。銀行のインド・ニューデリー支店にいた折、私が掃除をしていると、あるインド人幹部から「あなたのような社会的立場の人がすべきことではない」といわれました。私は「お客様のために店舗をきれいにすることは、カーストの慣習とは無関係のこと、だれであろうと気づいた人がすべきだ」と話しました。ビジネスにおいては、カーストよりもコストを意識することが重要です。それを彼等も納得してくれましたよ。
インド人の素晴らしいところは、明確な根拠さえあれば、外国人の意見であっても率直にこれを受け容れることです。
もちろんこれはビジネス上の話ですから、職場から出たら話は別です。郷に入れば郷に従えのたとえ通り、プライベートでは彼らの慣習に従いました。そういった意味では、ビジネス上の付き合いとともに、アフターファイブの人間的な付き合いもできないと、インドビジネスは難しいかもしれません。コミュニケーションを重視することも、インドビジネスを成功させる重要な法則のひとつなのです。
人生のありのままを顕在化させる国
― インドという国について、日本人は多くを知りません。たとえば、巨大な人口を支えるほどの農業生産力はあるのでしょうか。
島田 高温多湿なインド南部は穀倉地帯で、米などは輸出国です。一方、北部は麦の栽培が盛んです。農業生産力は十二分にあります。
松下電器がインドに進出したとき、電気炊飯器の販売を南部のチェンナイから始めました。なぜデリーからではないのかと当初は不思議に思いましたが、パンが主食の北部では需要がなかったからなのです。
農産物としては他に、紅茶やコーヒーがよく知られたところです。
― 他にインドの産業として日本人が連想するのは、綿織物などの軽工業です。現在もこうした産業は盛んなのですか。
島田 ほとんどが家内工業的なものです。家族経営からインド最大の財閥となったリライアンスのような企業もないわけでありませんが、ごく稀なケースです。
― 第三次産業に目を向けますと、世界遺産を数多く抱えるインドは、観光産業も魅力かと思いますが。
島田 確かにそうですが、インドは東西南北三千キロメートルの大国です。日本人の感覚で三泊四日のツアーを組んでも、点在する世界遺産を周りきれるものではありません。また、時間の感覚ものんびりしていますから、日本人の感覚で旅をするとフラストレーションが溜まるでしょうね。地下鉄の時刻表も、到着時間ではなくて、何分間隔で列車が到着すると表示されています。
― インドを旅行した人は、二度と訪れたくないと感じる人と、その魅力に囚われる人と明確に二分されるように思います。
島田 インドは人生のありのままを顕在化させる国です。先進国に暮らしていると、人生のフェアウェイはある程度決まっていて、自分の人生を捉える視野はどんどん狭くなります。しかし、インドへ行けば、人間の営みのすべてがオープンであることを目の当たりにします。平坦なフェアウェイだけでなく、ラフもあれば池もバンカーもある。そこで、人生とはかくも豊かだったのかと目覚めた方は、「はまった」と仰います。しかし、それはインドにはまったというより、自分が今まで目を閉ざしていたものに目が開けたということではないでしょうか。それに気づいた場所がたまたまインドであったのだと私は理解しています。
― 確かに現代の日本にいますと、人の生死に立ち会うことすら少なくなっています。
島田 インドではそれを見ざるを得ないのです。首都デリーの路傍で死者が横たわっている脇をロールスロイスに乗った富豪が行き去ります。牛も歩いています。画一化が行き過ぎた社会より、むしろインドのような社会の方が自然かもしれません。語弊があるかもしれませんが、人間の社会さえ、自然淘汰されるのであって、その秩序を人為的に崩すことは、現象面から見ると逆に自分たちの世界を危うくしているような気さえします。
MITを凌ぐIITの優秀さ
― 生としての自然さが残る稀有な国インドにおいても、政府にとって近代化は課題になりますね。
島田 いわゆる西欧的な近代化を果たすというより、一日一ドルの収入もない二億七千万人にも及ぶ貧困層に就労機会を与え、どう引き上げるかが課題です。
― どんな業種でもビジネスチャンスはありますか。
島田 はい。ただ、より多くの雇用機会を生めるという意味では、製造業が注目される傾向にあります。
トヨタはインドで技術者を養成するために、海外で初めてインドに職業訓練校を来年開校します。愛知県のトヨタ工業学園のインド版です。それほど可能性のある人材がインドには豊富にいるのです。
また、インドは能力で勝負できるオープンでフェアな国です。さながらユナイテッド・ステイツ・オブ・インディアですよ。したがって現地での職業訓練とともに大切なのは、訓練したインド人をしかるべきポジションにつけることです。
― すでにインドの技術力に注目し、動き出している企業もあるのですね。
島田 欧米では、R&Dセンターを次々とインドにつくり、研究開発にあたっています。たとえばIBMは三年間で六十億ドルの投資を計画していますし、現地雇用の二割を博士号取得者が占めている企業もあります。
なかでもIIT(インド工科大学)の学生は、ずば抜けて優秀です。IITに落ちてもMIT(マサチューセッツ工科大学)に合格するといわれるほどです。そもそもIITは、一九六一年にケネディ大統領がハーバード大学にいたジョン・ガルブレイスをインド大使として送り込み、MITをモデルにした工科大学の創設を、ということで誕生したものです。IIT卒業者は、自国に就職先がないのでアメリカに渡りました。この頭脳がシリコンバレーをつくったのです。アメリカの長期的国家戦略は見事に的を射ました。そして、今シリコンバレーを興した頭脳は、徐々に本国インドに戻ってインド経済を支え始めています。
現在も、アメリカが世界戦略のうえで頼りにしているアジアの国は、インドだけではないでしょうか。インドは国土が広い。人口が多い。さらに核もある。今後着実に経済力をつけていく。外交的にも卓越した人材がいます。
ODAの1%で
インドの若者を日本へ
― 日本の政治家にはできない発想ですね。インドの人口規模や国土の大きさから、市場としての価値にばかり日本人は注目しがちですが、インドの潜在的能力は計り知れませんね。
島田 GNPで二〇二五年には中国が日本を抜き、二〇三五年にはインドが日本を抜くという統計もあります。人口減少社会に入った日本では、優秀な外国人労働者に働いてもらい、自分たちは「科学技術創造立国」として歩むことが有効な方法であると、トヨタの前会長奥田碩氏も仰っています。私もそう思います。そして、その最たるパートナーがインドではないでしょうか。
二〇年後の日本における就労人口は二千四百万人、インドのそれは四億三千二百万人です。そのすべてが雇用され、その時点で両国の経済が同じレベルであれば、一人当たりで日本人はインド人の二十倍の付加価値を生む必要があります。現実的にそれは不可能でしょう。両者が互いにサポートし合う良好な関係づくりのうえに、インドの優秀な労働力をうまく使える仕組みをビルトインしておかないと、将来における日本経済の発展はないのではないでしょうか。
― 国際援助といえば、ODAで箱物をつくるだけの日本は、世界の潮流から取り残されますね。
島田 ええ。日本の経済力を維持していくために、世界にあるトップクラスの労働力をいかに流入させるか、流入させずともいかにネットワークをつくるかが問われています。
私は常々「ODA一%論」を展開しています。日本のODA千五百億ドルの一%、十五億円でインドの若者を日本に呼び、一年間過ごさせるのです。生活費を年間三百万円として五百人呼べます。五百人の若者を日本企業が預かり、研修を積ませます。気に入ればそのまま採用すればいい。これを十年続けたら五千人の若者をインドから呼べます。日本にとってもインドにとっても、有意義な資産になります。まさに日本が今着手すべき国家戦略です。
― 一方で、インドの人々は日本をどう見ているのでしょうか。
島田 日本を知る一握りの人は、日本を奇跡の国だと思っています。先の大戦であれほど疲弊した国が、短期間に驚くべき経済成長を成し遂げ、しかも京都や奈良をはじめとする伝統的な日本文化も継承していると彼らの目には映っています。インドは今後急速に経済成長するでしょうが、古来の文化や歴史の遺産をとどめつつ、いかに経済発展を遂げるか、それこそインドが日本に学びたい点です。自然や文化と共生することに長けた信州の企業にも、ぜひインドに関心をもっていただきたいと思います。
― 経済的にも文化的にも互いにメリットを生める信頼関係が、インドとの間で築けられればすばらしいですね。本日はありがとうございました。
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