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2006年 9月号 No.698 |
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お客様第一主義で、
進化し続ける空港を目指す
中部国際空港(通称セントレア)は、二十一世紀の中部はもちろん、日本の空の玄関として、また、二〇〇五年に開催された「愛・地球博」の空の玄関として、同年二月十七日に開港した。設計段階から民間会社が手がけた国内初の民間空港である。
当初の資産スキームを約二割下回る建設事業費で空港が開港したこと、開港から一年間で予想を大幅に上回る千二百万人の空港見学者があったことなどで、セントレアは注目を浴びている。
国内では経営に苦心する空港が多いなか、セントレアが順調にテイクオフし、さらに就航都市を増やしている要因はどこにあるのか。代表取締役社長の平野幸久氏にお聞きした。
最大の特徴は、
空港としてコンパクトなこと
― セントレアは、初めて訪れた人も目的地に迷わず行けるよう、シンプルかつ機能的なレイアウトになっていますね。お客様の利便性を最優先した民間ならではの発想が生かされているように感じました。
平野 ありがとうございます。設計に関しては、社員で構成する委員会で入念な議論を繰り返しました。とりわけアクセスにはこだわりました。たとえば、空港に乗り入れている列車のホームには、カートが備えてあり、電車から降りたらそのまま荷物をカートに載せて搭乗口まで行けます。大空港のように、出発フロアと到着フロア各々に直接自動車がつけられるよう、道路を敷設すべきだという意見もありました。しかし、セントレアで最もアクセスが多いのは鉄道です。したがって、鉄道利用者の利便性を最優先に考えました。
また、空港内には随所にユニバーサルデザインを採用し、障害のある方も、同じ動線で不自由なく移動できるようになっています。他にも、国際線搭乗者が、荷物検査で待たなくて済むように、スーツケースを持って直接チェックインカウンターに行き、内部でエックス線検査とCTスキャン検査をする仕組みにしました。
― セントレアの使い勝手の良さを知ると、今までの空港がなぜセントレアのようにできなかったのかと思います。
平野 他の空港が機能性に欠けるかといえば、そうではありません。空港により、便数や旅客の数、貨物の量が違いますから、空港ごとに、最も適したレイアウトがあるのではないでしょうか。ここは、年間の旅客数が千二百万人余です。当初から、旅客数を千数百万人と想定し、その規模において最も使いやすい設計をしました。私どものような中規模空港の構造を、年間旅客数五千万人、取扱貨物何百万トンの大規模空港にそのままもっていっても使い勝手は悪いでしょう。大規模空港では、出発と到着、国内線と国際線でターミナルビルを分けるなどの必要が生じます。もし年間五千万人が利用する空港をつくれといわれたら、セントレアも今のような構造になっていなかったと思います。
― すると、今後利用者が増加していった場合には、空港の構造や機能を変えていく必要もあるということですか。
平野 ええ。利用者や取扱貨物が増えるという想定のなかで、増えた場合にどこをどう増設していくか、設計段階から考えていました。
これとは逆に、希望的観測で利用者を多く見積もって図面を引き、現段階で不要な設備を外していこうという発想では、想定した利用者に達するまで非常に使いづらい空港になる可能性があります。空港の経営にとっても無駄が多いと思います。需要が伸びたら、その折に増設した方が、空港自体も空港の経営もコンパクトになります。
一般的にこれまでの空港は大き過ぎました。セントレアが新しいとしたら、それは空港がコンパクトであることにおいてではないでしょうか。
商業施設の売上が全体の四割
― なるほど、利用者規模に相応してコンパクトだから、初めて来ても分かりやすく、利用しやすいわけですね。コンパクトのメリットという点では、飲食店街も横丁に店舗が連なっているような雰囲気で、歩いているだけで楽しいですね。
平野 ええ。まさに横丁です。すれ違う際、肩が触れ合うような空間をつくるのが狙いでした。
― 実際、店舗に賑わいがあって、空港全体も活気づいているように感じます。
平野 空港建設にあたっては、商業施設の重要性を感じていました。一般的に空港とは、飛行機に乗る人のための施設ですから、乗らない人はどちらかというと邪魔だという考えがありました。飛行機に乗らない人に対しては、ぶっきらぼうで無愛想な空港が多く、レストランも、利用者にとって魅力的だったかといえばそうとはいえません。私たちの発想は違いました。飛行機に乗らない人にも空港へ遊びに来てもらい、楽しんでもらって、お金も使っていただく施設をつくろうとしました。旅客からいただく収入だけで、この空港全体の収入を賄おうとすると、飛行機の着陸料は非常に高いものになり、旅客一人あたりの負担が大きくなります。そこで、飛行機に乗らない方にもお金を使っていただき、その利益を、着陸料を下げることに充てようと考えました。裏を返せば、商業施設の収入なしに、この空港は運営できなかったともいえます。
さらに、ロングレンジで見ると、ここで食事をされたり、飛行機を眺められたりしたお客様が、航空ファンとなり、将来の旅客になっていただける可能性も高いのではないでしょうか。
― 確かにスカイデッキ(展望デッキ)では、飛行機の写真を撮る航空ファンがたくさんいらっしゃいました。また、レストランのメニューもいわゆる空港料金ではなく、市場価格でいただくことができますね。これも人気の秘密ですね。
平野 中部地方初出店となるレストラン「クイーン・アリス&トゥーランドット」をはじめ、名古屋からも足をのばしていただける魅力ある商業施設にしたつもりです。おかげさまで、セントレアは空港であり、アミューズメント施設でもあると評価をいただいています。現在、空港内の飲食店や物販店のテナント料、直営店の売上といった商業系の売上は、全体の四割を占めています。
― 展望風呂をつくったのも、商業施設での収入を確保するという戦略の延長線上にあるのですね。
平野 はい。建設計画の段階で、空港にどんな施設があったらよいかというアンケートをした結果、上位にきたのがお風呂でした。そこで、飛行機の離着陸を見ながら、湯船に浸かることを提供しようと考えたわけです。今では、飛行機に乗らない方、乗り換えまでに時間のある方のみならず、海外から到着した方にもご利用いただいています。これはうれしい誤算でした。
サービス水準を標準化する試み
― メーカーご出身の平野社長が、サービス業の世界に入り、ご苦労された点はありませんか。
平野 お客様の動向にどう対処するかという点で、メーカーもサービス業も、やるべきことは変わらないと思います。メーカーの場合、生産ラインに携わる人が替わっても、高水準の品質が保てるよう、標準化のためのトレーニングをみっちり行います。サービス業の場合でも、接客する人によって当たり外れがあったのでは、お客様にご迷惑をおかけします。サービスの質を一定レベルにおいて標準化することは、サービス業にも当然求められます。
― とはいえ、サービス業の場合、その質を数値化しにくいという側面があると思いますが。
平野 もちろん人の資質に個人差はあります。しかし、現場ごとにできるだけ具体的な目標を立て、達成の具合も細かく評価し、成功した場合とそうでない場合の要因分析をして、改善していくことはできます。お客様の目線に立って、プランを立案し、これを実施し、結果を評価し、改善を施すことを恒常的に繰り返していくことは、サービス業でも同様なのです。
さらに重要なことは、第一線でお客様に接する売場の人、受付や案内をしている人こそ、お客様の生の反応を直接見聞きしているということ、彼らの接し方いかんで、お客様のセントレアに対する印象が決まるということです。現場に立つ人が、たいへん大切な役割を果たしていることを、全社員が認識しなければなりませんし、私たち経営者は、第一線で働く彼らが働きやすい環境を整えることが務めとなります。
― そのために、社長ご自身も現場を歩かれるのですか。
平野 そうですね。社長室にこもっていては、生の情報が入ってきません。悪い情報ならなおさらです。ですから、できる限りこちらから現場に出向き、お客様の目線で見て回ることにしています。また、第一線で販売や案内に携わる人とのコミュニケーションをとるようにしています。そうすることで、多少なりとも現場の声が直接私の耳に入れば、実際に何か問題が生じた折にも、的確でスピーディな判断が下せると思います。
建設事業費削減は絶対の課題だった
― セントレア建設に対し、一九九七年国が示した総事業費は、七六八〇億円でしたが、実際には五九五〇億円で完成されました。なおかつ、黒字化まで通常は五年程度掛かるといわれるにもかかわらず、初年度で黒字となっています。民間ならではのコスト感覚、経営センスだと思いますが、平野社長のトヨタでの経験が生きているのでしょうか。
平野 確かに、私は長年トヨタにおりましたし、いわゆるトヨタ生産方式と呼ばれる合理的な手法、その土台となる哲学のなかで育ったことは間違いありません。しかし、この空港会社の総従業員数に占めるトヨタ出身者の比率は、多いときでも三%に過ぎませんでした。当社が順調なスタートを切れたのは、トヨタ流というよりセントレア流が発揮できたからです。
― 建設事業費を大幅に抑制できた要因について教えてください。
平野 セントレアは、開港後運営をする人間と、建設プロジェクトに携わる人間が同じでした。建設にあたって、どういった構想をいつ、どの程度の投資で実施するか、常に開港後の状況をシミュレーションしながら判断できました。
先ほどもお話ししましたように、開港までの事業費がかさめばかさむほど、着陸料は高くなります。高額な着陸料は、旅客にとってデメリットになります。ここに入りたいという航空会社も減るでしょうし、結果として利用されない空港になります。建設事業費をできる限り抑制することは、私たちにとって絶対的な使命だったのです。
たとえば、成田空港の場合、日本の首都への玄関口ですから、新規就航したいあるいは増便したいと考える航空会社は絶えません。関西空港ができると、成田に入れなかった航空会社が、次善策として関空を選択しました。中部地方は、首都圏や関西地方ほど人口や経済の規模は大きくありません。航空会社にとって、セントレアのマーケットとしての魅力は、成田や関空に比して小さいわけです。したがって、航空会社のビジネスがきちんと成り立つ条件を整えなければ、航空会社のインセンティブは働きません。
― 着陸料を安くしないと、乗り入れてもらえないわけですね。
平野 そうです。そして、着陸料を安くするための方法は、二つしかありません。ひとつは分母を大きくすること、つまり需要を増やすこと、もうひとつは分子を小さくすること、つまりイニシャルコストとしての建設事業費を下げることです。分母を増やすといっても、机上の数値のように旅客が増えてくれるとは限りません。私たちの生きる道は、建設事業費を下げる以外にありませんでした。このことが全員分かっていたから、結果として事業費を大幅に削減でき、着陸料も成田や関空より安く抑えることができました。
― 関空では、一兆円の当初事業費に対して、実際には一兆五千億円掛かりました。建設段階から民間が関わったという点が大きな違いですね。
平野 関空の現社長村山敦氏は、ご苦労されていることと思います。私たちは関空の苦労を見ていますから、最初から開港後を想定して、事業費を抑えることができたのです。
ライフサイクルコストをミニマムに
― 会社としてやるべきことを、全社員が共有していたという点に、セントレアのすばらしさがあると思いますが。
平野 社員がみな当事者意識をもってくれたおかげですね。
そもそもセントレアは、愛・地球博開幕前に、開港することが至上命令でしたから、きつくてもやり遂げなければ意味がないと組織全体が認識しました。コストダウンについても同様です。建設事業費を抑えなければ空港として生き残れないことは、誰しも頭では分かります。問題は、頭で理解したことが実践できるかどうかです。それはもう、目の前にある課題に対して、社員一人ひとりが当事者になれるかどうかにかかっています。
― 個人住宅の場合でも、そこに住む人間が、設計者や建築業者と実際に渡り合って建てた家の方が、使い勝手よく、コスト面でも無駄のない建物ができます。しかし、従来の日本の公共投資は、つくる人と運営する側が別々で、無駄なコストばかりがかさんでいました。セントレアは、これまでの公共投資のあり方に、一石を投じるモデルケースだと思います。
平野 実際に運営する民間が、建設にも携わるという手法を導入したのは、私どもではありません。セントレア建設当時、運輸省(現国土交通省)事務次官を務めていた黒野匡彦氏(現成田国際空港株式会社代表取締役)です。
― 官にありながら、従来の公共投資のあり方を変えようとした黒野氏の発想は、実にすばらしいですね。
平野 そう思います。建設事業費削減を公共事業の奇跡だとお褒めいただいたことがありますが、最初から民間が関わったこのプロジェクトは、公共事業ではありません。社員には相当きつい思いをさせましたが、私どもは民間として当たり前のことをやっているだけです。
― しかし、周囲はとても七六八〇億円でできるとは思っていなかったのではないですか。
平野 一兆円掛かるとの声もありました。しかし、繰り返しますが、七六八〇億円、まして一兆円も使ってしまっていたら、とてもこの空港は立ち行きません。
― セントレアの建設事業費は、償却して国に返済していくわけですよね。
平野 ええ。純然たる民間会社ですから、借入金はすべて返済します。最近、成田空港が民営化しましたが、公団から会社に変わったとたんに莫大な固定資産税が掛かることになり、「こんなにたいへんなものだと思わなかった」と経営側は話しているようです。
― 償却や固定資産税が発生しない官と、確実に生じる民間とでは、コスト意識に関して差が生じるのは当たり前ですね。
平野 ええ。イニシャルコストだけ考えていたのでは、それは経営ではありません。維持管理も含めたライフサイクルコストをミニマムにすることを常に念頭に置いて事業展開することは、民間なら当たり前のことです。
顧客満足度で世界一の空港を目指す
― 愛・地球博と前後して、中部圏の経済は活気に満ち溢れていますね。長野県内でも、中部圏の経済の動向に多くの人々が注目しています。この地方の活況の原因はどこにあるとお考えですか。
平野 製造業が元気なことが、大きな要因でしょう。また、中部圏の企業は、本社を東京に移すことなくこの地域にとどまっています。ここを発信地として、世界のマーケットで勝負している企業が多いことが、活気ある経済につながっていると思います。
― 本社があると、自治体の税収もずいぶん違いますしね。
平野 私どもにとっても、地元経済に活気があり、空港をご利用いただけることは、非常にありがたいことです。とはいえ、これに甘んずることなく、一般のお客様も含めたすべてのお客様に対し、顧客満足度で世界一の空港になることを、セントレアは目標にしています。
― 長野市からのアクセスを考えても、セントレアは成田に行くのと時間はさほど変わりません。今後、長野県におけるセントレア利用者も増えると思われます。
平野 とくに松本以南の利用者にとって、メリットは大きいと思います。
小牧空港時代は、国際線は週二二五便でした。セントレア開港の折にはこれが二九三便となりました。現在は週三七六便です。さらに今後三年間で四五〇便に増やそうと考えています。なかでも貨物便については、小牧空港では週五便しかありませんでしたが、現在セントレアでは週五四便で、今後右肩上がりに増やしていきます。地理的に日本の中央に位置しており、国内配送の時間が節約できること、また二四時間離着陸できること、こうしたメリットを生かし、「進化し続ける空港」を目指しています。長野県のみなさんにも、実際にセントレアにおいでいただき、また大いに利用していただきたいと思います。
― セントレアを訪れることは、セントレア流の顧客目線の経営を学ぶチャンスにもなると思います。本日はありがとうございました。
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