CCI

   2006年 6月号 No.695




新世紀への提言


ユルン・ラマース
 オランダ経済省企業誘致局駐日代表
1967年オランダ生まれ。ライデン(蘭)・ケンブリッジ(英)・コインブラ(葡)の各大学で日本の古典とポルトガル文献学を学ぶ。ライデン大学卒業後は大阪大学大学院に進み、その後再びライデン大学大学院に戻る。1998年に「ジャポニウス・ティラヌス」で博士号を取得。この博士論文に加筆した『武将織田信長―在外史料による再考察』も発表している。
 同年オランダ経済省に入省。2004年より現職に就き、日本企業のオランダ誘致を進めている。

  


拡大EUの玄関口オランダとの
新たなパートナーシップ


 慶長五年(一六〇〇)四月、一艘のオランダ船が九州に漂着した。この出来事をきっかけに、今日まで、日本とオランダ両国の交流は四世紀にわたって途切れることなく続いてきた。オランダはかつて、日本にとって最も親しみのあるヨーロッパの国であった。
 しかし、近年日本の関心は、政治的にも経済的にも、アメリカや他のヨーロッパ諸国、中国をはじめとするアジアにあるようだ。一方で、在オランダの日系企業は約三五〇社と数を増し、再びオランダへの関心は高まっている。
 なぜ、今日本企業がオランダに注目しているのか、オランダ経済省企業誘致局駐日代表のユルン・ラマース氏にお聞きした。

四世紀に及ぶ日蘭の交流

― ラマースさんがとても日本語がお上手なので、日本語でインタビューさせていただきます。今日は、日本企業がオランダに進出するメリットについてお聞きしたいと思いますが、その前に、ラマースさんはどこで日本語を習得されたのか教えていただけますか。

ラマース オランダのライデン大学の日本語学科で学びました。世界で最も古くからある日本語学科で、日本の明治維新の少し前からですから、およそ一五〇年の歴史があります。現在も一学年百人以上の学生が日本語学科で学んでいます。昔も今も、オランダが日本に対して大きな関心を持っている証かもしれません。

― 日本語を学ぶうえでご苦労はありませんでしたか。

ラマース 私自身、文化などの比較研究が好きでしたので、日本語も楽しみながら学ぶことができました。ただし、日本人とコミュニケーションするうえでは、文法よりも発音が重要ですから、耳を鍛えてより正確な発音ができるよう心がけました。

― さまざまな言語があるなかで、なぜ日本語を専攻されたのですか。

ラマース 私の父は国際線のパイロットとして日本を訪問したことがあります。祖父も船乗りとして日本を訪れたことがあります。そうしたことも背景にあったかもしれません。また、勤勉でものづくりが得意な日本という国に、私自身少なからぬ関心を持ったことが、日本語学科に進んだ理由でした。

― 今でこそ日本はアメリカ一辺倒の感がありますが、歴史的には、日本とオランダは古いお付き合いがあり、江戸時代、明治初期の日本人にとって、オランダはとても親しみのある国でした。当時の日本にとっては、オランダ語が第一外国語だったのではないでしょうか。

ラマース そうかもしれませんね。十七世紀のオランダには、世界を制する力がありました。だからこそ、オランダ船が日本まで行き、日本との間に通商が始まり、両国は関係を深めていきました。しかし、世界の勢力地図が変化する中で、日本にとってアメリカの存在意義が大きくなっていきました。一説によると、福沢諭吉のオランダ語は、オランダ人に通じなかったようです。その頃から、日本は蘭学から離れて、英米文化に親しんでいったのではないかとも言われます。
 もちろん、オランダにとっても、ヨーロッパ諸国との関係と同様、アメリカとの関係は重要です。ですから、日本にとってのアメリカが、経済的、政治的、軍事的に重要な存在であることは、それなりの理由があってのことです。
 一方で、現代の日本人にもなお、ソフトやメンタルな部分で、オランダに対する親しみは残っているように私は思います。日本とポルトガルとの関係は、鎖国の時に途絶えましたが、日本とオランダとの交流は約四世紀にわたって途切れることなく続いています。他のヨーロッパ諸国と比べてみても、日本との関係において、オランダにはアドバンテージがあると思います。私たち企業誘致局の人間にとっても、日蘭関係四〇六年の歴史は、精神的基盤です。

オランダ国土はオランダ人が拓いた

― かつて、オランダがヨーロッパを代表する国だったにもかかわらず、現代の日本人は、オランダを日常的に意識することが少なくなったような気がします。

ラマース 一般的な日本人が毎日のようにオランダを意識することは少ないかもしれません。しかし、私たちがお会いする日本企業の代表者の中には、オランダを非常に身近に感じ、オランダでの滞在経験がご自身の人生にとって意義深かったとおっしゃってくださる方もたくさんいます。
 オランダが、日本人にとってヨーロッパを代表する国としてイメージされたのには、オランダの国土が人工的に造られたことに理由があるかもしれません。「世界は神が造りたもうたが、オランダはオランダ人が造った」と言われるように、国土の約三割が海面より低いオランダでは、干拓事業を進めて国土を拓いてきました。また、度重なる洪水の被害の経験から学び、水をいかに管理するかに心血を注いできました。オランダは、日本のように大自然が豊かな国ではありません。環境を守らなければならないのは、オランダも日本と同様ですが、守るべき対象が日本の場合と違います。ただし、日本の自然も人の手を入れないと守れないところまできています。守るべき対象やその手法は違っても、人の力を入れないと自分たちの環境が守れないし、暮らすことも難しいという点で、オランダの国造りをモデルと捉えているのではないでしょうか。日本人のオランダに対する親近感は、そんなところからも生まれている気がします。

― 環境を人間が造る技術について、また造った環境を守っていくノウハウについて、オランダは非常に進んでいる国ですものね。

ラマース 環境問題に対してかなり敏感な国民性があることは確かですね。もともと大自然に恵まれていたわけではなく、自分たちで造った環境だからこそ、自分たちで守ろうとする意識が強いのでしょうか。
 もちろんオランダ国内にも、経済的利便性と環境保全のどちらを優先するかについて議論はありました。しかし、近年は経済的な成長と環境保全の両者を調和させる方向に進んでいます。たとえば、リサイクル活動は、これに踏み切る当初のコストは大きくても、システムが動き出せば、収益にも貢献します。経済成長と環境保全は両立させることができるのです。

産業育成の選択と集中が進む時代

― 風車も、土地にたまった水をくみ出すために生まれたものですね。国土を拓いた風車の景観と、その土地に育った花などを資源として、オランダは観光を主力産業としてきました。これからは、何を国内の主要産業に育てていこうと考えているのですか。

ラマース オランダに限らず、ヨーロッパ全体で今話題になっているのは、イノベーションつまり研究開発です。たとえばものづくり産業において、オランダがコスト競争で優位に立てるとは思えません。中国やインドの力が増した最近ではなおさらです。したがって、研究開発に力を注ぎ、人件費が掛かっても競争できる産業を国内に育てていこうと考えています。
 また、産業育成の選択と集中も重要な課題です。十年ほど前まで、オランダは未発達地域をいかに開発するかに力を注いできました。アムステルダム周辺と、国土の北部地域では、経済成長の速度に差があったために、これを均一化しようとしたのです。しかし、最近は政府も考え方を変えました。経済的、技術的にある程度の優位性をもっている産業を特化させて育てようとしています。具体的には、フードビジネス、金融、水に関する技術、花、物流といった分野です。

― 日本もオランダと同じキーワードで動き出しているように感じます。かつては、地方に高速道路や新幹線を通し、国土の均一な発展を図る政策がとられてきましたが、小泉改革で方向が変わりつつあります。国際競争力のある付加価値の高い産業をより育てようとしています。悪く言えば地方切り捨てなのかもしれませんが、IT産業など都市型産業への集中がみられます。

ラマース 日本政府もオランダ政府も、その必要があるから政策転換を図ったのでしょう。中国やインドの急成長により、日本においても経済的な余裕がなくなっていると思います。より効率的合理的に投資をする時代に入ったのです。
 地方で都市と同じ産業を育てようと思っても、コストが掛かるばかりですから、地方は地方として付加価値を高める時代になります。オランダにおいては、経済的には成長の遅い北部地域は、都市部の人々が身体と心を休めるレジャースポットとして注目を浴びています。

他国では真似できない物流システム

― オランダの花に関する産業は、今もヨーロッパの中で、あるいは世界の中で、アドバンテージを保持できているのでしょうか。

ラマース オランダの花産業には、長い歴史があります。また、花の産業といっても、生産そのものだけでなく、外国で栽培した花を流通させるシステムにおいてオランダは優れています。オランダ人は、民族的にも貿易に向いており、貿易にまつわるサービス、物流、金融、インフラ、保険などを整備してきました。たとえば、歴史的に世界の金融センターとして機能してきたロンドンに、パリやアムステルダムが伍することは容易ではありません。同様に、オランダの花の産業の優位性は今後も大きく変わらないと思います。
 EUの加盟国の増加でも明らかなように、ベルリンの壁崩壊以降、ヨーロッパは二十世紀にはなかったほど広い世界となりました。十七世紀、世界の貿易は、地中海、北部ヨーロッパ、アメリカ、アジアの四つの地域を結ぶことが最重要であり、その中心にオランダがいました。二十一世紀の今、当時と同じ役割を拡大ヨーロッパの中で果たせるのではないかと考えています。

― オランダが再び世界の物流の中心地となる可能性があるわけですね。

ラマース すべての物流の拠点として世界第一位になれるとは思えませんが、オランダの歴史的実績は今後も注目されるはずです。世界がアジアの生産力と市場に注目している時代ですが、私たちの貿易に関する実績やノウハウを生かして、アジアでつくられたものをヨーロッパに流通させる役割をオランダが担えば、アジアの急成長は私たちにとってもプラスになると思います。

空からも海からもアクセスが便利

― 長野県からもエプソンや信越化学などの優良企業がオランダに進出しています。こうした企業は、ヨーロッパの玄関口としてのオランダ、物流の拠点としてのオランダを重視しているのでしょうか。

ラマース ご存知のように、ロッテルダム港は世界最大規模の港ですし、陸路でも他のヨーロッパ諸国とのアクセスに優れています。信越化学さんの場合は、その物流機能に最も注目されたようです。また、化学産業は現地法人で雇用する人材にもある程度の学問レベルを求めますから、化学に関する学科を持つ大学や化学産業に関わる企業が多いロッテルダムは、化学的インフラも整っているのです。
 さらに、これは一般的に言えることですが、オランダ政府は日本企業の成長力を高く評価しています。ですから、大企業に限らず中小企業であっても、オランダへの日本企業誘致に私たちは積極的です。もう一点、日本企業がオランダに進出するメリットを挙げれば、オランダと日本は共にビジネスにおける社会的信頼が高い国であるということです。

― 長期にわたって安定した取引を大切にする日本企業にとって、オランダは馴染みやすい環境であるということですか。

ラマース ええ。日本人は、一言で言えば職人、ものづくりを得意とする民族ですから、長期的な視野をもってビジネスに取り組みます。オランダ人は貿易を得意としますから、短・中期的な視点でものを見ます。両者の感性は同じではないのですが、オランダが貿易で今後も伸びるためには、日本人がつくりだす質の高い商品が必要です。日本にとっては、オランダの貿易機能が大きなメリットです。互いの強みを生かせば、日本とオランダはベストパートナーになれると思います。

― エプソンさんの場合は、オランダにどんなメリットを見出したのでしょう。

ラマース エプソンさんは、オランダにEU本部を置き、ヨーロッパ全体の市場で展開する事業を統括しています。

― 空からも海からも、ヨーロッパ各地からアクセスしやすいという地理的条件が整っているということですね。

ラマース はい。アムステルダム国際空港とロッテルダム港は、六〇キロと離れていません。世界規模の空港と港が、これほど近い距離にある国は、オランダ以外にはありません。また、金融機関も安定していますし、言葉も英語がほとんどの地域で通じます。さらに、オランダはヨーロッパの政治的な力関係の中で、中立的な位置にあります。こうしたもろもろの条件が、全ヨーロッパの市場を統括する場所として、うってつけだったのです。つまり、ヨーロッパ市場を統括する事業所の機能を、日本企業に提供するという点で、オランダは他のヨーロッパ諸国に比べ競争力があると思います。

日本企業の裾野の広さに注目

― 現在、オランダ政府は、日本企業はじめ外国企業を国内に誘致するという政策に力を注いでいるのですね。

ラマース 急成長するアジアにももちろん注目していますが、日本やアメリカのように成熟した産業を持つ地域は、これまでと変わらず私たちにとって重要な存在です。バブル経済崩壊後の不況から立ち上がりつつある日本はとりわけ重視しています。日本企業もヨーロッパ市場に再び関心を示しているのではないでしょうか。日本は近年、中国の市場に注目してきましたが、中国の好調さもいつまで続くか疑問です。EU経済圏が広がった今のヨーロッパは、二十年前のヨーロッパとは大きく違います。事業リスクを分散させるためにも、さらに拡大ヨーロッパの市場で合理的なビジネスを展開するためにも、これまで以上に多くの日本企業に、オランダに来てほしいと思います。

― おっしゃるとおり、日本企業の経営者も、現在ヨーロッパに注目していると思います。第一に、アメリカがリードするグローバリゼーションに限界を感じています。第二に、中国に対してはビジネスルールや社会インフラに不安を抱えています。第三に、経済が成熟した日本が、今後どうやって中国など急成長する国と競争していくか、そのモデルがヨーロッパにあると考えているからです。

ラマース 今でこそアメリカが世界のビジネスをリードしていますが、そもそもビジネスルールが自然発生的に存在した地域は、世界に二つしかありません。ヨーロッパ北西部と日本だけです。日本が近代以降経済的に発展できた要因は、明治以降の技術革新だけでなく、江戸時代に市場経済と、これを円滑に動かす金融制度など商取引上のルールが確立していたからこそだと私は思います。日本のようにビジネスルールが確立した国では、経済は社会の安定を保ちながら発展します。十八世紀半ばから二十世紀半ばにかけて成長したイギリスもそうでした。しかし、日本以外のアジア諸国の急成長の影には、かなり大きな社会的コストの増大があるのではないでしょうか。

― 確かに、明治維新で国を開く前に、日本では金融制度など現在に通じるビジネスルールをすでに持っていましたから、ヨーロッパと通商しても戸惑わなかったはずです。手形でも為替でも、自分たちがつくった制度を外国語に翻訳すれば済んだわけです。
 ところで、日本企業がオランダに進出するうえで、税制面のメリットもあるのでしょうか。

ラマース オランダでは、私たち経済省と大蔵省が協力して、外資系企業に有利な条件の整備に努めています。かつて存在した資本税を撤廃し、法人税も一本化されており、現在税率は二九%で、今後二七%を目標に引き下げる予定です。固定資産税の一部が地方税となりますが、これはごく小額に過ぎません。税制面でのメリットも非常に大きいと思います。
 他にも、二重課税を回避するために、租税条約を八十四カ国と結んでおり、外資系企業に友好的であること、第二に外資系企業が直接オランダの税務署と話すことができ、数年先の課税状況まで事前に把握できることなど、オランダが税制面において、他のヨーロッパ諸国よりも比較的優位を保っている要因はあります。

― 今後もオランダに進出する日本企業は多くなりそうですか。

ラマース そう願いたいです。日本の産業の裾野は幅広く、あらゆる分野で成長の可能性を持っています。どんな分野の企業であっても、オランダとの間に発展的なパートナーシップをつくることができると思います。

― 二十一世紀に、新たな日蘭関係が築かれることを、私たちも期待しています。本日はありがとうございました。


  




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