CCI

   2006年 4月号 No.693




新世紀への提言


岸田 秀
 作家・文明批評家
和光大学名誉教授。1933年香川県善通寺市生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒。本能が壊れた動物である人間は、幻想によって現実に適応しようとするとして、精神分析の手法を歴史、社会、集団へと展開している。
 著書に『ものぐさ精神分析』三部作、『幻想の未来』『嫉妬の時代』『フロイドを読む』『二十世紀を精神分析する』『幻想に生きる親子たち』『性的唯幻論序説』『唯幻論物語』など多数。

  


日本がアメリカから独立する日(上)
今こそ、日本人自身が、
新しい「物語」をつくるべきとき


 「本能が壊れた動物である人間は、幻想の中でしか生きられない」唯幻論を唱える岸田秀氏は、現在の日米関係はまやかしの幻想の上に成り立っており、現在に至るまで日本は精神分裂病に苦しんでいると言う。そして、歴史の事実を事実として認めるところからしか、新たな日米関係は始まらないとも。
 対アメリカのみならず、日本は外交上さまざまな問題を抱えている。果たして日本人は、確固たる物語を創造することができるのだろうか。前回に続き、岸田秀氏にお聞きした。

分裂病の日本は独立できない

― 幕末、ペリーによって鎖国の扉を強引にこじ開けられた日本には、そのトラウマが今に至るまであり、ときに卑屈なほどアメリカにすり寄り、またときに尊大になる日本人の心理状態は、幕末のトラウマによる一種の神経症だというお話をいただきました。
 これだけ国際化社会と言われながら、なぜ日本人の英語が上達しないのか、心の底にあるアメリカ嫌いの感情が邪魔をしているようにも思えるのですが。

岸田 そうした日本人の精神の分裂状況について、私は外的自己と内的自己という言葉を使って説明しています。外的自己では、つまり意識の上では、英語を身につけてアメリカともより親密になり、世界に通用する人間になりたいと思っています。だから高い授業料を払って英会話学校にも通う。しかし、内的自己、つまり無意識下では「アメリカ人と同じ言葉でしゃべれるものか」と思っている。だから、どれほど勉強しようが英語を習得できない日本人が数多い。内的自己でアメリカ嫌いを抱えている間は、いくら英語を勉強させてもムダでしょう。

― 英語ができる人間が、ときにできない人間に対し尊大な態度を示すのも、日本人の精神が外的自己と内的自己で分裂しているからですかね。

岸田 ええ。その逆に、英語ができない人間が、できる人間を「英語屋」などと言って軽蔑する場合もありますね。これも外的自己と内的自己が分裂しているがゆえの言動です。

― 親米と嫌米との間で揺れ動く日本人の心理が、今後大きく嫌米に傾くことは予想されますか。

岸田 ないとは言えないと思います。かつてユダヤ民族が、ローマ帝国に戦いを挑んで敗れましたが、その戦法が旧日本軍のそれと似ていて、ユダヤ民族は玉砕を唱えて六〇万もの戦死者を出しました。当然戦争も完敗でした。しかし、それから百年後、再びユダヤ人はローマ帝国に挑んでいます。同様に、日本が再びアメリカを敵に回すことも、ないとはいえません。しかし、現実には日本はアメリカと戦火を交えないでしょうし、やらない方が身のためです。

― 武力こそ行使しませんでしたが、バブル期に日本で余ったお金の行き場がなくなったとき、日本人は、エンパイヤステイトビルやロックフェラーセンタービル、ワイキキのホテルなどを買い占めました。アメリカが経済的繁栄の象徴として誇りに思っているものに、日本人はお金を使いました。あれは日本人のアメリカに対するコンプレックスの裏返しなのでしょうね。

岸田 しかし、バブル崩壊後の日本経済は、惨憺たる状況だったじゃないですか。

― バブルに浮かれ、はしゃぎ回ってアメリカに攻め込んだ日本を、アメリカは徹底的に叩きましたから。日本にアメリカンスタンダードを押しつけることで、日本経済を足元から弱体化させました。しかも、反米感情が芽生えないように、巧妙に速やかにやりました。

岸田 分裂病を抱えたままで、アメリカに挑んでいては潰されるという好例だったかもしれませんね。

― だからこそ、日本は事実を事実として認めた上で、アメリカとの間に新しい物語を築くべきだと先生はおっしゃるのですね。我々日本人が認めるべき事実とは何なのでしょうか。

岸田 日本は、アメリカの占領下にあるという事実です。なぜアメリカの言いなりになって、日本はイラクに自衛隊を派遣しなければならないか。日本がアメリカの占領下にあるからです。たとえ屈辱的であろうが、これを認めないことには何事も始まらないでしょう。

近代以降の中華思想は攻撃的

― 中国について、先生はどう分析されていますか。中華思想もひとつの幻想なのでしょうか。

岸田 誇大妄想を持っていることに間違いはありません。ただし、本来中華思想は、アメリカの幻想のように攻撃的ではありません。

― 威張っていればいいわけですね。

岸田 相手が頭を下げて貢物を持ってくれば、中華思想ではよしとするわけです。もともと、他国に植民地をつくって、そこから搾取しようという気はなかったと思います。しかし、今はそうではありません。中国は、アヘン戦争でイギリスに屈辱的に負け、日清戦争で日本に負けました。昔の中国からすれば取るに足らない野蛮な両国に敗れたことは、中国にとって大きな屈辱です。個人の神経症の場合もそうですが、敵から侵略の侮辱を受けると、その敵の真似をするようになります。したがって、近代以降、中国はより侵略的になっています。チベットへの侵略がそうでしょう。現在の中国は、かつての日本のようにアジアに支配権を持とうとしているのではないかと思います。

― 日本に侵略する可能性もないとは言えませんね。

岸田 ええ。少なくとも、日中の心理的な対立は続くでしょう。一八九八年の米西戦争後、スペイン領のフィリピンを占領したアメリカは、これ以降中国と日本を絶えず対立させる基本政策で一貫しています。日本が強かった時代には中国を援助し、中国で共産政権ができると、今度は日本に肩入れして、経済成長を促しました。アメリカがいちばん恐れているのは、日中が同盟することです。今の日中関係は、まさにアメリカの思う壺です。

― 確かに、アメリカは、東西冷戦中には、日本とドイツを共産主義陣営との経済的バリアとして使いましたね。ところで、中国が靖国参拝を批判するのも、やはり日本に侵略されたトラウマが原因ですか。

岸田 近代以前、日本が中国の皇帝にかしずいていたように、日本を自分たちの意向に沿う存在に戻したいのだと思います。しかし、止めろと言われて止めるのは、日本が中国の下になることを認めることです。私は、この一点からも、靖国参拝は止めるべきでないと思います。

― 日本による中国侵略は、一握りの軍部の人間が行ったことで、多くの日本人に責任はない。責任はすべてA級戦犯にあるとして、中国は自らを納得させている背景もあるようですが。

岸田 中国共産党そのものが、国民にそう説明しています。まさに共産政権を維持するための嘘の物語です。大日本帝国時代、国や軍部の政策を日本国民は支持していました。国民が軍部に騙されて戦争を強いられたというのは、戦後につくり上げられた嘘です。そうした嘘で戦後の日中友好関係は成り立ってきたわけで、本当の意味の友好関係ではありません。

歴史に一〇〇%悪玉はいない

― 嘘だと認めたら、共産政権は瓦解するでしょう。

岸田 しかし、嘘とは脆いものですから、いずれ崩れますよ。だから中国の共産政権も、なぜ日中戦争が起きたのか、その原因について日本側とつきあわせる必要があると思います。戦争責任を一〇〇%日本の軍国主義に転嫁し、中国人民も日本国民も悪くないという論理は、どう考えてもおかしい。
 欧米列強がアジアの侵略を進めたとき、この脅威から自らを守るために、アジア人は一致団結すべきだと、当時の日本人は考えました。ところが、欧米に伍する力は、当時日本しか持っていなかった。中国人や朝鮮人は頼りにならなかったのではないでしょうか。中国も朝鮮も協力してくれないので、自ら立つしかない、ここまでは日本側の論理は正しいと思います。ところがこの後日本は道を誤った。日本に協力しない中国人や朝鮮人を見下し、侮辱的に侵略行為に及んでしまいました。

― 戦争に関して、一方的な責任論はあり得ないということですか。

岸田 私は常々時代劇のように世界を見てはいけないと思っています。時代劇の中では、一〇〇%善玉が一〇〇%悪玉を懲らしめます。現実の世界ではそんなことはない。世の中には一〇〇%善玉も一〇〇%悪玉も存在しません。日中戦争における責任についても、日本側にどこまで正当性があり、どこから正当性を欠いていたか、相対的に判断すべきです。中国も、あの時代にどうすべきであったのに、それができなかったか、冷静に考えなくてはなりません。日中両者にそれができれば、日中関係は別の展開を見せるのではないでしょうか。日本側が全面的に譲歩すれば、あるいは中国側が全面的に譲歩すれば、それで済む問題では決してありません。

― 個人の神経症の治療の際、嘘の物語を嘘と認めることで、その患者の人格は崩壊しませんか。同じ理由で、国民の間の共同幻想を修正していくことが、果たして国家にできるのでしょうか。

岸田 神経症の治療において、最悪の場合には患者の人格が崩壊することもないこともないですが、これは神経症の治療が不可能だということを意味しません。嘘の物語を捨てて、新しい物語をつくることは、個人の治療でも、国家の場合もできるはずです。

― 事実を直視し、嘘の物語を捨てる過程もたいへんな苦痛でしょうが、表層的とはいえこれまでの友好関係をご破算にして、まったく新しい関係を築くことは、さらに大きな困難が伴う気がします。

岸田 特に国家間の問題としては、絶望的に難しいかもしれない。しかし、それ以外に道はないと私は思います。嘘の共同幻想に縛られているうちは、両者の争いは絶えません。

北朝鮮はかつての大日本帝国

― 拉致問題をはじめ、北朝鮮との関係も現在の日本の懸案事項です。先生は、北朝鮮に対してどうお考えになりますか。

岸田 あの国は、反米意識ひとつとっても、かつての大日本帝国のようです。日本や韓国はアメリカに犯されて、アメリカの言いなりになっている。北朝鮮は、真にアジアの解放を果たすのは自分たちだと考えていると思います。「アメリカはアジアの敵である、アジアの敵を討って、アジアを解放すべきだ」とはじめに言い出したのは日本ではないか、北朝鮮側の論理はそうでしょう。

― その日本がいまやこの体たらくかと言いたいのですね。

岸田 日本は勝手に降伏して、アメリカに媚を売り、その狗に成り下がっていると言いたげです。かつての日本が目指した理想は、我々北朝鮮が守っていると、彼らは考えているはずです。

― だからこそ、日本に居丈高な態度をとるのでしょうか。

岸田 彼らは、今の日本を軽蔑しているのではないですかね。

― 拉致問題の話し合いにおいても、単に日本に対するコンプレックスだけでは、あれほど日本側を否定することはないでしょう。そういえば、北朝鮮だけがアメリカの侵略を受けていませんものね。

岸田 北朝鮮は昔の大日本帝国だと言ったら、彼らは承知しないでしょうが、彼らが考えているのは、大日本帝国が描いた理想そのものですよ。

― しかし、日本では北朝鮮の体制や思想を問う前に、子どもが餓死する国だから悪いと、非常に表層的な非難をします。

岸田 それを言うならかつての日本も同じです。連日連夜B29に空襲され、日本国民がムダに死んでいく状況を無視して、鬼畜米英を討つことに邁進していました。当時の日本では、国民の命より、理想の方が大事だったのです。北朝鮮とて、人民が餓死するのは、自分たちの理想実現のためには仕方ないぐらいに思っていますよ。

少年犯罪は大人の行動に起因する

― 大義や神話のために、人間は死ぬことができる。それが厄介なことだと思うのですが。

岸田 人間は本能が壊れていて、観念あるいは幻想で生きている動物ですから、大義という幻想のためになら死ねますよ。大義のために命を捨てざるを得ないと言った方がいいかもしれない。

― ある国民ないし民族に共通の大義は、個人の中でどうやって構成されるのですか。

岸田 誰しも自分の拠りどころとなるものが必要です。たとえば、戦前の日本では、欧米列強にアジアが侵略されるという危機感があり、これに対し我々日本民族はアジアの独立を守るべきだという共同幻想が日本社会に浸透していた。そうした環境で育つ人間は、当然大義のために命を賭すのが自分の生き方だと思うはずです。

― イスラム原理主義者の自爆テロも、命を捨てることに意味を置いているようですものね。

岸田 正義だと思うからできるのです。自らの命を投げて、敵を討つことが崇高な行為になっているのでしょうね。

― 今の日本には、そうした大義や理想がありません。

岸田 現在の日本社会には不都合な現象が多々現れているのも、戦前の大義に代わる理想が見つけられずにいるからでしょう。もちろん、嘘の大義は必要ないですが。

― 近年になって、少年犯罪の増加に見られるように、若い世代のモラルが低下しているように思います。これも幻想の共有ということで説明できますか。

岸田 本能が壊れた動物である人間が、その人格形成の過程において、現実に対処する基準を身につけようと、周囲からさまざまな観念を受け取ることは先にも説明しました。子どもは大人のやることを真似るわけです。真似するだけでなく、子どもは大人のやることをはるかに過激にやります。つまり、若い世代のモラルの低下は、大人世代の行動に影響を受けています。
 少女の売春が問題になったことがありました。かつて辱めを受けた歴史を持ちながら、アメリカに媚を売っている日本の大人たちの態度を、少女たちは見ていたのでしょう。人間の精神の中で、意識が占める領域はごく一部ですから、彼女たちは意識して大人の真似をしているわけではありません。大人たちがアメリカに対して売春しているのだから、自分たちも売春しても構わないと、意識的に判断しているわけではありません。ただ、無意識下で、大人たちの行動や態度に大きな影響を受けていたのではないですかね。

価値が混乱する時代の日本人


― アメリカに対する心理の揺れだけでなく、現代の日本人の精神構造は混乱しているような気がします。

岸田 確かに。さまざまな共同幻想が入り乱れ、何が価値なのか分からない状態に、誰もが混乱しています。

― マスコミや大人たちは、ニートやフリーターと呼ばれる若者が増えていることを問題視していますが、言われている本人たちは、そう気にしてはいませんね。

岸田 若者のすべてがニートやフリーターになるわけではありませんから、個人の問題でもありますが、社会的な背景ももちろんあります。ニートやフリーターになっても許される社会的条件があるのですよ。

― 定職に就かなくても生活ができてしまいますからね。

岸田 ええ。何らかの明確な目的を持って働くという価値が信じられていません。

― 労働に価値を見出さない時代がくるとは思いませんでした。

岸田 ニートやフリーターになる若者自身に、そうした価値観がないのですから、彼らに働けと言ってみたところで無理でしょう。

― 労働に価値を見出さないだけでなく、勉強しない学生も増えました。

岸田 教養が日本人の幻想として価値があった時代は去りました。かつての学生が哲学や文学を真剣に読んだのは、その価値を周囲が認めていたからです。教養の幻想としての価値が崩れた今は、若者も教養を身につけることにメリットを感じないのでしょう。

― 日本社会から勤勉という価値はなくなるのでしょうか。

岸田 勤勉が価値とされたのは、江戸時代以降です。戦国の世が終わり、急激な人口増加があったのに加え、鎖国をしたために、日本列島で得られる産物のみで、民を養う必要がありました。こうした状況の中では、倹約することが最も合理的です。そこから、勤勉という価値も生まれていったのではないですか。
 今は倹約せずとも、勤勉でなくとも暮らせる世の中だから、勤勉の価値は低いのであって、倹約しなければ生きられないという状況になれば、また勤勉の価値も上がりますよ。それくらいの適応力は、日本人も備えているのではないですか。

― これから日本人はどこへいくと、先生はお考えですか。

岸田 日米関係について触れたように、歴史の事実を事実として認めることが第一歩になります。確固たる物語なり大義を、日本人自身がつくっていくことができれば、日本という国も、日本人一人ひとりも誇りある生き方ができるのではないでしょうか。

― まずは、自らを冷静に分析することから始まりそうですね。本日はありがとうございました。


  




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