CCI

 3月号 No.692




新世紀への提言


岸田 秀
 作家・文明批評家
和光大学名誉教授。1933年香川県善通寺市生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒。本能が壊れた動物である人間は、幻想によって現実に適応しようとするとして、精神分析の手法を歴史、社会、集団へと展開している。
 著書に『ものぐさ精神分析』三部作、『幻想の未来』『嫉妬の時代』『フロイドを読む』『二十世紀を精神分析する』『幻想に生きる親子たち』『性的唯幻論序説』『唯幻論物語』など多数。

  


日本がアメリカから独立する日(上)
人間も国家も、自らつくり上げた
幻想の中で生きている


 日本人には、アメリカに対し、単なるコンプレックスでは片付けられない感情がある。ときに卑屈なまでにアメリカにすり寄り、またときに尊大な態度に出る日本人の心理は何に由来しているのか。
 自衛隊イラク派遣問題、改憲論議などを通して、日米関係のあり方の是非が議論されている今、日本という国について、またアメリカという国についてどう見るべきだろうか。
 精神分析の手法を広く歴史や国家、社会へと展開している岸田秀氏に、近代以降の日本とアメリカの実像についてお聞きした。

近代以降の日本は精神病患者

― 『ものぐさ精神分析』をはじめ、先生の著書を拝見すると、目から鱗が落ちるような知的刺激を感じます。インタビューのはじめに、先生が唱えられる唯幻論について、簡単にご説明をいただけますか。

岸田 人間は本能が壊れた動物であり、現実に適合するために本能の代わりとして幻想を必要とします。人間とは、幻想する動物であるという考え方で、唯物論をもじって唯幻論と名づけました。論として活字にするずいぶん以前から、私の中に「世間のことはすべて幻だ」という漠然とした感覚がありました。とりたてて新味のないありふれた考え方だろうと訝っていたので、編集者が興味を示したときには、こちらが驚きました。

― 先生は、人間を自らつくった物語の中だけでしか生きられない動物だと分析され、その論を人間の集団である国家や、その歴史にも展開されていますね。

岸田 私は、これまで精神分析や精神病理学理論を勉強してきました。たとえば精神分裂病の患者について、どんな原因で患ったのか、あるいは、病の過程でどんな心の変化をみせるかについて、さまざまな臨床例を学びました。一般に精神分裂病は、初期段階に被害妄想がみられます。周囲の人間が、自分を憎んでいるのではないか、疎外しているのではないかという感覚です。次の段階では、周囲の攻撃から自分を守るために、自分は強くて偉くて価値ある存在であると周囲に示そうとします。つまり誇大妄想が生じるのです。
 被害妄想から誇大妄想に至るこの過程は、何かに似ていないか。たとえば日本の近代史がよい例です。ペリーらの圧力で開国した日本は、明治維新を経て、世界史に例のないスピードで列強に伍し、日清日露の二つの戦争で勝利しました。しかし、その後の日本は列強の中で被害妄想を強くし、果ては誇大妄想をもって真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入します。当時の日本の集団心理は精神分裂病患者の心理によく似ています。敗戦色が強くなったときの、あまりに非現実的非合理的な作戦行動なども、精神分裂病患者の心理そのものです。

― 確かに冷静でも論理的でもなかったですね。

岸田 作戦が拙劣であるにも関わらず、本人たちは命を賭して懸命に戦っています。しかし客観的な効果はあまりないわけです。そのズレが、精神分裂病患者が見せる現実とのズレによく似ています。

幕末の日本人と
心理を共有する現代人


― 集団心理も個人の心理と同様に分析できると先生が発想されたきっかけは何だったのですか。

岸田 ヒントとなったのは、一神教であるユダヤ教の発生を、迫害の歴史を背負うユダヤ民族の心理から分析したフロイドの手法でした。
 敗戦後の日本で、なぜ物量ともに圧倒的な差のあるアメリカに無謀な戦いを挑んだのかとの批判が、マスコミを中心にありました。私は、当時戦争を決断した連中がなぜ戦争に踏み切ったかに興味をもち、これをひとつの心理現象として説明できるのではないかと考えました。さらに、日本の近代化ばかりでなく、人類の歴史そのものが、精神分析の手法で説明できるのではないかと、興味と分析の対象は広がっていきました。

― 心理状態は、遺伝するわけではありませんよね。ある心理状態が、どうやって後世にまで影響を与えるのでしょう。同じ時代を共有している集団なら、同じ心理状態になりうることは想像できます。しかし、なぜ世代をも超えて心理が共有されるのですか。

岸田 文化の中にとどまった観念の痕跡が、現代人のメンタリティにも影響するのです。
 まず、個人の人格形成がいかになされるかを考えてみます。人間は本能が壊れた動物であるとの前提に立てば、人間は生まれた瞬間から、周りから観念を受け取り、この観念を体系化して人格を形成します。受け取る観念は、日本の中にすでに存在しているもので、大人たちの言動や態度、社会の慣習などの中から、子どもは自ずと観念を受け取っています。そうした観念の中に、過去の歴史的事件を体験した人間の心理の痕跡が残っているために、現代人のメンタリティの中にも世代を超えて心理が共有されるのです。
 たとえば、ペリーがアメリカの軍事力を背景に鎖国を貫いてきた江戸幕府に迫り、日本を開国させました。当時の日本人にとっては、アメリカにレイプされたも同然の体験だったことでしょう。幕末を生きた人間がすべてこの世を去っても、その時の屈辱が、さまざまな文化の中に痕跡をとどめ、現代にまで尾を引いているのです。その痕跡がなければ、私たちは個人としての精神を形成できません。本能が壊れているからこそ、歴史が人間を支配しています。日本人ならば、日本の歴史を背負っているのです。

アメリカは差別の果てにできた国

― 一説には、ペリーは、降伏を促す目的で白旗二本を幕府に送りつけたとも言われますね。

岸田 事実だろうと思います。アメリカとの友好関係を堅持するためにも、そうした事実は隠されたのでしょう。しかし、たとえ教科書に書かれずとも、日本人はその痕跡をなんらかの形で受け取っていることに変わりありません。

― 原爆が虐殺であると誰も言わないのと同様、表面的な都合が大事にされているのですね。

岸田 その通りです。なぜ原爆のような残忍な兵器を使って、アメリカは謝罪もしないのか、そもそもアメリカ人はなぜそこまで残忍になれるのか。そこにはアメリカの歴史的背景があります。

― アメリカの歴史が、アメリカ人の個人の精神状態のみならず、アメリカという国の精神状態に影響を与えているということですか。

岸田 ええ。アメリカ人は被差別のどん詰まりの民族だと考えています。人類は、まずアフリカに黒人として発生しました。全員黒人だったわけですが、その一部にいわゆるアルビノ現象が生じて白人が登場します。白人は黒人から差別されて、豊かなアフリカから、寒さ厳しく貧困な北へ追いやられました。それが、その後の白人による黒人への攻撃性の伏線になっているとも言えますが、白人たちはその後、エジプト帝国で奴隷になり、逃亡した奴隷たちがつくったのがユダヤ教です。さらにユダヤ教の中で差別された一部の者がキリスト教をつくります。キリスト教徒ははじめローマ帝国の被差別階級でしたが、後に革命を起こしました。キリスト教に乗っ取られたローマ帝国は、ヨーロッパを植民地化します。つまりヨーロッパ民族とは、差別の果てに生まれた最初の被差別民族です。差別はまだ続きます。ヨーロッパ民族の中で主流となったカトリックの民族から迫害を受けたのがプロテスタントです。さらにプロテスタントの一部であるピューリタンが被差別階級となり、彼らはヨーロッパに居られなくなってアメリカに逃げました。幾重にも差別が繰り返された末に、アメリカがあるのです。アメリカ人は、世界中の民族の中で、人類に対する恨みが最も深い民族ではないかと考えられます。だから、あれほど残忍なのです。

嘘の正当化のために
繰り返された戦争


― しかし、アメリカの歴史にはそう書かれていません。

岸田 アメリカの歴史も嘘で塗り固められているわけです。アメリカ人は自らが被差別階級の難民であることから目を背け、新しい理想を求めて新天地にやってきたと法螺話をでっちあげました。この法螺話と現代アメリカ人の行動はつながっています。自らの屈辱的な状況を隠蔽するために、神から与えられた高尚な使命のために国を建てたという嘘をつくりました。しかし、国が成り立ってしまった以上、その嘘を崩すわけにいきません。現在に至るまで、一種の誇大妄想に似た物語が、彼らの基盤になっています。

― 先生のおっしゃる「幻想」なわけですね。

岸田 はい、したがって客観的に証明できません。アメリカは、常に自らの物語が真実だと証明する必要に迫られます。イラク戦争もその典型でしょう。フセインは独裁者で悪い奴だから、これを懲らしめてイラクに正しい自由と民主主義を広めなくてはならない、それがアメリカの使命だと考えている。

― 常に自分たちの外に敵をつくらなければいられない国ですよね。これも一種の強迫観念から生まれる行動ですか。

岸田 そう。アメリカにとって、かつては日本とドイツが敵でした。その後、ソ連を敵にしたり、ベトナムを敵にしたり、中国を敵にしたりしています。

― これからアメリカはどうなっていくのでしょう。

岸田 今はイラクを敵にしていますが、イスラム世界は、インディアンのように簡単には滅びないでしょう。しばらくはイスラム世界を敵にすることで、アメリカの嘘は保てるのではないですか。

― 十字軍がイスラム世界に遠征した時代も、イスラムの方がヨーロッパより文明国でした。イスラムからすれば、野蛮人が攻めてきたと受け取ったはずです。イスラム世界はその歴史を背負っているわけですから、アメリカに対し「奴等は野蛮だ」と思っていませんか。

岸田 当然そうでしょう。近代以前、ヨーロッパは野蛮国かつ貧しい国でした。大航海時代にインドや中国に赴きましたが、ヨーロッパ人がインドや中国に求めるものはたくさんありました。しかし、インドや中国がヨーロッパに求めるものは何もない。彼らの方が、文化レベルが上でかつ満ち足りていたからです。だから、中国とのアヘン戦争は起きました。イギリスにはアヘンしか売るものがない。インドに対してもそうです。イギリスはインドを植民地化するために、インドの繊維産業をわざわざ潰して、イギリスの製品を押しつけました。近代を境に、世界史はヨーロッパ人の欺瞞によって書き換えられました。今の教科書では、それが通っています。

幻想が崩れたときアメリカは潰える


― 歴史というものは、常に力の強いものによって書き換えられる宿命にあるようです。

岸田 日本史における天孫降臨神話も、私は欺瞞だと思っています。日本書紀は八世紀はじめに編まれました。六六三年の白村江の戦いで、日本は唐・新羅連合軍に大敗北を喫しますが、当時百済と日本は、本家と分家という間柄であったと想像します。そもそも日本人とは、朝鮮半島からの難民であって、これを隠蔽するために、天孫降臨神話をつくってプライドを回復したと考えられます。

― 秀吉の朝鮮出兵も、太平洋戦争中の朝鮮半島政策も、失地回復の心理が働いたのかもしれませんね。アメリカの残忍さの背景について、先ほど触れられましたが、アメリカ建国の際、彼らはインディアンを虐殺しました。アメリカ人の心理に、その後ろめたさは受け継がれていないのでしょうか。

岸田 加害者としての罪悪感をもっているはずです。しかし、アメリカ建国の物語の正しさを証明するためには、加害行為を正当化しなければなりません。自分たちは神の使命を帯びて理想の新しい国を新大陸に建設したのであって、我々は普遍的に正しい価値ある目的を達成しているのだと思い込んでいます。

― インディアン虐殺は仕方がなかったと。

岸田 神からの使命であるところの正しい目的を邪魔するインディアンは、悪い奴であるという論理です。ひとたび虐殺を正当化すると、この論理を維持するために、どこかに敵を見つけて虐殺を繰り返さなければならない。そうすることでしか、自らの誇大妄想を正当化し続けることはできません。アメリカに虐殺の後ろめたさがあるからこそ、これを打ち消し、自らの物語が正しいと確認し、心の安定を保たなければならないのです。

― 精神的安定を保つために、敵をつくり続けることを、アメリカ国民もよしとしているのでしょうか。

岸田 アメリカがなぜあれほどの軍事大国になったか。それは国民の総意でしょう。ハリケーン・カトリーナの一件ひとつとっても、福祉を削っても軍備に予算を使うことを、多くの国民が認めているのです。

― アメリカ的な神話の正当性を常に確認していないとアメリカが崩壊することを、国民すべてが分かっているわけですね。

岸田 アメリカは、日本のように自然発生的な要素で括られた国ではなく、観念で成り立っている国です。そもそもアメリカ民族という民族は存在しません。太平洋戦争において日本はアメリカに敗れ、大日本帝国の幻想は消えましたが、日本が消えたわけではありません。しかし、アメリカを支えている幻想が消えれば、アメリカは潰えます。ならば必死にその観念を守らねばなりません。

日本の精神的独立のための処方


― すると、この地上から戦争は絶対になくなりませんね。

岸田 そうともかぎりません。アメリカは、今のところ自分たちの物語が幻想だとは認めません。もし、幻想を幻想と認めれば、幻想のために無益な正当化を繰り返すことのブレーキになるのではないかと希望はもっています。

― 先生の理論はアメリカで紹介されているのですか。

岸田 『日本がアメリカを赦す日』という本が英訳されていますが、売れ行きは芳しくないようですね。

― アメリカの精神分析の手法は先生とは違うのでしょうか。

岸田 いえいえ。アメリカは精神分析が最も発達した国です。個人の神経症の治療体制も整っています。その精神分析の理論レベルの高さからみれば、アメリカという国がいかに歪んでいて病的か分かるはずなのですが、アメリカ人はそこには全然気がつかないようです。

― アメリカ社会は、一人ひとりが戦い抜いていくことを前提とした社会であるために、国民のストレスも強いでしょうね。

岸田 絶えず緊張の中にあるために、精神分析の必要性が高まり、結果として精神分析の先進国になったのかもしれません。

― 幕末、そのアメリカに強引に開国させられた日本は、現在アメリカとの友好関係を表面上保っています。しかし、心の中では、自分を強姦した男を憎み続けるか、本当はその男のことが好きなのだと自分を納得させるか、そのどちらかで揺れ続けているのでしょうか。

岸田 確かに、近代以降日本の歴史をみると、日本はその二つの心理状態の間で揺れています。日本の出発点は、アメリカとの友好関係は幻想の上に成り立っていることをまず自覚することだと思います。アメリカに対して、なぜ相反する二つの感情を持ち、我々は葛藤を繰り返すのか、冷静に分析できれば、アメリカから精神的に独立する道はあるのではないでしょうか。

― それは個人の神経症の療法と同じ手法でしょうか。

岸田 はい。たとえば、親に虐待された子どもがいたとします。子どもにとって、その親は加害者であると同時に、自分を育ててくれた掛け替えのない存在です。親子関係を維持するために、虐待された事実を無視して、親を愛そうとします。しかし、自分を傷つけた親に対する憎しみも抱えています。この間の葛藤が神経症の原因になります。葛藤を解決するためには、虐待という事実は事実として認めた上で、新しい親子関係を築かねばなりません。ところが、表面的な欺瞞的愛情関係に固執していては、神経症は重くなるばかりです。

― 自分を偽っているうちは、新しい道はないということですね。太平洋戦争について、日本にも反省すべき点があったとしても、「二度と過ちは繰り返しません」と全てを自らの責任にしているだけでは、解決にはならないということですか。

岸田 ええ。自分が悪かったから、親は自分を懲らしめたのだと、親の虐待を自ら正当化する神経症の子どもと同じで、それは自己欺瞞です。

― アメリカは第二次世界大戦でドイツを叩くために、ナチによるユダヤ人虐殺を徹底して批判しましたが、アメリカが日本に投下した原爆は、ナチの虐殺以上に残忍な行為のように思います。原爆はすべての人間と、動物も植物も、土の中の微生物までも無差別に殺しましたから、アメリカがその残忍さを認めて、日本に謝罪する日はあるのでしょうか。

岸田 アメリカという国家が、神から与えられた聖なる使命を実行している正義の国であるという幻想によって成り立っている以上、原爆投下について謝罪はしないでしょう。日本に謝罪する日とは、アメリカが自らの幻想を捨てた日です。その結果、アメリカは今のアメリカではなくなり、別の国になるでしょう。これまでとは全く別の物語に基礎づけた国家として再出発するわけです。


*以下次回へ続く


  




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