CCI

 9月号 No.686




新世紀への提言


白石 裕子
 大東文化大学教授
1971年早稲田大学第一法学部卒業後、87年大東文化大学法学部法律学科専任講師、94年同助教授、2000年同教授。専門はフランス会社法。主な論文に、「フランス専門職民事会社における社員の地位」「フランス会社法における簡略型株式会社」「ECにおける企業集中規制」など。日本私法学会、日米法学会、日本経済法学会、日仏学会に所属。

  


商法改正で問われる
経営者の自己責任と
企業の品位


 六月二十九日、参議院本会議において、新会社法が自民、公明、民主などの賛成多数で可決、成立した。郵政民営化法案の影に隠れ、マスコミではほとんど報道されなかったが、新会社法には、従来の会社のあり方を大きく変える抜本的な見直しが施されている。
 施行は来年の春に迫っている。そこで、新会社法が目的とするのは何なのか、新しい制度により何が変わるのか、そして、企業や経営者はどうあるべきか、商法学者の白石裕子氏にお聞きした。

今後、有限会社は設立できなくなる

― 新会社法が来年五月(予定)に施行されますが、法案が国会で可決されたことは、ほとんど報道されませんでした。新制度によって何が変わるのか、地方の経営者も注目するところです。まず、今の商法の何が問題とされ、今回どういった改正が施されたのか、お聞かせください。

白石 現行商法の問題点としては、第一に、法律家以外の人にとって分かりやすい内容や条文構成ではなかったことがあげられます。日本の商法は明治三十二年に施行されたもので、片仮名文語体表記になっています。まずこれを現代語訳する必要性がありました。第二にあげられるのが、会社法制全体としての体系的な整理の必要性です。商法は施行から現代に至るまで、改正に次ぐ改正を重ねた結果、整合性を欠く部分もあり、また条文の枝番号が増え過ぎたきらいがありましたから。それに、「商法特例法」等会社に関する法律がばらばらに存在していたものを一本化する目的もありました。
 第三に、現在の商法規定は、会社設立や経営の自由度を奪っており、経済の活性化を抑えているのではないかという問題です。そこで、現行商法から第二編の会社法部分を独立させ、その内容を全面的に見直すことになりました。

― 新会社法で、これまでの有限会社はなくなるということですが。

白石 はい。株式会社法制と有限会社法制を新しい株式会社法制に統合します。つまり、来年の五月から有限会社はつくれなくなります。ただし、既存の有限会社に対しては、株式会社になることを強要しません。引き続き有限会社の商号が使えます。

― 有限会社を株式会社に統合する目的はどこにあったのですか。

白石 もともと商法が想定する株式会社は、株式を公開する大企業向けの厳格な組織類型でした。それに対し、有限会社法で規定される有限会社は、非公開の中小企業を想定した簡易な規制の会社類型です。小規模な会社の設立の際は、有限会社にしなさいというのが、法の意図でした。しかし実際は小規模の会社であっても、有限会社では信用が劣るという理由から、取引の都合上やむを得ず株式会社を選択しています。結果、株式会社を名乗っていても、実態として有限会社と差がない株式会社が増加し、取締役員数の規制、取締役会の設置義務等の規制が形骸化しています。こうした問題を現実に即した形で整理しようとしたのでしょう。

― すると、これまで厳格であった株式会社に対する規制も緩和されるわけですね。

白石 その通りです。株式会社のうち、実態として経営と所有が未分離と考えられる譲渡制限株式会社については、定款自治による自由な機関設計が認められています。従来株式会社では、取締役会と監査役を必ず設置しなければならず、取締役の数は三人以上で、取締役の任期は二年以下、監査役の任期は四年との定めがありました。しかし、新会社法では取締役は一名でもよく、取締役・監査役の任期も、定款で定めれば最大十年までとすることができます。さらに監査については、従来(小会社を除いて)会計監査と業務監査が義務付けられていましたが、譲渡制限株式会社では、定款に定めることにより、会計監査に限定することができるようになります。また会計監査人による監査はコストが高いことなどから、税理士や公認会計士などの会計専門家が取締役と共同して計算書類の作成を行う、会計参与制度が導入されることになりました。
 機関設計が自由になることで、株式会社の形態も多様化すると思います。しかし、様々な形態があっても、果たして使い勝手がいいかについては疑問です。

新株式会社に適用される規制緩和

― 他にどのような規制緩和があるのでしょうか。

白石 設立時の出資額規制、つまり最低資本金の規制が撤廃されます。現行制度は、幽霊会社、休眠会社の乱立防止や債権者保護の観点から、平成二年に設けられ、株式会社は最低資本金が一〇〇〇万円、有限会社は三〇〇万円となっています。今回はネットビジネスなど小額資産で営業可能な業種にとっての障碍をなくし、創業を円滑化させるために、設立時の出資額規制を撤廃しました。平成十四年に経済産業省が主導した新事業創出促進法による最低資本金特例の利用が増大していることも背景にあると思います。

― 新事業創出促進法では、資本金一円会社を認めましたね。ただし、猶予期間は創業から五年間と限られていました。新会社法では極端な話、資本金一円のまま増資なしで、会社を経営し続けてもいいということですか。

白石 はい。三〇〇万円の資本(純資産)を積まなければ、配当等の剰余金分配ができないことになっていますが、概念的には資本金一円の株式会社もあり得ます。もっとも、そうした会社が、社会や銀行に対し信用があるかと言ったら、これは別問題ですが。
 また、資本確定の原則も一部撤廃されます。株主による出資を担保するために、発起人は銀行または信託会社を払込取扱金融機関として設定し、発起人または株式申込人は発行価額の全額の払込をしなければなりませんでした。新会社法下では発起設立の場合、払込金保管証明書が不要になり、残高証明さえあれば、株式会社の設立が可能になります。

― 一時金さえ銀行に積んでおけば、後は自由に使えるようになるということですね。

白石 はい。ものすごい勢いで規制が緩和されています。経営の現場にいる方々から、経営を今以上に弾力的にかつダイナミックにやりたいとの声が強かったのでしょう。今後、経営者の権限が非常に大きくなっていくように思います。今回の商法の抜本的改革は、新事業創出促進法で突っ走った経済産業省の方向性を、法務省が追認した形になっています。しかし、経営者が柔軟に経営環境に対応できると言えば聞こえはいいかもしれませんが、新会社法の中身を拝見すると、規制が緩すぎるのではないかと私は懸念しています。経営者とは、人格的に立派な方ばかりであるという前提に立っているようですが、心配な面も多々あります。

債権者保護が損なわれる可能性

― 白石先生が最も危惧されることは何でしょう。

白石 やはり債権者保護ですね。これまでの商法制度では、物的会社である株式会社については、会社の財産が信用の基礎だとしてきました。つまり、会社の財産が債権者の担保だったわけです。しかし、最低資本金規制が撤廃されれば、債権者の担保が損なわれる可能性があります。株式会社という制度自体が信用されなくなるのではないでしょうか。新会社法でも、取締役の第三者責任は残るようですが、現商法二六六条ノ三は、取締役に悪意または重大な過失があった場合に限り、第三者に対する責任を認めていますし、経営者個人による補償額には限界があります。会社自体が十分な資産を有していなければ、債権者保護は立ち行かなくなるのではないか、私は非常に不安です。

― 株式会社が物的会社とはいえ、日本はまだまだ間接金融の社会です。オーナー色の強い代表取締役は、無限責任の個人補償を金融機関に入れることが多いものです。会社が万一の場合、自分の財産はおろか自分の子どもにまで負債がのし掛かることさえあります。新会社法になっても、金融機関は債権者として必ず個人補償を求めるでしょう。

白石 おっしゃる通り、立場の強い銀行はそれで債権を回収できるかもしれません。しかし、取引先や下請けなど、立場の弱い債権者の保護をどうするかが問題です。原材料や商品を納めたものの、代金を回収する前に相手の株式会社が破綻した場合、取締役の財産をまず押さえるのは、国税庁であり、銀行です。取引先や下請け、さらに孫請けなど小さな債権者は到底回収できません。結果として、連鎖倒産も増えるかもしれません。

― 株式会社という名刺を出されても、これからは「おたくは資本金いくらですか」と聞かないと、安心して取引できませんね。では、債権者に対する責任という問題の他に、経営者の会社に対する責任についても、どこまで個人が負うかという問題もありますね。

白石 ええ。現行商法に責任限度額が設けられているものの、今後経営者の裁量が大きくなった時、これで足りるかはやはり疑問です。

― 現在、取締役の会社に対する責任限度額はいかほどですか。

白石 代表取締役が年収の六年分、取締役が四年分、社外取締役が二年分(商法第二六六条)です。本人が払える限度を示したこと自体に合理性はあります。しかし、規制緩和が進んだ場合、この限度額をはるかに超える損害を経営者が会社にもたらすケースも出てくるはずです。規制緩和による経営権の強化は、経営者が「会社のため」と判断して行ったことであれば、何でもまかり通る可能性をはらんでいると思うのです。

― 確かに、資本金一円で、取締役は一人、その任期を十年とする会社をつくれば、経営者の思うように企業経営ができますね。

白石 そうですね。株式会社になったことで、公告の義務は課せられますが、それ以外は自由にできますから。

― 経営者の自己責任の原則と、規制緩和がセットになっているのでしょうね。

白石 私もそれには異論ありません。ただ、これからの経営者は、品格や品性が問われるでしょう。

地方の事業主にとってのメリット

― 初めに先生からお話があったように、地方には建前は株式会社でも、家業的な企業が数多くあります。たとえば、酒や味噌の醸造業など、百年、二百年と暖簾を守っている企業にとって、新会社法の規制緩和はどう作用するのでしょうか。

白石 メリットはあると思います。典型的な例として、特定の株式にだけ譲渡制限をつけることができます。たとえば、役員の選任権を有する種類の株式についてだけ譲渡制限をつけることができるのです。これまでは相続や合併など譲渡以外の場合、株式移転を妨げられないのがネックでした。また、議決権制限株式は、発行済株式総数の二分の一未満という制約もありました。しかし新会社法では、譲渡制限会社の場合は、相続や合併により株式を取得した者に対し株式を売り渡すよう請求することができ、議決権制限株式の発行割合の制限もありません。さらに、議決権制限株式などを発行しなくても、議決権や配当について、属人的な扱いを行うことが可能になります。

― すると、相続で株式が分散してしまうような時、家業を継いだ者は、会社の経営について、他の相続者に口を挟ませないことができますね。

白石 ええ。老舗企業だけでなく、ベンチャー企業にとっても、この制度は福音でしょう。もちろん、こうした譲渡制限株式会社における特例は、株主総会の特別決議や、さらに要件の厳しい特殊決議を経る必要がありますが、中小企業の事業継続を円滑化させようという意図がよく出ている例だと思います。

― 合併・買収に関する規制も緩和される一方で、その対象となる会社の防衛策として、こうした規制緩和が進んだとも言えそうですね。

白石 ええ。敵対的買収への防衛策でもありますね。買収の対象となる側の自己責任の原則も強く打ち出されています。

― 自己責任を明確にしたことはつまり、多産多死で良しとする方向へ新会社法は舵を切ったということですか。

白石 とも言えますし、長引く不況への打開策として、開業率を高めようとした選択肢の一つとも言えるかもしれません。

パススルーが認められなかった
日本版LLC


― 廃業率が高い現在、このまま事業所数が減少すれば、国は将来税収で大きなダメージを受けかねません。創業に関する規制緩和は、税収の減少を抑えるための策ではないかとも思えます。

白石 新会社法では、日本版LLCが認められましたが、会社法ユーザーが強く望んだパススルーに関しては、国税庁が頑として認めませんでした。これひとつとっても、税収の減少を抑える目論見があったと言えるかもしれません。

― 日本版LLCとパススルーについて、もう少し詳しく解説願えますか。

白石 LLC(リミテッド・ライアビリティ・カンパニー)とは合同会社のことで、新会社法の下で合名会社、合資会社とともに、持ち分会社に位置づけられます。出資者の有限責任が確保されている点で、合名会社などとは違い、また会社の内部関係については組合的規律が適用されます。定款自治も、新株式会社よりさらに広く認められ、利益配当も持ち分比率に関係なく行えます。公告の義務もありません。日本版LLCと言われるのは、その原型がアメリカにあるからです。
 日本版LLCを新設した第一の目的は、パススルーでした。つまり、法人に課税せずに、利益配当された個人にだけ課税するというシステムで、かつ法人格を認められた組織をつくることが目的でした。モデルとしたアメリカのLLCは、パススルーが選択制になっています。しかし最も要望されたパススルーは、現段階では認められておらず、日本版LLCは今のところそのメリットが明確でありません。

― 法人格があるなら、法人税を納めるべきだというのが、国税庁の立場でしょうね。

白石 ええ。したがって、日本版LLCが新設されても、今のままではあまり利用されないと私は思います。

― 万一パススルーが日本でも認められていたら、個人に分配せずに内部留保に回した場合にも、法人税が課せられないわけですか。

白石 そうです。

― すると、経営はよりダイナミックに動けますね。現在の税制では、内部留保を厚くしようとしても、四〇数%の法人税が否応なく課せられますから、初め意図した金額の六割弱しか充てられない。なおかつキャッシュフローもショートしてきます。

白石 はい。最終的に出資者に利益配分する時点まで内部留保に課税されなければ、創業後、間もない会社などは、この留保で投資するにしろ、新しい事業を起こすにしろ、あるいは体力を蓄えるにしろ、大きなメリットがあります。しかも、株主は会社経営の関与者ですから、配当がなくても文句を言いません。

自己責任が果たせない企業は
淘汰される


― 戦後の日本の経済成長は、株式の持ち合いに見られるように、企業同士が手を取り合うことで支えられてきました。しかし、新会社法の下では、規制緩和とともに経営の自己責任の原則がより明確になり、企業体質の強い企業とそうでない企業とでは、競争力に厳然とした差が生じますね。

白石 企業も淘汰されてやむなしとの考えが、商法の抜本的改革に取り組んだ人々にあったことも事実でしょう。加えて、地方の小規模優良企業が、発展する契機を与えたことも確かですね。

― 一方で、経営者の権限がより拡大することの弊害も今後生じそうですね。

白石 はい。会社の合併の際も分割の際も、これに反対する株主を経営側が追い出すことが可能になります。現行法では、株式の移転や交換の場合、何らかの株式を株主に渡さなければなりませんし、吸収合併の場合は、吸収する会社の株式を株主に渡さなければなりませんでした。ところが今後は交付金合併も認められます。つまり異を唱える株主の株式は、経営側が強制的に買い取ることができます。ダイナミックな経営が可能な反面、経営側の権限の濫用も危惧されます。
 こうした事態に対応すべく、新会社法も内部統制システムの確立を、取締役会に義務付けています。しかし、どういったシステムをつくるかは会社に委ねられますし、違反した場合の罰則規定もありません。

― 内部統制システムが形骸化する恐れもありますね。

白石 だからこそ、経営者の人格を含めた資質、企業としての品格や品位といったものが、ますます問われる時代になるはずです。

― 新会社法施行後の新株式会社については、その資産や事業内容について、企業も十分な情報を得る必要があり、厳格な自己責任の原則が適用されそうですね。本日はありがとうございました。


  




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