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国民が主権者として目覚め、
主体的な憲法改正議論を
来年の十一月、日本国憲法が公布されてから六〇年を迎える。
この四月、五年にわたる審議を経て、衆参憲法調査会による最終報告書が自・公・民の賛成多数で決定した。十一月には、自主憲法制定を党是とする自民党が結党五〇年を迎え、党独自の憲法改正案を提出する見込みだ。これに連動し、民主党も何らかの改憲案をぶつけてくるだろう。一方で、特に九条に関し、根強い護憲派も存在する。
人間で言えば還暦を迎える憲法に対し、私たちは今どんな課題を抱えているのだろうか。憲法学者の小林節教授にうかがった。
憲法改正への国民の意識の変化
― 戦後六〇年を迎えようとする今、憲法改正について議論が高まっています。かねてから改憲を論じてこられた小林先生は、憲法に対する国民の意識についてどうお感じになりますか。
小林 僕が慶應大学の教壇に専任講師として初めて立った一九八〇年には、大教室で五百人の学生を前に憲法改正について講義すると、アレルギー反応を見せないのは二人ほどでした。ところが、今の学生は過半数が改憲派です。また、各地で講演させていただいても、九〇年頃までは、「憲法改正など論ずることもまかりならん」と言われたものですが、今では、国民の八割が改憲を支持するとも聞きます。憲法とて道具ですから、起草当時の予測を超えた情勢変化の中で、修正も必要になります。世論は九条問題には慎重ですが、それ以外については、主権者である国民の使い勝手のよいように変えることを是とする人が増えました。
― マスコミ報道も二〇年前と今ではずいぶん変わりましたね。
小林 日本国憲法を「改善」するという意味での僕の改憲論を、はじめに産経新聞、読売新聞が認めてくれ、昨年の憲法記念日に、読売新聞が改正試案を出すに及んで、流れは大きく変わりました。朝日新聞、共同通信は依然護憲のままですが、経済団体が憲法改正を唱えるようになると、護憲だった日経新聞も改憲に回りました。また、毎日新聞も進んで憲法を論ずるようになりました。
― 先生が長年改憲を説き続けたことが今の世論を導いたと言えますし、一方で北朝鮮のように不可解な危険を孕んだ国が身近に存在することが、日本の風潮に変化を生じさせたとも言えませんか。
小林 おっしゃる通りです。風潮の変化には二つの要因があります。第一に冷戦の終結です。冷戦構造による世界の管理体制が崩れ、世界中で民族、宗教、歴史、文化、経済などに起因する地域紛争が勃発し、平和が不安定な状況にあります。日本はアジアの危険地帯の中に位置し、あまつさえ近隣諸国との間にさまざまな問題を抱えています。さらに国連外交を国是とし、アメリカと同盟関係にあるわが国は、応分の軍事的負担が避けられなくなっています。
第二に、戦後復興に成功し、世界第二位の経済大国、かつ国連の第二のスポンサーとなったわが国の中に、独善的でない「普通」の大国意識が芽生えてきたのも事実です。
そして、九・一一の同時多発テロと、北朝鮮による拉致という明らかな軍事的行為が、日本国民に改憲を具体的課題として意識させました。主権を侵犯し、平和を脅かす存在には、説得して済む相手と済まない相手があることを知りました。結果、九条に対する改憲の機運も高まっています。
独立主権国家にふさわしい九条に
― 世界には善意が通用しない存在もあると、我々は学びましたね。
小林 日本が九条で戦争を放棄しても、現に軍事的手段をもって国土と国民を犯す者があります。自国が戦争を放棄すれば、世界すべてが平和になるという空想的憲法論を破綻させた客観的事実が、我々の目の前にあるわけです。
― 九条の改正について、具体的にどうお考えですか。
小林 第一に、侵略戦争は放棄する。これは大前提です。第二に自衛権は認める。したがって、第三に、国民による統制を前提とした自衛軍を保持する。つまり、日本の不当な要求を、軍事力をもって他国に押し付ける軍国主義国家には絶対にならないが、他の軍国主義国家がわが国の主権を侵犯した場合には、独立主権国家として、軍事的抵抗を認める。この個別的自衛権については、国際法上も異論ないでしょう。
問題となるのは、同盟国アメリカが侵略された場合、集団的自衛権を行使するかについてです。現段階で私は、実務的に考えて、集団的自衛権について否定的です。イラク問題をみる限り、アメリカの戦争が自衛戦争なのか、アメリカ自身の侵略戦争なのか、日本が国家としてきちんと判断できるとは思えないからです。アメリカの国益のみから導かれた、一方的な制裁戦争に対しては、「日本は集団的自衛権を行使しない」と言い切れるとは思いません。
― 国際貢献を目的とした派遣についてはいかがですか。
小林 世界警察に参加するという意味において、国際貢献については憲法に規定すべきでしょう。ただし、手続きの厳格化が必要で、国連による決議があること、かつ国会の決議を経ること、このダブルチェックが絶対条件であることも記します。
目的は憲法の発展的なメンテナンス
― 集団的自衛権に関して、日本が判断を誤る可能性があることについて、もう少しご説明願えますか。
小林 理由のひとつは日本人が海外派兵慣れしていない点です。いまひとつの理由は、憲法論議の前提にあるべき法治主義と法の支配に関する政治の姿勢に不安を感じるからです。小泉首相がイラクへ自衛隊派遣を決めた時、僕は失望しました。人道復興支援であり、軍事活動ではないと言いながら、派遣したのは自衛隊の精鋭部隊です。これは明らかな派兵です。また、イラクには本来の意味で「非戦闘地域」などないにも関わらず、「ある」と称し、では「非戦闘地域とはどこか」と問われれば「分かるわけがない」と言う。こんな最高司令官に命令され、命を賭す自衛官が可哀想です。条文を厳格に運用できない人々に憲法改正を論ずる資格はないと思います。小泉政権下で九条に手を加えることは許されません。
憲法とはそもそも国民の幸福を守る道具です。国民に自由を保障し、豊かさを保障し、平和を保障することを趣旨として、憲法はつくられ、運用されなければなりません。その作法を知らない人に、憲法改正を委ねることはできません。
― これまで憲法改正が論じられる時、改憲論者は明治憲法への回帰を意図していたようですが、小林先生の改憲論は目的を異にしていますね。
小林 旧来の改憲論者は、日本が戦争に敗れたことが我慢ならなかったのでしょう。「占領軍は占領地の基本法制を占領に支障なき限り変えてはいけない」というヘーグ陸戦条約を逆手にとり、占領軍アメリカが日本の憲法を変えたことは国際法違反であり、日本国憲法は無効であると主張しました。したがって、わが民族が独自に制定した憲法は大日本帝国憲法のみであり、これに戻ることが正しいとしています。しかし、敗戦の約束証文たるポツダム宣言は、日本の軍国主義の除去、民主主義の強化、国民の人権の保障を謳い、これは日本国憲法の三大原則である平和主義、国民主権、基本的人権の尊重に通じます。つまり、占領を実行するために憲法を変えざるを得なかったのであり、日本国憲法無効論は論拠に無理があります。
― 改憲とはいえ、日本国憲法の三大原則は当然維持するわけですものね。
小林 平和主義も国民主権も基本的人権の尊重も、その精神を継承すべきです。これら三原則を堅持しながら、現日本国憲法を発展させるべきだと僕は思います。これは憲法のメンテナンスであり、ブラッシュアップですよ。
環境権など新しい権利の規定
― 改憲というと、九条改正のみがクローズアップされますが、憲法全体を俯瞰して、現憲法をどう発展させるべきだと先生はお考えですか。
小林 まず前文は憲法の基本的な方向性、つまり三大原則を明確に記せばよいでしょう。日本は、国民主権のもと独裁者をつくらず、国民全員が責任をもつ国家であること。世界に対して軍国主義的態度はとらないこと、しかし、平和主義とは敗北主義を意味せず、自衛のための手段はとること。すべての人は個性をもった存在であり、その個性をもった自分であることが、共存共栄の秩序の範囲内で尊重される社会であることです。
― 個々の条文についてはいかがですか。
小林 天皇制は、明治憲法下で誤用されたものの、二千年に及ぶ日本の歴史の中で、天皇とは時の権力に正当性を与えるありがたき存在でした。かつ、伊勢神宮などを見ても分かるように、天皇とは日本的な文化を継承する存在です。したがって、現行の象徴天皇制でよいと私は思います。
人権保障については、六〇年前に想定できなかった新しい権利を規定すべきです。急激に進んだ科学技術のために侵される可能性のある、環境権、プライバシー権を規定します。また、戦後福祉国家の名の下に行過ぎた行政権力を監視するため、情報公開請求権を加えるべきです。さらに犯罪被害者の人権、障害者の人権等弱者の人権も規定します。外国人の人権については、参政権は認めるべきではありませんが、外国人であることを理由に被る不自由については、これを保障すべきだと考えます。
立法についは、現在の二院制ならば、参議院は必要ありません。国費の無駄であり、スピーディな意思決定を阻害します。ただし、衆議院の決議に対し、良識の府として意見を発する存在ならば、参議院もその意義があるでしょう。
― あくまで権力の暴走をたしなめる機能を果たすわけですね。行政についてはいかがですか。
小林 現在、日本の行政の欠点は、行政権力が内閣全体のものになっており、総理大臣がイニシアティブを執りにくいことです。このため、総理大臣公選制を唱える論者もいますが、単に知名度だけで首相が選出される恐れもあり、日本には馴染みません。私は国会議員による互選は変えずに、大きな行政権力を総理大臣に与えるべきだと考えます。大きな権限を与える代わりに、責任も明確にすることです。メリハリのある政治になれば、国民も政治に進んでコミットメントしますよ。
司法については、違憲立法審査権を実効化するために、憲法裁判所制度が提案されていますが、僕には疑問です。国民の間にも司法界にも、そもそも違憲立法審査をする文化がありません。その設立に反対はしませんが、憲法裁判所は機能しないのではないでしょうか。
地方自治に関しては、憲法に明確に規定することで、地方分権を確立すべきです。国の仕事は国防、外交、司法、通貨、経済政策、為替管理などに限り、その他はすべて地方の仕事にしてよいと思います。
「愛国心」を強制することの危険性
― 最近の憲法論議で、先生が危惧されていることはありますか。
小林 憲法に愛国心を規定しようとする動きがあることです。僕自身愛国心はあるし、誰でもこれを持つべきだとも思います。自分の生まれ育った国を愛するとは、風土を愛し、同胞を愛することであり、ごく自然な感情のはずです。しかし、だからこそ本来、国家が国民に対し義務化すべきものではありません。
― 自分を大事にし、家族を大事にし、コミュニティを大事にし、風土を大事にする、その延長線上に国を大事にすること、つまり愛国心があるはずですものね。
小林 自分に誇りを持てる生き方をしている人は、自然に家族も愛し、国も愛しているでしょう。ところが、古今東西、国家は国を愛せと語りながら、権力を愛せと求めかねない。北朝鮮を例に挙げれば、国を愛せとは、金正日を愛せと同義でしょう。憲法で愛国心を義務化することは、人権の中枢である良心の自由を奪い去ることになってしまいます。
― 先生のおっしゃっていることを、企業経営に置き換えてみると、分かりやすい気がします。「わが社を愛せ」と経営が無理強いしたところで、そうした企業はいずれ潰れます。よい企業とは、社員が自然な感情として「この会社が好きだから、この会社の業績のために尽くそう」と思える環境が築ける企業です。自発的主体的に会社を愛せる社員を育て増やすことが経営の仕事です。好業績を上げている企業ほど、社員へのケアが行き届いています。
小林 なるほど。国家の場合もまったく同様ですね。しかし、企業経営に対し、政治は虚業ですから、政治家はそこに気づけない。なぜ国民に愛国心を要求しなければならなくなったのか、その原因をつくったのは、誰あろう政治家でしょう。政治への不信があるために、国民は愛国心を育めないことに彼らは気づいていない。政治家がまともな政治をすれば、自然と国民に愛国心は芽生えますよ。
しかし、政治家たちの見当違いは甚だしい。憲法の意味まで変えて、愛国心を規定しようとしています。憲法の本質は、『主権者である国民が権力担当者に課す制約』です。主権者・国民大衆の中からたまたま選出され、例外的かつ一時的に個人の能力を超えた力を託された人が、人間の本来的な不完全性ゆえ、権力を濫用することがないよう、歯止めをかける規範です。
― 決して、国家が国民を縛る規範ではないのですね。
小林 ええ。しかし、若い政治家の中には、憲法に国民の義務をもっと規定すべきだと言う者がいる。もちろん、現憲法にも、公共の福祉の前に基本的人権は譲るべきこと、教育・勤労・納税の義務があることが規定されています。しかし、これらは、国民全員が国家の一株株主として人権を享受するための、不可避の前提条件を述べたものです。つまり、自ら働き自立して、国の経費を分担し、子孫(未来の国民)を教育し、社会の最低限の秩序を守ってこそ人権の享受が受けられるという至極当然な規定です。これを越えて、例えば「愛国心を持たないものは人権を享受できない」と規定するなど、憲法の本質に矛盾します。
国民の主権者意識の回復が課題
― そこにほとんどの日本人が気づいていません。占領国アメリカにいただいた憲法だと思っているからでしょうね。
小林 ええ。江戸幕府を倒し、わが国初の立憲主義的憲法として成った大日本帝国憲法は、現人神である明治天皇から臣民に下げ渡したものでした。その天皇をも戦争で打ち破ったマッカーサー元帥が、日本民族に下げ渡したのが日本国憲法です。日本人にとって憲法とは、お上が下さる賜物であり、これに国民自ら手を加えることはタブー視されてきたようです。しかし、これは間違いです。
― 条文に国民主権が謳われていても、日本国民はどうも主権者らしく振舞えませんね。
小林 一方、政治家も、憲法とは国家が国民に下げ渡すものであり、自らはその代理人だと傲慢にも思っているから始末に悪い。明治憲法下では、天皇が主権を保持し、その立場から憲法と皇室典範で政治を語り、教育勅語で国民道徳を説き、軍人勅諭で軍人の道を説きました。つまり、これら四典範が国民に「道」を説いた。対して現在の日本国憲法下では、主権者・国民が権力に「道」を説く体制です。この二つの体制の違いが認識できていない改憲論は乱暴で危険です。今の政治家に改憲を議論してほしくない理由はここにもあります。
― 憲法改正には、各議院の総議員の三分の二以上の賛成による発議を経た後、国民投票に付し、過半数の賛成が必要ですね。今後の見通しを教えてください。
小林 この秋、自民党による憲法改正案が出される予定ですが、参議院の扱いをどうするかで揉めそうです。民主党も、来年春に独自の改正案を出す構えですが、党内極右と極左のまとまりがつきそうにありません。また、先ほどもお話ししたように、集団的自衛権については国論が割れています。政党でいえば社民党、共産党、マスコミでいえば朝日、共同、東京、中日が、あるいは日弁連が「九条が危ない」と大キャンペーンを展開しています。改正憲法案を国民投票に付すには、まだまだ問題が山積です。
― そして実際に国民投票となった場合、国民一人ひとりが、その良心に基づいてこの国のあり方を真剣に考え、改憲の是非を判断すべきですが、どうも国民の側にその準備ができていないようです。
小林 ええ。憲法改正の前提となるのは、国民の主権者意識の回復です。そして、現憲法を日本にもたらしたアメリカに対し、傲慢になる必要も卑屈になる必要もない。
太平洋戦争で敗戦した日本は、歴史の判断により、その全体主義を個人主義陣営に否定されました。まず我々は、馬鹿な戦争を仕掛けたのも日本、その結果敗れたのも日本、そしてアメリカに個人主義、自由主義を教えてもらったのも日本だと肯定すべきだと思います。ただし、アメリカへ属国意識を持つ必要も、反対に後ろ向き右翼になる必要もない。独立主権国家の主として、独自の前向きな改憲を果たすべきです。そのステージに立つことで、我々は主権者意識の回復と、アメリカの精神的呪縛からの解放を、同時に果たせると思います。
― 先生が主張される新しい日本国憲法を、我々が生み出すということは、これに相応しい真の主権者たる国民に生まれ変わることとセットですね。本日はお忙しいところありがとうございました。
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