|
なりたい自分をイメージし、
夢を実現するために
昨年のアテネオリンピックでは、日本人選手の活躍が大きな感動を呼びました。選手たちが栄光を勝ちとるまでに積み重ねた苦労のエピソードにも胸を打たれました。
一方、スノーボード歴五年にしてワールドカップで連続して優勝を果たし、一躍世界のトップに名を連ねた選手がいる。長野市出身の山岡聡子さんだ。自分の可能性を発揮する最高のステージに期せずして巡りあった彼女に気負いはない。ただ自分の夢を忠実に追いかけ、スノーボードを楽しんでいる山岡さんに、新しい世代のアスリートの姿を見た。
長野五輪が情熱に火をつけた
― 山岡さんは二三歳でスノーボードを始められたとお聞きしました。世界を目指そうという考えは最初からあったのですか。
山岡 いえいえ。職場の同僚に誘われてスノーボードを始めましたが、初めはとにかく滑るのがうれしいだけでした。ワンシーズンですっかりのめり込んで週末ごとに滑りに行きました。
― 当時は練習するコースも限られていたでしょう。
山岡 ハーフパイプがオリンピックの正式種目になったのが九八年の長野オリンピックからで、ちょうど私がスノーボードを始めた年でした。上林スキー場にコースが整備されましたから、上林にはよく通いましたね。
― 長野オリンピックの開催が、「スノーボーダー山岡聡子」を生んだと言ってもいいわけですね(笑)。
山岡 ええ。練習環境には恵まれたと思います。
― できたばかりのオリンピックコースで滑ってみた印象はいかがでしたか。
山岡 これは自分に向いているスポーツだと直感しました。週末だけでは足りないから、翌年には会社を辞めていました。
― 山岡さんの人生にとって、かなり大きな決断かと思いますが。
山岡 でも、当の本人はそう思っていませんでした。とりあえず滑る時間を長くしよう。それだけです。貯蓄があったわけではないので、夏は昼も夜も冬のために働いて、冬の昼間はめいっぱい滑って、夜はバイトをしていました。スノーボードで食べていこうなどとは考えもしませんでしたし、どうやったらスノーボードで食べられるのかも分かりませんでした。だからお金は他で稼ぐしかない。駅前でティッシュ配りをしたこともありました。
― 不安はありませんでしたか。
山岡 昔から、失敗したらどうしようとか考えない性格でしたから。自分がやりたいことが目の前にあればやるだけ。考え方はシンプルです。
試合での演技も練習も
自分との闘い
― ハーフパイプについて馴染みのない読者のために、どんな競技なのか教えてください。
山岡 ハーフパイプという名は、パイプを縦割りにした形状の、全長約一二〇メートルの競技コースに由来します。このコースを、演技を織り交ぜながら三〇秒ほどで滑り、ジャンプや回転等の技の精度や全体の流れをジャッジが審査します。ワールドカップだとジャッジは五人いて、一人一〇点、五〇点満点で採点します。決勝では二回滑ったうちのベストの点が選手のポイントになります。
第三者が判断するという点で、格闘技などのように闘志を表現するスポーツとは対極にあります。見える相手との闘いというより、自分との闘いですね。
― ハーフパイプはスキーのエアリアル同様魅せる競技ですから、テレビでの観戦にも向いていますし、今後発展する可能性をもっていますね。
山岡 そうですね。ショー的な要素が強いですから、観ていただくと、とても楽しい競技だと思います。
ただ、競技の何がジャッジの採点に反映されているのか、一般の方には分かりづらいかもしれません。予選を通過し、決勝に進む得点のボーダーラインが三八から四〇点ですから、トップレベルの選手でも、そうそう高得点はでません。ハープパイプのジャッジは一〇点満点を出すことがほとんどないんです。ソルトレークオリンピックで一〇・〇を出した選手が何人かいましたが、それでも合計点は四七点でした。観戦される時は、選手が四五点を出せば、まず三位以内に入ると思っていただくといいと思います。
― ワンシーズンに出場される試合は国内外でどのくらいあるのでしょう。
山岡 ワールドカップだけでなくすべての大会を含めれば、一年に一五試合ほどです。
― 海外遠征では、周囲を外国人選手に囲まれ、言葉に怖気づくことなどありませんか。
山岡 それはほとんどないです。こっちが片言の英語ですから、相手も気遣って優しい英語でしゃべってくれますし。競技の時は、かえって周りが言っていることが分からない方が滑りに集中できます。
― 遠征では特にコンディション維持に気を遣われると思います。大会にはコーチも同行してくれるのですよね。
山岡 いえ、専属のコーチはいないんです。スノーボードはスキーのように歴史がありませんから、私に限らず選手は皆、自分流にコンディション管理や練習をして、試合に臨みます。自分でコーチを雇っている人は稀ですね。
怖がらないことも才能のひとつ
― 昨年のアテネオリンピックでは、ハンマー投げの室伏選手、卓球の福原選手、女子レスリングや男子体操選手など、幼少から英才教育を受けた選手の活躍が目立った気がします。山岡さんのように、競技スポーツに打ち込んでから時を待たず、世界レベルまで登りつめる選手は異例かと思います。
山岡 確かに子どもの頃からスポーツに打ち込んでいる方は多いですし、そのメリットもきっとあるはずです。私は競技生活に入る前は、普通に学生も社会人も経験しました。しかし、これをデメリットだと考えたことはありませんし、むしろいいことだと思っています。
また、スノーボード自体、競技として一般的になったのが最近のことですから。私のように二十歳を過ぎてから始めた選手は他にもいますよ。
― とはいえ、突然世界の舞台に立たれた山岡さんには、何か特別な才能があるように感じます。スノーボード、とりわけハーフパイプに求められる才能と言ったら、何になるのでしょう。
山岡 スピードや持久力が要求される競技ほど筋力が要るわけではありません。この筋肉を鍛えたら、あるいはこの身体能力を高めたら、強くなれるといった競技ではない気がします。皆さんに馴染みのあるスポーツで言えば、体操に似ていると思います。評価されるのは演技ですから。必要な能力をあえて挙げるとしたら、バランス感覚や体の柔らかさかもしれません。
― 華やかで映像的な競技である半面、やっている選手は恐怖と隣り合わせだと思うのですが。
山岡 コースに入ったばかりの頃は、やはり怖かったですね。ハーフパイプを体操にたとえましたが、体操選手が補助者や補助具をつけて、技を覚えるのと違い、私たちの練習はいきなり雪上です。トランポリンで練習する人もいるようですが、ほとんどの人は雪上で実際にジャンプや回転などの技を覚えていきます。だから観ている人が感じるように、滑っている本人も怖いものです。
― 場合によっては致命的な怪我もありますよね。
山岡 ええ。足や手の骨折は多いです。稀に首の骨を折って神経を痛め、下半身不随になった人もいました。
― 山岡さんは今ではもう怖さを感じませんか。
山岡 怖くないと言ったら嘘かもしれませんが、怖さを感じる度合いが他の人より弱いかもしれません。ハーフパイプの上達に必要な才能をもうひとつ挙げるなら、怖がらない性質であることでしょうか。
― コーチがいないとなれば、技の切れや表現力はどうやってチェックするのですか。
山岡 私の場合、友達にビデオを撮ってもらい、駄目なところをノートにつけて、これを参考にしています。新しい技に挑戦する場合は、その技をやっている人の演技をまず見ます。たとえば、自分より高く飛んでいる人は、どういうことをしているのかつぶさに観察します。そして、自分でやったらどうなるのかイメージトレーニングして、最後に実際のコースで試してみます。
好きで続けた延長に世界があった
― 世界に挑戦して二年目には、ワールドカップで優勝されていますね。
山岡 日本人初の快挙と伝えてくれた新聞の見出しには、「二八歳」と、ことさら強調して書かれました(笑)。でも、私にとって年齢は関係ありません。
― 男女を問わず、二八歳という年齢は、仕事のこと結婚のことを含め、人生についてを考え、悩むことのある時期ですよね。そうした迷いを突き抜けて、世界チャンピオンを目指してしまうところに、山岡さんの生き方の新しさがあります。
山岡 いえ、そんなに大層なものではありません。経済的な基盤もしっかりしていないところで、好きなことをただやっていただけですから。その延長にワールドカップの優勝があった。そんな感じです。
― 先ほどもお話ししましたが、オリンピックやワールドカップで金メダルを獲ることをただ一つの目標に、親子ともどもわき目も振らず練習に取り組む人がいます。山岡さんのスノーボードに対する姿勢は、そうした必死さとは異質で、気がついたら世界のトップレベルにきていた。そんな気がします。
山岡 悩みがまったくなかったわけではありませんが、私の場合ごく自然にスノーボードに取り組めたと思います。「アニマル浜口さんは『気合だー』って言うけれど、山岡の場合は『気楽だー』だな」とマネージャーにもからかわれます。
― とはいえ、驚くべき成長と成果ですが、やはり山岡さんの才能ゆえでしょうか。
山岡 どうなんでしょうか。私はスノーボードと出会えたことも含めて運だったと思います。けれど、アスリートにとって「運」という言葉が馴染まないのか、インタビュー記事でもカットされてしまうんですよね。
― スポーツの世界で馴染まないというより、日本人の感覚に馴染まないのかもしれませんね。成功者は艱難辛苦を乗り越えて今がないと、納得しないのでしょう。
山岡 確かに、テレビでオリンピックを観ていても、優勝した選手が苦労をしたというエピソードを聞くと涙を誘われます。
― 山岡さんにしても、自分の夢に忠実で意思が強かったからこそ、今があるわけですものね。
山岡 スノーボードは好きで楽しくて続けていますが、それ以外では大変なこともありました。練習するためのお金、遠征するためのお金を貯めなくてはいけないですから。でも自分の夢のためでしたから、「苦労」とは感じませんでした。自分の「楽しい」を維持するために、大変なことがあるのは当たり前です。
無知だからこそ飛び込めた
― 山岡さんは大学では被服を専攻されていたそうですが、もしスノーボードに出会わなかったら、服飾関係の仕事に就いていた可能性もあるのですか。
山岡 服飾デザインはやりたかったですね。以前はよく自分の服もつくっていました。今はビーズアクセサリーづくりが趣味です。大会や練習の合間に、暇があれば没頭しています。
― スノーボードとまっすぐ向き合ってきたご自分を振り返って、今どのようにお感じになりますか。
山岡 もちろん悔いはありません。ただ、今から考えると、始めた頃の自分はずいぶん無知だったのだと驚くことはあります。でも無知だからこそ、競技スポーツ、アスリートの世界に怖気づくことなく飛び込めたのだと思います。スノーボードなら世界の舞台で活躍できるかもしれないと浅はかにも思ってしまったんですね。会社を辞める際も、上司からは呆れられましたし。
― これまでの日本社会では、将来の安心を先々から確保しようと、会社を選び、大学を選び、ひいては小学校まで選んで、より確実性のあるコースをたどることをよしとしました。しかし、そうした選択がそれほど人生を保証するものではないと分かり、フリーターやニートといった人たちが現れています。そんな中にあって、安定志向からたとえ外れても、自分の夢に前向きであれば、世界レベルになることを実証した山岡さんは、「新しい世代」の代表なのかもしれませんね。
山岡 気恥ずかしいですが、「新しい世代」という言葉はとてもうれしいですね。
長野にもハーフパイプコースを
― これだけ価値観が多様な社会の中で、自分に最適なひとつをごく自然に選択してしまう能力が、山岡さんには備わっているのではないでしょうか。日本でハーフパイプがメジャースポーツになる契機を、山岡さんの活躍がつくりだしたように感じます。
山岡 もったいないお言葉です。競技としての認知度はまだ低いかもしれませんが、スキーよりスノーボードの方が今ではむしろレジャーとして人気があります。競技スポーツとしてもっと盛んになればと思います。
― 長野県のスキー場もスキー客の減少に悩んでいます。ハーフパイプのコースをもっとつくれば、活気がでるかもしれませんね。
山岡 パイプのコースは雪を集めて掘ればいいのですから、つくることは基本的にどんなスキー場でも可能です。ただし、人造物だからこそ、コースのコンディションを常に良好な状態に保つために、メンテナンスが必要です。絶対条件として、メンテナンスできる体制、環境がなくてはいけません。
― 試合で訪れた国の中で、スノーボードをする環境が最も整っていたのはどこでしたか。
山岡 コースがいいのはアメリカですね。やはりハーフパイプ発祥の地でもあり、競技者人口も多いので、コース整備にお金がかけられるからだと思います。
― 長野県でもきちんと整備されたハーフパイプのコースをつくれば、集客を期待できるかもしれませんね。
山岡 海外のスキーリゾートは、日本ほど食費も宿泊費も交通費も掛かりませんからそのハンディはあります。しかし、いいコースができれば、長野県にもきっとお客さんがたくさんみえると思いますよ。
スイスにリゾートの理想がある
― スキーリゾートとしての伝統をもつヨーロッパ諸国は、山岡さんの目にどう映りましたか。
山岡 それほど多くの国に行っていませんが、印象に残っているのはスイスです。スイスは過ごしやすい土地ですね。要所の駅で観光インフォメーションが整理され、初めて訪れた外国人でも利用しやすいようになっています。駅に行けば、移動の手段から宿泊場所までスムーズに案内され、迷うことがありません。
最も驚いたのが、公共交通機関の便利さです。たとえばチューリッヒの空港に着いたとします。駅で「このスキー場に行きたい」と地図で示せば、鉄道やバスの乗り換えも含めて、目的地までのチケットが一度に買えます。タイムテーブルもちゃんと手渡してくれます。
― 公共交通網の使い勝手のよさは、リゾートの欠くことできない条件ですものね。日本の観光地はいつの間にか、外国人観光客がレンタカーかタクシーでしか移動できないところばかりになってしまいました。最近になって市内循環バスも走っていますが、初めて長野市に来た外国人は不安だと思います。
山岡 大きな街には必ずあるトラム(路面電車)も便利です。初めての観光客でも不安を感じずに乗れます。スイスで感心したことは他にもあります。鉄道とバス、荷物を扱う機関がスイスでは一緒なのです。移動するときは荷物を預け、自分は身軽に目的地まで行けます。荷物は別便で一日後に目的地の駅に着きます。大きなボードを運ばなくてはいけない私には、とても有り難いサービスです。
― 日本でも真似してほしいサービスですね。
山岡 ええ。成田から長野まで戻るのがどれほど大変か、身にしみて感じていますから(笑)。
― 他にこれからのスキーリゾートにとって整備すべき環境があったら教えてください。
山岡 たとえば有名なスキーリゾートは無線LANの環境が整っています。日本でも、遠方から訪れて、長期滞在するニーズがあるリゾートでは、今後必要になると思います。
― 次の冬季オリンピックはイタリアのトリノですね。
山岡 はい。これまで同様、スノーボードを楽しむ延長にオリンピックがあれば幸せです。
― 夢を描くことを忘れかけている現代の日本社会ですが、山岡さんの姿を観て勇気づけられる人も多いと思います。
山岡 自分の夢に巡りあうチャンスは、誰にも平等にあるはずです。大切なのはそのチャンスをつかんだときにどうするか。夢を叶えるためには、そうなった自分をイメージして、なりたい自分のために自ら何をするかだと思います。
― 本日はありがとうございました。今シーズン以降のご活躍も期待しています。
|