CCI

 1月号 No.678




新世紀への提言


須田 寛
 東海旅客鉄道株式会社相談役
1931年京都市生まれ。京都大学法学部卒業後、54年日本国有鉄道に入社。国鉄旅客局長、国鉄常務理事を歴任。民営化後の87年、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)社長に就任。95年、同社会長に就任。2004年より同社相談役を務める。公職は、社団法人日本観光協会中部支部長のほか、名古屋商工会議所文化委員長、中部経済連合会特別顧問など。
 観光、文化、交通関係の活動に現在も積極的に携わっている。著書に『実務から見た新・観光資源論』(交通新聞社)など。

  


まちづくり的発想に基づいた
観光振興が求められている


 他県の人は信州の観光資源の豊富さをうらやむが、信州人はどうしてもっと観光客が来ないのかと頭をひねっている。何か画期的な打開策はないものか。善光寺が世界遺産に登録された暁には、より多くの観光客を見込めるかもしれない。そう考えるのも人情である。
 JR東海の相談役を務める須田寛氏は、「産業観光」を提唱し、新しい観光のモデルづくりを進めている。今、観光のニーズはどこにあるのか、これに応えるために何をなすべきか、須田氏にお伺いした。

観光の経済効果は自動車産業以上

― 本日は、須田さんが提唱されている産業観光について、お話をお伺いしたいと思います。その前に、日本における産業観光の可能性についてお聞かせください。

須田 はい。二十世紀の日本の産業は第二次産業が牽引役でした。しかし、経済成長が頭打ちになり、今後は、さまざまな産業分野が分担して、日本経済を支えていかねばなりません。観光がその柱のひとつになる要因には大きく三つあります。
 第一に、その経済規模の大きさです。旅館業や旅行業それに土産店など、直接売上高のみで年間約二十兆円、雇用が二百万人あります。間接的な経済効果を含めますと売上高五十兆円、雇用は四百万人に達します。あまり知られていない事実ですが、この数字は自動車産業を凌いでいます。観光は第二次産業を上回るほどの広い裾野をもった産業なのです。
 第二に、投資金額が少ないこと。ホテル業の開業などの場合を除き、観光を産業として始めるのに、それほど大きな投資を必要としません。観光は少ない投資で、大きな経済効果がある産業だと言えます。
 第三に、これが最も重要な要素ですが、観光は人的交流で成り立つ産業だということです。文化とは、人と人とのふれあいにより生まれます。今後、日本では人口の減少により、人的交流の機会も減り、文化の発達を阻害しかねません。観光には、ふれあいのチャンスを増やし、文化を創造する効果もあるのです。

― 観光立国と言えば、すぐさまフランスなどが思い浮かびますが。

須田 ええ。フランスの人口五千万人に対し、この国へ年間七千数百万人の外国人観光客が訪れます。スイスでも観光客が人口を大きく上回ります。国策として観光に取り組んでいる好例です。

― おっしゃる通り、日本は第二次世界大戦後、工業により高度成長を遂げました。成熟経済にいたって初めて、観光が国にとって重要な産業だと、我々は気づいた次第です。

須田 戦後日本の経済復興のカンフル剤として、工業がもたらした効果は大きなものでした。しかし、第二次産業で諸外国をリードした分、日本は観光で遅れをとりました。遅ればせながら、観光と、これに伴う人的交流の必要性について、国民の間に自覚が生じ、政府も観光に真剣に取り組む姿勢を見せ始めているのは、とても喜ばしいことです。

「少人数」「体験」「学習」が
キーワード

― 日本の観光行政の遅れを取り返すために、観光に対する顧客のニーズはどこにあるのか、これにどう応えるのか、我々はもう一度学び直さなければなりませんね。

須田 世界には観光先進国と呼ばれる国が数多くあります。後進の私たちには、そのノウハウを取り入れることができるメリットがあります。観光への国の関わり方、市民の関わり方を学ぶのは、今からでも決して遅くありません。

― 日本の行政には、観光に関する省はもちろん、庁すらありません。一方、国民の間にも、依然として第二次産業頼みの意識が根深いようです。海外からのお客様をもてなすノウハウがありませんし、これを培う風土もありませんでした。

須田 戦前は鉄道省の中に国際観光局と呼ばれる部署が存在しました。戦後も昭和三十年代まで運輸省の中に観光局がありました。その後行政改革により整理されたと記憶しています。観光に対する認識が薄かったのでしょう。とはいえ、国の組織をつくることも重要ですが、民間の力で、実質的に観光を日本の産業の柱にしていくことが先でしょう。組織や制度はおのずと付いてくるはずです。

― 観光を今後の日本産業の牽引役として考えるとき、最も重要なポイントはなんでしょう。

須田 まず、景観のみに頼った観光では、これからの観光は成り立たないと認識すべきです。日本は四季のうつろいが明確で、風光明媚な土地も随所にあります。しかし、どれほど美しい景観も、一度眺めれば十分です。観光客がリピーターにならないのです。これまでのように、景観の美しさに安住していてはいけません。地域の特色を活かした新たな観光資源を掘り起こし、アレンジし直して、世界に向けて情報を発信する必要があります。

― 今の観光客のニーズはどこにあると、須田さんはお考えですか。

須田 ひとつに、団体観光から少人数観光へと明らかに需要が移行しています。観光に対する趣味趣向が多様な時代に、従前の一括大量受け入れの観光は敬遠されます。次に、観光の目的です。これまでは物見遊山が中心でしたから、美しい風景や温泉が確固たる資源でした。ところが、近年は体験観光に対するニーズが高まっています。陶芸や染物、和紙の手漉きなどを、産地を訪れて自分でやってみることに、多くの観光客が価値を見出しています。もうひとつは学習観光です。時間にも体力にも余裕のある中高年が多い時代です。彼らは市民講座などで学んだことを、現地に赴いて追体験し、さらに知識を深めたいと考えています。
 従来の物見遊山的な観光に加え、体験観光、学習観光などの要素を上手に組み合わせていけば、観光の新しい可能性が見えてくるはずです。

日本中どこでも成り立つ産業観光

― 観光資源の再編成のために、須田さんがクローズアップされたのが、その地域独自の「産業」なのですね。

須田 はい。産業観光という言葉を使い提唱しています。産業をテーマに、見る、体験する、学習するといった要素を分析すると、これまでと違う切り口から新たな観光資源が見えてきます。

― 確かに産業と一口に言っても、農業あり、工業ありとさまざまです。自然の風景や歴史遺産とは種類を異にする観光資源が発見できそうです。

須田 産業観光を既存の例で挙げれば、岐阜長良川の鵜飼がそうです。あれは伝統的な漁業を観光資源として利用していますね。イチゴ狩りやリンゴ狩り、稲作を体験するワーキングホリデーなどの類は、農業が観光資源です。そもそも産業のないところに人間は住めませんから、日本中どこであっても、産業は存在するわけで、産業観光が成り立つ可能性をもっています。観光とはつまり、「(その土地に固有の)光を観る」ことですから、地域の独自の産業をどうやって地域外の人に見てもらうか、体験してもらうか、学習してもらうかに知恵を絞れば、どんな地域であっても産業観光は成り立ちます。

― 先ほどもお話にあったように、戦後これほどまでに第二次産業に注力してきた日本では、工業も大きな観光資源となるのではないでしょうか。

須田 その通りです。たとえば名古屋市に産業技術記念館という施設があります。トヨタ自動車がその前身である豊田自動織機工場の跡地に、近代から現代に至る織機のコレクションを置いています。手動のものもコンピュータ制御のものも、すべて稼動するのは日本でここだけです。織機の歴史が手に取るように分かり、近代における日本の産業革命がいかに果たされたかを学べます。西洋で先行した産業革命に、日本が非常に短時間で追いついた過程を目の当たりにできるのです。

― 学校で日本史を学んでいる子供にもぜひ見せたいですね。

須田 ええ。学校の修学旅行コースに取り入れる価値は大きいでしょう。産業技術記念館のほかにも、中京地方には産業の遺産が数多く存在します。そこで、私どもはこの地域における産業遺産の拠点開発に取り組んでいます。愛知県だけでも数百カ所に及ぶ産業遺産のリストを、主な施設に置いて情報発信し、産業を資源とした産業観光を興そうとしています。

― 産業技術記念館の例で言えば、織機の進歩により労働者一人当たりの生産性がいかに伸びたかを実際に目にすれば、日本の近代化を学ぶ上でこれ以上の教科書はありませんね。

須田 さらに、自動織機が産業界全体に果たした役割を学ぶこともできます。現代の産業の現場で最も重要とされるシステムに、機械のフィードバック機能と群管理があります。自動織機は、この二つをすでに備えていました。糸が切れたら機械が自動的に補充しますし、一人の職工が数十台の機械を一度に監視しました。日本の産業がいかに合理化のための知恵を絞ってきたか、これも学べるわけです。

情報発信で資源を活かす必要性

― そもそも須田さんが産業観光を提唱されたきっかけは何だったのですか。

須田 愛知万博の開催が平成九年に決まりました。これがひとつの契機です。万博誘致の際に、地元の招致委員などが外国に出かけ運動を展開しましたが、その際、いかに愛知県や名古屋市が海外に知られていないか痛感したと彼らから聞かされました。ならば、万博開催までの期間を利用して、なんとか知名度を上げねばなりません。この地域で使えるものは何か。トヨタ自動車なら世界に知られています。他にもあまたの産業がこの地域で育ちました。「ものづくり」が我々のキーワードだったのです。
 博物館や資料館は以前からありました。企業がメセナ活動として残してきたからです。しかし、その利用実態は惨憺たるものでした。人が入らないのです。資源が悪いのではありません。資源があっても、宣伝しません。企業にとって、こうした施設をつくることに文化活動としての意味があっても、そこで収益を得ようとはしなかったからです。

― 情報がなければ存在を知らない。人も訪れないわけですね。

須田 はい。高校の修学旅行の目的地に関する統計を見ると、愛知県は全国で三四位です。人数比で言えば〇・七%でした。これは来ないも同然です。資源があるのに、利用する人がない状況に、義憤にも似た危機感を感じました。これも産業観光を提唱した動機です。

― 近代から日本のものづくり産業をリードしてきた中京地方は、産業を資源とした産業観光の、まさにお手本ですものね。修学旅行の需要がないことが信じられません。

須田 最近になり、トヨタ自動車では、工場見学のニーズに応えるため、見学コースをルーティン化しました。年間一五万人訪れるそうです。うち、外国人が二万人ですから、日本の産業に外国人が高い関心を示していることが分かります。日本人が海外へ旅行するだけではなく、海外から日本へ観光に来ていただき、人的交流を深めるためにも、産業観光は意義があるのです。

― トヨタ自動車だけでなく、他の企業でも工場開放への動きが積極化するといいですね。

須田 営業秘密や安全性、受け入れ側の対応等課題もありますが、工場を見学に供する企業は次第に増えていますよ。浜松市なども工場見学の先進地です。

― 観光に役立つだけでなく、企業にとって工場見学は、自社及び自社の製品をPRする絶好の機会にもなると思います。

須田 新しいマーケットを開拓するなど、ビジネスチャンスにつながる可能性もあります。

地元の観光資源を再アレンジ

― 長野県でも今、観光におけるホスピタリティのあり方について盛んに議論されています。長野県の観光に対して、須田さんはどのような印象をおもちですか。

須田 長野には他の地域にはない観光資源が初めから豊富にあります。これらをアレンジし直すことが必要でしょう。県境にこだわることもありません。松本と飛騨高山を同時にPRしてもいいのです。東京から松本、上高地を経て、飛騨高山に抜け、南へ下がって愛知県に入る。帰りは東海道を利用すれば、さまざまな地域を巡る観光の大循環コースができます。北陸新幹線が完成したら、北陸と信州を一緒に売り出してもいい。天竜川に沿って、長野県静岡県愛知県に到る飯田線の沿線をひとつの地域としてアピールもできる。数多くの県と県境を接する長野県にしかできない観光のスタイルがあるはずです。

― 一方で、長野県においしい食がないことを、観光にとってのハンディだと指摘する向きもあります。

須田 食に関する嗜好は人によって違います。長野の方がおいしいと思わなくても、外から来た方がおいしいと思うかもしれない。大切なのは、その土地に固有の味の売り出し方です。観光客にとっては、訪れた地域にしかない独特の味が「おいしい」のです。食についても、演出の仕方、情報の発信の仕方でいかようにも観光資源になるはずです。

― 長野で言いますと、味噌や酒の醸造、ワインの仕込みなども、産業観光を興すうえで、立派な資源になるわけですね。

須田 もちろんです。実際に、愛知県岡崎市には「八丁味噌の里」と題した資料館があり、味噌の仕込みを見せています。半田市には「酢の里」があり、酢を醸造する過程を見学できます。
 また、静岡では、茶摘みを観光に取り入れたらどうかという議論もあります。機械での作業に押され、影を潜めた手摘みを体験させてほしいというニーズもあるようです。稲作でも同様です。機械を使わない昔ながらの稲作体験の募集をすると、かなりの人気があると言います。
 長野県でも、地域に固有の食や食に関する産業が豊富でしょうから、実現できるはずです。

― しかし残念なことに、今の観光は、お客さんにどうやってお金を落とさせようかと、その手段にばかり頭を巡らせていて、ニーズは二の次になっている気もします。

須田 観光客が喜んでくれれば、結果として必ずお金が入ります。最初から儲けてやろうでは、訪れる人はいません。慈善事業ではありませんから、目的に収益性があってしかるべきですが、自分たちの地域をどう演出するかといった、まちづくり的発想を基本にすることが大切です。

― 自分たちの地域を自分たちの目線のみで見るのではなく、地域の外の方の眼、外国の方の眼をもち、地域の産業を捉え直す訓練をしなければなりませんね。

須田 ええ。たとえば北欧のフィヨルドをひと目見ようと訪れる日本人がいます。日本にも同様の地形があり、牡蠣の養殖が盛んな的矢湾もその典型ですが、地元の人にとっては、単に牡蠣の養殖場に過ぎません。観光資源になるとは思っていないのです。もったいない話です。何はともあれ、地元の人が地元の魅力を知ることが、情報発信の第一歩になります。
 また、同じ外国人でも、伝統産業を喜ぶのは欧米の方で、現代の産業を見たいと思っているのはアジアの方です。外部の眼も多様であることも知っておきたいものです。

観光振興における商工会議所の役割

― 観光といえば、非日常的なものを見に行くという固定観念があり、あまりに日常的な産業が観光資源になるとは、これまで我々は気づきませんでした。今後、産業観光を発展させるために、どんな方策があるとお考えですか。

須田 今、全国で商工会議所が観光振興に取り組もうとしています。時を得た素晴らしいことだと思います。観光振興において、商工会議所が果たすべき役割は大きく二つあります。まず、商工会議所のネットワークが有用であること。これからの観光は、広域的なネットワークが必要です。つまり、発地と着地とを結ぶ連携が求められているのです。全国に五百カ所ある商工会議所のネットワークと、観光のネットワークをうまく繋ぎ、相互に利用しあえば、産業観光の振興は容易にできるでしょう。
 次にコーディネーターとしての役割です。観光業者と観光行政の橋渡し役として、商工会議所の果たす役割は大きいと考えます。観光とは、市民に根ざしたまちづくりであるべきですから、民間が主導権をもちながらも、官とも協力しつつ、その地域に固有の観光を立ち上げなければなりません。民間の感覚を備えながら、地域を俯瞰したまちづくりをディレクトする能力もあり、官民の間の調整役ができるのは、商工会議所をおいて他にありません。

― 観光が日本経済の大きな柱になりうる産業であることを、浸透させていくことが必要でしょうね。

須田 そう。産業であるからこそ、そこには経済効果が生じます。観光業者は収益を目的とした「プレーヤー」です。しかし、観光振興はプレーヤーが自己の利益を主張するだけではうまくいきません。収益を考えない中立的立場の存在が必要です。ぜひとも商工会議所に、この一役をかっていただきたいものです。

― 私ども商工会議所の課題も含め、今後の観光振興について、大きなヒントを頂戴した気がいたします。本日はお忙しい中、ありがとうございました。


  




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