CCI

 6月号 No.671




新世紀への提言

三根生 久大
 外交・軍事戦略問題評論家

1926年東京生まれ。陸軍士官学校在学中に終戦を迎える。戦史、米軍戦略の研究を一貫して続け、軍事評論家として随一のペンタゴン通として知られる。軍事情勢、軍事戦略の把握のため世界中で取材を行い、米軍の実態を知るためベトナム戦争にも従軍した。現在、執筆・講演活動を続けている。著書は『日本の敗北』『現代の戦争』『戦略』『戦争学入門』『安全保障―アメリカの対日戦略』『泰平日本への警鐘』など多数。また、語学力はペンタゴン、米軍でも定評があり、英語、英会話についての著書も多数ある。

  


国家感を喪失した日本人は
どこへ行くのか


 国旗を手にイラクに派遣される自衛隊を見送った日本の人々の姿は、かつて太平洋戦争で戦地に赴く兵士を見送る人々の報道写真とだぶる面がある。
 大戦後、半世紀以上を経た日本は、現在の世界構造の中で、何処に向かって歩むべきなのだろうか。
 軍事戦略問題評論家として、アメリカのペンタゴンに自由に出入し、完璧な英語を駆使してアメリカのトップクラスの軍人・政治家と日米の将来や軍事問題に関して永年に亘り議論をして来た三根生久大氏の目に、現在の日本の姿はどう映っているのであろうか。二十一世紀世界の中での日本のサバイバル戦略を聞いた。

再び軍靴の足音が聞こえる


― 御著書『日本の敗北』を拝読し、日本がルーズベルトの仲介により日露戦争に辛勝した時、すでにアメリカは今後アジアで台頭してくることが予想される日本と次には戦うシナリオを練っていたことを知り、少なからぬ衝撃を受けました。アメリカと日本の、国益についての考え方、国家戦略には大きな隔たりがあります。太平洋戦争の敗戦とその後の占領を経た日本の姿もかくありなんと感じました。イラクでの緊張も高まる中、日本がこれからどうするべきかについて、忌憚のないところをお聞かせください。

三根生 私が危惧するのは、日本人の一過性的な性格です。米ソ冷戦の折も、湾岸戦争の折も、やれ「有事」だと騒ぎ立てても、目の前の危機が去れば、日米安全保障の庇護の下にある「まやかしの平和」に安住してしまう。ニューヨークの同時多発テロからイラク戦争に至る状況下で、日本は泥縄式にテロ対策特別措置法をつくりました。憲法に強引な解釈を施して自衛隊を派遣したのもしかりです。その場しのぎでしか国防を考えることができない日本を今私は憂えています。

― 国防への意識が欠如している国家はどうなるのでしょう。

三根生 現在、自衛隊がイラクに派遣されていますが、たとえその任務が人道支援ということであっても、自衛隊は戦地に出征しているのだ、というのが大方の国民の認識です。もちろん派遣そのものも含めてこれを全面的に否定しているパーセンテージもありますが…。しかし、自衛隊員は任務を果たし帰国したら、自分たちは「軍隊」なのだと強く認識するでしょう。国民も「兵隊さん、ご苦労さん」と自衛隊員を迎えることになるでしょう。これまで国民のコンセンサスが全くなかった自衛隊が、日本国軍として認識されると思います。日本に再び軍靴の足音が聞こえてくる。これからの日本が自戒しなければならないことは、亡国の端をつくるミリタリズムいわゆる軍国主義に二度と陥らないということです。これが世界平和にとって最も危険なことは百年定評されてきたところです。「歴史は二度と繰り返してはならない」ということを肝に銘ずるべきでしょう。

― 拡大解釈を重ね、その無理も限界にきている憲法九条の改正もありえますね。

三根生 はい。日本の国益について、国防について、憲法そのものについての深い議論もなしに、近い内には改正されると思います。
 外交上はさらに複雑な問題があります。アメリカは現在中国の経済力の増大が、軍事力の増大につながることを警戒しています。事実ペンタゴン(国防総省)は、二〇一五年には中国がアメリカの軍事力に拮抗するだろうと分析しています。現実に中国がアジア・太平洋地域のパワー・バランスを左右する力を備えた時、アメリカがどう出るかが問題です。

イラク問題は日本の試用期間

― 米中両国が戦争をする可能性もあるということですか?

三根生 現在のアメリカの国際外交のスタンス、対日戦略、対中戦略から判断すれば、米中は覇権を争う状況になるでしょう。しかし、直接戦争はないであろうと私は考えます。かつての冷戦時代のような全世界レベルではなく、アジア・太平洋地域内の新冷戦構造が生まれると思います。いみじくも元国防次官補のジョセフ・ナイがその論文「東アジアのアメリカ戦略」で言っているように、あえて戦争という非常手段に訴えてまで国益を追求することを両国とも得としないでしょう。アメリカは経済的にも安全保障の面でも、中国の価値を大きく評価しています。表面上従来の中国の改革開放路線に沿った穏当な外交を展開するはずですし、経済市場の依存関係も続けると思われます。一方で、台湾問題、ロシアとの軍事提携、中国国内での権力闘争などを静観しながら、中国と睨み合うわけです。

― では、米ソの冷戦構造の中で朝鮮戦争が勃発したように、日本が米中の代理戦争の第一線に立つ可能性もあると。

三根生 ありえないことはないですね。アメリカは対中戦略の中で、日本をどう使おうか考えています。一方で、ロシアから武器や武器技術を輸入している中国は、この先ロシアと同盟する可能性があります。さらに中国は北朝鮮を手段的な軍隊として第一線に使うことも考えられます。アメリカ対中・ロの対決構造の中で、日本と北朝鮮との間の戦争がないとはいえません。
 自衛隊のイラク派遣は、アメリカから見れば、同盟国である日本がアメリカの言うことを素直に聞くかどうか試しているだけ、つまり、イラク問題は日本の試用期間に過ぎません。しかし、日本の認識はそこに至っていない。同盟国アメリカのことを理解していません。すでに朝鮮戦争の一九五〇年に、アメリカは日本の憲法は改正すべきだと言っていました。アメリカにとって日本は米軍前方展開戦略の不可欠の第一線兵站基地として使用し得るが、今に至るも憲法第九条がアメリカのこうした戦略遂行のための足かせになっているからです。
 今後のアメリカの関心はイラクでも、イラクを含めた中東でもなく、中国なのです。現実にはイラクでの戦闘行為を行いながらも、その先の時代を見据え、中国台頭後のアジア・太平洋地域の軍事バランスと自国の国益について真剣に考えている最中です。

― 中国が宇宙へ有人飛行を行なったこと一つとっても、中国の実力について、アメリカは神経質になっているでしょうね。

三根生 ええ。だからこそ、米中が睨み合ったとき、アメリカにとっての日本の真価が試されることを、日本は知らなければいけない。できなければ、日本は二大国の間で揺さぶられ、アジア・太平洋地域の力学構造の中で、孤立無援に陥ることもありえます。ところが、今日本ではアメリカ嫌いが蔓延しています。日米安全保障条約上、アメリカが同盟国であることを、また同盟国とはどんな立場であるかを、真剣に考えようとはしていません。

日米同盟こそ日本唯一の選択肢

― 現在の日本人の右傾化とアメリカ嫌いは、単に感情論、ムードに過ぎない気がします。

三根生 そう。一方、政府もこれまで憲法を一度も改正しようとはせずに、アメリカからの要求があった時のみ、その場限りの事後的な対応を繰り返してきました。

― しかし、今回の自衛隊派遣で憲法改正が現実になりつつあるとおっしゃいましたね。

三根生 日本は軍隊を持っていいのだと九条が改正され、かつての軍閥の台頭時代が再来した時、さてアメリカは日本に対しどう出るかです。日本を傭兵として使うという説と、イラクの時同様、人道支援でよしとする説がアメリカ国内で二分されます。その議論はアメリカの大衆も巻き込み、日本はどうするつもりかとこれまで以上に真剣に迫るでしょう。私の言っていることは仮定法未来かもしれませんが、イラクに自衛隊が行っている今こそ、日本は自国の今後のあり方について考えなくてはなりません。

― 三根生さんがおっしゃる仮定法未来の二〇二〇年に向けて、日本の選択肢はあるのでしょうか。

三根生 アメリカと本来の意味での同盟国になることが、日本の最後の選択肢だと私は考えます。日米関係こそ、日本にとってかけがえのない二国間関係なのです。アメリカに背を向けた軍事大国になるのでもなく、これまで同様アメリカ追随の非軍事保護国家として歩み続けるのでもなく、アメリカとの同盟関係の中で応分の役割を果たす、本来あるべき「普通の国」に日本はなるべきです。憲法の見直しとともに、日本国民の総意として、日米同盟のあり方の見直しを行う時に来ているというのが、私の持論です。対中戦略については、どうすることがアメリカにとって最もメリットがあり、その際に日本が果たすべき役割は何であるかについて、日本はアメリカに提案することだと思います。

言葉の障壁が日米の理解を妨げた

― 自衛隊のイラク派遣に及んでも、政治もマスコミも、日本という国家および日本民族の存続のあり方については全く論じません。今後の日本の存立基盤をどこに求めるかについて無関心で、いたずらに国民の間に刹那的な嫌米反米論が渦巻いているのは、日本人が平和ボケしているからでしょうか。

三根生 アメリカは太平洋戦争に勝利し、日本を手中にしましたが、占領後一年は日本をどうすべきか考えあぐねていました。アジア・太平洋の力学構造にアメリカも加わるべきだという考えも、当初は占領政策の中に入っていませんでした。日本の価値について、アジア・太平洋の力学構造について考え出したのは、東京裁判後のことです。朝鮮戦争を通して、さらにアメリカは日本を傭兵として使う価値の大きさを認識しました。こうしたアメリカの対日戦略の実態を、日本国民はこれまで知らされてこなかった。ただアメリカの軍事的庇護の下、民主化を目指し、朝鮮戦争特需に始まる稀有な経済成長に歓喜し、五十年もの間戦争を経験せず、アメリカの深謀について無知でした。その帰結が今に至る無防備な日本の姿です。

― なぜ日本人はアメリカの真意を知りえなかったのですか。

三根生 最大の障害は、日本人の英語能力の欠如だと思います。太平洋戦争について学ぶうち、私はその勃発の間接的一因に日本人の語学能力の低さがあったと考えました。英語が堪能な政治家や官僚がいない。敵性外国語として禁じていて、通訳もいない。十分な英語が話せなかったために、対米折衝で互いの理解が図れなかったのです。同様に、今にいたるアメリカの対日戦略に日本人が無知であるのは、多分に日本側の語学の問題があると思われます。
 外交について、また国防について、コミュニケーションが果たせなかったことを考えると、すでに太平洋戦争に突入した一九四一年の時点で、日本という国は終っていたと言わざるを得ません。戦後半世紀経ち、経済的にはアメリカと肩を並べても、なお言葉の障壁は消えず、アメリカの深謀を掴む能力を日本は欠いています。

占領により
国家観を喪失した日本人


― 言葉が分からないために、相手の意図を推量するしかなく、その思い込みが日本にさまざまな不幸をもたらしたと考えられますね。三根生さんがペンタゴンの要人やアメリカの政治家と忌憚なく話し、軍事戦略について熱い議論を交わされてきたのとは対照的です。

三根生 幸い当時国防次官補だったリチャード・アーミテージさん(現国務副長官)など得がたい知己を数多く得ました。
 私が初めてペンタゴンに足を踏み入れてから、既に三十八年になるのですが、やはり軍事戦略において世界で最たる組織です。私は敬意を表し、ペンタゴン大学と呼んでいます。それほど優秀なスタッフが揃っているからです。どこの大学でも学べない、安全保障の現実を肌で感じることができました。

― ペンタゴンと言えば、かつて三根生さんも命を賭して戦った敵の総本山ですね。そこに三根生さんを惹きつけた何があったのですか。

三根生 なぜアメリカは太平洋戦争で日本に勝ったのか、世界に冠たる軍隊であった大日本帝国陸軍を打破したアメリカ軍とは、いかなる軍であったか知りたかったのです。
 そうしたことから、まず、当時日本に進駐してきたばかりの占領軍に入り、米軍の実態をつぶさに見るにつけ、なによりおどろいたのは米語と英語の違いでした。米軍将校の懇切な指導で米語の猛勉強の毎日が続き、その後、占領軍の通訳となり、続いて渡米しました。かつての太平洋戦争のヒーローたち、例えば東京大空襲の指揮官だったドーリットル中佐、広島の原爆投下指揮官だったポール・ティベッツ准将など多くの人たちとの交流が広がり、それと同時に世界の軍事戦略の大殿堂ペンタゴンとの関係ができ、私の最終の研究課題である「日米同盟」がいよいよ本格化しはじめたのでありました。

― 互いの腹の中まで理解するコミュニケーションを通して、三根生さんにはアメリカの何が見えてきましたか。

三根生 アメリカの国家戦略が、日本の想像を絶する緻密さを持っていることです。ペンタゴンでは、対極東戦略だけでも数十種類のシナリオを立てているといわれます。また、ある国と戦争をする際には、一年の準備期間でその国の国力を細部にわたって分析しています。

― 軍事力はもとより、資源、食糧、産業力などさまざまな項目について調べ上げ、その国が何年戦争を継続できるか分析していると言われますものね。太平洋戦争を勢いで始めてしまった日本とは大きな違いですね。

三根生 一九四五年の米軍による占領以来、日本は国家としてのあり様を喪失してしまいました。ただ日本人という集団がいるに過ぎない今日の日本にしたのは、アメリカによる占領のせいだと、私はアメリカ人に言います。以前の日本人は、国家とは何であるか、その最重要の成立要件である国防とは何であるかを認識していました。太平洋戦争とその後の占領さえなければ、日本は依然として世界に誇ることができる国家として、諸外国とも対等に対話していたはずです。

― 占領により、自国の文化にいたるまで洗脳されましたものね。

三根生 それほどアメリカの占領政策が精緻かつ巧みだったとも言えます。

国防に関するコンセンサスが急務

― 国家としての骨格もアイデンティティも持たない集団が、戦略もないまま、ただアメリカ嫌いになっているのは危険ですね。
 三根生さんが『日本の敗北』でナポレオンの言葉を引用されているように、「負けた国は百年起てない」のでしょうか。

三根生 国家とは何か、国家として最も大切なものは何かと問われた時に、明確に答えられる教育をすることだと思います。ナショナリズムの発現は独立国家として健全なことだと、子どもの頃から教えるべきではないでしょうか。

― しかし、日本全体に健全なナショナリズムの意識がなくなっていますね。長期に国の存続を図るための国家観・国防観などが決定的に日本には不足しているのではないでしょうか。

三根生 その通りだと思います。

― 国防に関して決定を先のばしにし、政治と国防について論じることをタブー視してきたことのツケでしょうか。

三根生 そうです。政治家も国防や安全保障は票にならないから選挙で謳わない、有権者も関心すらありません。国防の真の意義が理解されていないために、国民に国防に対するコンセンサスができていません。
 「負けた国は百年起てない」という歴史の教訓さえ、日本の中で認識されてこなかった事実が、ただ漫然と「まやかしの平和」に浸かるだけの日本をつくったのだと思います。

― 敗戦を終戦と言い、占領軍を進駐軍と言い、日本人はこの半世紀事実を直視してきませんでした。

三根生 敗戦の事実を自ら認め、次の時代へ進むための反省材料や指針を、アメリカ占領軍がもぎ取ってしまったとも言えます。

― 戦争責任は東京裁判で裁かれたA級戦犯にあるのであり、国民は暴走した軍に翻弄された被害者であるとしてしまったことにも問題がありますね。日本人は今、目の前にある事象に一喜一憂するのみです。

三根生 「負けた国は百年起てない」の教えからすれば、戦後半世紀の日本は折り返し地点にいます。しかし、折り返してどこに行こうとしているかが見えません。

― 亡国の危機再びですね。アメリカのペンタゴンが暴走しない理由はどこにあるのでしょうか。

三根生 アメリカがシビリアンコントロールの原則を徹頭徹尾貫いているからです。ペンタゴンでは、わずかでも軍国主義的な思想を持った上級将校を決して勤務させません。また、統合参謀本部を構成する陸海空の参謀総長と海兵隊司令官は、国家安全保障会議での発言を許されていません。シビリアンコントロールが厳格に制度化されているのです。

― ルールの守り方が明確なアメリカに対し、観念論が先行し、制度も形骸化しがちな日本では、シビリアンコントロールは不可能な気さえします。

三根生 シビリアンコントロールを行うためには、軍の舵取りをする政治家がそれなりの器量を備えていなければなりません。しかし、国民の政治不信と教育の荒廃が甚だしい今、政治家が健全な指導で国民に国防のコンセンサスを求める状況にありません。独立国のあり方に関してあまりに無関心な、現代の日本人が哀れにも映ります。

― 歴史観や国家観、社会観、あるいは日本人が本来持つべき矜持を取り戻すまでには、ずいぶんと時間がかかりそうですね。
 本日はありがとうございました。


  




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