CCI

 9月号 No.662




新世紀への提言

遠藤守信
 信州大学教授 工学博士

 昭和21年生まれ。46年信州大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所を経て、信州大学助手、同大講師、助教授、平成2年同大教授。
 グラファイトファイバーからカーボンクラスターに至る広範な炭素体とニューセラミックス等の先端新素材を主たる研究対象としている。その研究成果は世界的に著名で、炭素の科学と技術の広範な分野に及ぶ。各社が事業化を展開。

  


ナノテクが日本の産業を救う、
長野の街を変える。


 髪の毛の数万分の一の細さで、鉄より強く、電気や熱の伝導率も著しく高い新素材「カーボンナノチューブ」が世界的に注目されている。構造の解明や実用化で日本が世界をリードする、ナノテクノロジー(超微細技術。ナノは一〇億分の一の意味)の権威で、国際的に活躍している信州大学工学部の遠藤守信教授に話を伺った。
 遠藤教授が抱く日本のものづくり、街の風景やライフスタイルをも変える二十一世紀の技術、そして新しい知の府を核としたユニークな中心市街地活性化構想などの夢について語っていただいた。



日本のものづくりは今まさに黎明期。

― ご専門のナノカーボンについては後ほどお聞きすることにしまして、まず日本のものづくりについてお伺いします。経済が不振なために、ものづくりはすべて駄目、日本の技術はすべて駄目といった会話が、当たり前のように交わされています。研究者のお立場からどうお考えですか?

遠藤 日本人の自信喪失は産業・経済の表面ばかり見た根拠のないものだと思います。日本のもっている実力は極めて高いのです。日本の国土は世界の陸地面積のわずか〇・三%で、世界第二位、十六%ものGDPシェアをもっています。
 経済停滞の原因のひとつは、二十世紀に開発された科学が陳腐化し始めた点にあります。デパートや家電店へ行っても、お父さんが家族のために懸命に働いて購入し、家族が大喜びする商品がもうないのです。いつの時代にも、国民の購買意欲を大いにかきたてるような新商品が生まれるベースには、必ず新しいサイエンスがあります。新しいサイエンスが新しいテクノロジーを生み、そこから画期的な商品が生まれてきたのです。

― 今はそのテクノロジーがない時期なわけですね。

遠藤 ええ。かたや、中国などアジア諸国は日本から一足遅れで二十世紀のサイエンスから生まれたテクノロジーの恵みを、産業界も消費者も今享受しています。冷静に考えれば、価格競争して競合しても勝目はなく、むしろそういった技術は工業途上国にどんどん移譲してこそ日本の評価も上がります。
 しかし、日本には新しいサイエンスが芽生えています。同じサイエンスが根付くのに、アジア諸国ではあと十年、二十年かかるでしょう。今まさに日本は新しい科学をベースとしたテクノロジーを生み出すチャンスなのです。現在、経済の底力が残っているうちに、日本の産業はぜひとも新しいステージに移行すべきです。実際に大学や先端企業の一部では、次なるステージへのサイエンスが確立しかかっています。これをいかにテクノロジーに転換するか、新商品に転換するか、しかもどれだけスピーディにできるかが重要です。

― 確かに産業革命以降、自動車が生まれ、テレビが生まれ、世界の風景を変えるほどのテクノロジーが次々と現われました。しかし近ごろではこれまでの延長線上の改良技術が主体です。ところが、目に見えないところで日本には新しいサイエンスの蓄積があるのですね。

遠藤 長い夜を過ごしてきて、まさに夜明け前にいるのだと思います。日が昇るのはもうすぐです。

ナノテクで生まれる
三兆円の市場を長野に。


― 新しいステージに移行するための中核になるテクノロジー、その代表がナノテクノロジーですね。

遠藤 はい。日本におけるナノテクノロジーのポテンシャルは、アメリカと互角です。アメリカではこの五月にナノテクノロジーを財政支援する法案が成立しました。結果、向こう三年間、年間二千億円を投じてナノテクを開発していきます。二十世紀最大の所産である、半導体、バイオテクノロジー、ITが拓いた市場と同規模の市場が、ナノテクで拓くことができ、二〇五〇年にはアメリカだけで一二〇兆円に達するといわれます。

― これまでの延長線上にない、全く新しい市場ができるのですね。では、ナノテクノロジーは世界をどう変えていくのでしょう?

遠藤 ナノテクノロジーは普遍的に使える基幹技術です。さまざまな利用分野があり、たとえば現在マイクロエレクトロニクスで対応している分野では、アメリカ中の図書館の情報が角砂糖一個に収まるような半導体デバイスが二〇〇五年〜二〇一〇年には出てきそうです。他にも、ドラッグデリバリーシステムといって、小さなカプセルに薬を入れ、これを体内に埋め込むこともできます。カプセルが体内の状況を判断し、自動的に薬を出す仕組みです。インシュリン投与など、これまで定期的な治療が必要だった患者さんの生活の質を上げることにも役立ちます。さらに、安全な水や空気を得るためにもナノテクは利用できます。

― 応用範囲の広いナノテクの、日本での市場規模はどの程度になるのですか?

遠藤 二〇一〇年に約二七兆円といわれています。

― 自動車産業に匹敵しますね。

遠藤 その一割、およそ三兆円を長野にもってきたいと私は考えています。ナノテクは大きな工場設備も要らないですし、発想さえよければ小規模な企業でも世界に通用する技術を創出できます。今まで長野県の産業は繊維に始まり、精密、エレクトロニクスと歩んできました。次はナノテクノロジーをベースにした産業が根付けばと思います。

「より自然に」がナノテクの方向性。

― 耳の穴に入ってしまう携帯電話ですとか、喉につけるだけで自動翻訳できるパソコンがごく近い将来登場するのでしょうか。

遠藤 すでにそれは実用直前の技術分野です。例えば通信機能が一体化した腕時計型のパソコンも出ています。まだバッテリーがもたなかったり、機能が制限されていたりで不十分ですが、今後コンピュータは従来の小さな箱のイメージから、身につけるものに進化していくでしょう。
 その際に注目すべきことは、パソコンの処理能力とコストの問題です。二十世紀型のシリコンベースのコンピュータは、どれほど速くとも数ギガ(GHz)が限度です。国際電話で外国の人とタイムラグなしに、つまり翻訳というプロセスを感じさせない同時通訳機能を備えるためには、コンピュータは一〇ギガ必要です。現在の半導体技術でも無理をすれば不可能な数値ではありませんが、コストが高くなりすぎて、特定の人しか使えません。リーズナブルなコストで、こうしたコンピュータを普及させるために、かなりの部分でナノテクが使えます。二〇〇五年には実現するでしょう。

― 処理能力が飛躍的に向上するほかに、ナノテクによってコンピュータにどんな進化がもたらされるのですか?

遠藤 今のコンピュータはアナログの音声をデジタルに変換し、これを中央演算装置で計算し、必要な部分はメモリに記憶し、メモリとのやり取りをしながら、演算の結果を再びアナログに変換しアウトプットします。
 一方我々の脳について考えてみると、どこで変換し、計算し、判断しているか明らかにすることはできません。とにかく脳のなかでこうした作業をやっているとしかいえない。ナノテクノロジーも同様に、厳密にどこがどういった役割を果たすというより、全体として成果を出す演算方式です。つまり「より自然に」というのが、ナノテクノロジーの方向なわけです。

― 学習能力もあると聞きますが?

遠藤 おっしゃるとおり。学習機能や判断機能をもつ人間の脳の中と同じように、より人間に馴染みやすいシステムになります。したがって、これまで以上に感情や心理を判断できるようなコンピュータとなり、インターフェースもバリアフリーで、お年寄りも抵抗なく使える時代が間もなくきます。

― インターネット上の翻訳ソフトは利用者が間違いを指摘すればこれを学習し、次第に進化していきます。ナノテクにより、こうした進化があらゆる場面で出てくるわけですね。

遠藤 訓練とか経験、体験等を取り込む人間の学習を、忘却や不注意なしに、もっと正確にもっと効率的にできますから、進歩は早いでしょう。さらにこうしたコンピュータは、情報をインプットすると、いわば人格が移り込んでいるようなものですから、使うにしたがって自分の体の一部と思えるようになります。もはや機械ではなくて、世の中をより快適に過ごすためのよきパートナーです。

― ヒューマンライクな関係を築けるという点が、ナノテクが「より自然」な要因ということですね。

遠藤 人間の尊厳や必要な心身の能力を落とさないようにサポートしてくれる、新しい時代の真に人に優しいコンピュータになるでしょう。

ナノカーボンが拓いたモバイルIT。

― ご専門のナノカーボンについてご説明していただけますか?

遠藤 物質を構成している究極の粒子は原子ですね。物質は原子が何十万個何百万個何千万個と集まってできています。原子の構成のされ方で別の物質にもなり、機能も変わってきます。人類はこれまで、すでにある物質の機能をいろんな分野に使ってきたわけです。
 原子の並べ方は神様が決めてくれたようなものなのですが、これを人為的に変えることによって、今までの次元にない機能をもつ材料が得られます。こうした新素材の応用の道を拓くのがナノテクノロジーの世界です。
 わたしの研究対象はカーボン(炭素)です。炭素の構造を原子レベルで調節してできたナノカーボンを使い、その応用技術を開拓しています。この分野で実際に量産できたものに、一ミリの百万分の一の太さのナノカーボンチューブや、やはり百万分の一ミリの粒(フラーレン)があります。

― ナノチューブや粒は何に使われるのでしょう?

遠藤 材料誘発型の技術革新ですので、今までにない商品ができます。例えば新しい世代の半導体デバイス、コンピュータのメモリ、レーザー発光ダイオード、先ほどお話したドラッグデリバリーシステム、将来的には燃料電池自動車など、幅広い範囲で応用できます。

― すでに実際に使われている例もあるのですか?

遠藤 みなさんよくお使いの携帯電話やノートブックパソコンのリチウムイオン電池です。これは世界に貢献する日本発の技術で、この分野のリチウムイオン電池は日本でほぼ一〇〇%製造され、その半分以上に私たちが開発した「遠藤ファイバー(ナノファイバー)」が使われています。

― カーボンナノファイバーを使うことの意味はどこにあるのでしょう?

遠藤 リチウムイオン電池はそのままですと充放電による膨張収縮で負極の材質によっては五十回程度しか使えません。しかし、カーボンナノファイバーを混ぜておくと、充放電可能な回数が七百回にまで増えるのです。
 そのほか上高地で走っている低公害のディーゼルハイブリッドバスにも使われています。ここでは鉛電池のローテクな性質を、ナノカーボンのハイテクで強化し、効率とパワーを両立させました。上高地の自然保護に信州大学遠藤研究室発の技術が貢献しているわけです。もちろんこれは、多くの参加企業の成果でもあります。
 さらに将来的には、ハイブリッド自動車や燃料電池自動車の蓄電器に用い、ガソリン車同等の加速性能を出すことも可能です。また燃料電池を使ったパソコンや携帯電話を開発すれば、百円ライター程度の容量のエタノールを一回充電するだけで、数か月動くようにすることも間もなく実現されそうです。

― 海外出張でもバッテリー切れの心配はいりませんね。そういえば、電池が軽くて高機能になったことが、携帯電話が爆発的に普及したきっかけでした。

遠藤 はい。まさに日本の技術が世界のモバイルITをつくりだし、その中間技術に私どもの研究が貢献しているわけです。

街のあり方や
ライフスタイルを変える技術。


― ナノカーボンは強度でも電気の伝導率でも優れていると聞きます。もっと目に見えやすい素材としての利用法にはどんなものがありますか?

遠藤 はい。初歩的機能としては、電気をよく通す、熱をよく伝える、機械的強度などがあります。熱伝導率のよさを利用すれば、物を冷やす、また料理に使うなど革新的な技術になります。強度でいえば、樹脂に混合して自動車の車体を軽くつくることもできます。カーボンナノファイバーを樹脂に混ぜる利点は、リサイクルのしやすさにもあります。この分野は現在アメリカのビッグ3(フォード・クライスラー・GM)がリードしていますが、長野県の半導体関連設備企業でも、大いに利用の可能性がある分野だと思います。
 さらに私どもの研究室でつくった充電器を使って、長野発のEサイクル(電動補助自転車)をつくり世界に出せば、かなり大きな市場を拓けるはずです。

― 遠藤研究室で開発したEサイクルに応用できる充電器にはどんな特徴があるのですか?

遠藤 まず充電時間が短いこと。従来何時間も費やしていた充電がわずか五〜一〇分ででき、これで二〇〜二五キロ走れます。充電器自体も軽いので、女性でも手軽に扱えます。例えばスーパーに買い物に行って三千円以上の買い物をしたら、スーパーの自転車置き場で、無料で充電できるようにすれば、この自転車は主婦層に圧倒的な支持を得るでしょう。軽自動車で移動するよりエコロジーでフットワークもいいです。もうひとつのメリットは電源に寿命がないことです。

― どうして寿命がないのでしょう?

遠藤 電池は化学反応を使っているため、時間の経過とともに電極が劣化しますが、これは物理的に電気を蓄えているので、数十万回使っても性能が落ちません。

― メンテナンスフリーという点も手軽さのポイントですね。

遠藤 手軽さとスピード感、それに機械だという違和感がなく使える自然さは、これまでの電動補助自転車にないクリーンなイメージのものです。

― こんな自転車が街にあふれたら、都市のかたちも変わってくるでしょうね。

遠藤 ええ。Eサイクルに乗るためのセンスのいいファッションも生まれると思います。
 車に乗って何でも郊外に出て行けばいいという自動車文明の時代が少し変わるでしょう。Eサイクルに乗って街の魚屋に行き、地元野菜を売る八百屋に行くといった具合に、ライフスタイルそのものも変わる。Eサイクルに乗ることがそのままファッションにもなるでしょう。しかも、消費者がこだわりをもった生活を送ることで、中心部の商店街も刺激され活性化するはずです。

大学を中心市街地に持ち込み活性化を。

― ナノカーボンの技術が街を変えるというお話が出ました。遠藤先生は「Cナノセンター」という街づくり構想を出されています。長野の街に描く先生の夢を語っていただければと思います。

遠藤 日本中どこでも中心市街地の空洞化が大きな問題です。私は今こそ中心市街地に教育研究機関をもってきて街を活性化したいと思います。「信州大学長野校」という発想で、大学が自ら市民との垣根を取り払い街の中へ出て行くのです。長野の中心市街地は文化都市の要素をたぶんにもっています。そこに大学を持ち込めば、教育の場としてもすばらしいことです。市民と学生がフェイス・トゥ・フェイスで会話を交わし、暮らしの中で教育が行えます。市民も学生も互いに感化し合う、シティライフに大学が溶け込んだ、言い方を変えれば大学のなかにシティライフが溶け込んだ、新しい街づくりができると思います。
 また、ベンチャーや企業の研究機関も集い、次の時代を担うテクノロジーを生み出していきます。弁護士や公認会計士などビジネスにおけるサポーターも集います。そのシンボル、中核研究機関として、ナノカーボンテクノロジーを研究する「Cナノセンター」があるという構想です。

― 街と大学が同化し、産学官の共同研究に市民を加え、中心市街地全体として、人を育て、新しい産業を育てるわけですね。

遠藤 長野は歴史的に寺子屋など市井の教育機関が対人口比で多く、これを支える地域住民の力とマインドが信州教育を育んできました。これは強力な社会の潜在力、インフラであり、地域の財産です。新しい建物をあえてつくる必要はありません。既存のもの、歴史的なものを有効利用し、長野発世界の技術を長野の知の府から発信できたらと思います。

― 現在の郊外はどうなりますか?

遠藤 実務的な研究機関、たとえばリサーチパークと位置づけることもできます。そして、市街地と郊外は無公害、低公害のハイブリッドバス、燃料電池バスや低床式路面電車で結びます。

― 街の中はEサイクルで走ると。

遠藤 長野の自然を保ち生かすことで、街並みも変わり、環境先進地としても世界に発信できます。新技術と教育、環境の三つを広く世界にアピールするチャンスであり、これはまたオリンピックレガシーの発展型なのです。

― これからは都市のなかで人と情報が混ざり合い、さまざまなアイデアや新しい技術が生まれると思います。その先駆けに長野市がなれたら素晴らしいと思います。
 本日はありがとうございました。

 

  





[会議所だよりトップに戻る] [長野商工会議所トップに戻る]

ご意見・ご感想を下記へお送り下さい
長野商工会議所  〒380-0904 長野県長野市七瀬中町276
電 話:026-227-2428/FAX:026-227-2758
E-mail:ncci@nagano-cci. or.jp

copyright