2021年9月号

View Point

松橋 賢一(まつはし けんいち)

東日本旅客鉄道株式会社執行役員長野支社長

昭和39年生まれ。京都大学工学部卒業、東京大学工学系研究科修了後、平成2年東日本旅客鉄道㈱入社、駅、車掌、運転士、指令などを経て鉄道の安全部門に長く携わる。同23年新潟支社運輸部長、同27年JR北海道安全推進部出向、同28年システム企画部長、同30年安全企画部長を経て、令和3年より現職。

善光寺御開帳を機に公共交通を利用する
 お客様の利便性をより高めることで
  長野のまちを元気にします

 善光寺御開帳が、長野商工会議所の請願により初めて開催されることを知り、長野にとっての一大イベントで長野商工会議所が果たす役割の大きさに敬意を感じています。善光寺御開帳に合わせ弊社も、北信濃MaaSの導入、長野駅への駅旅コンシェルジュ新設等新たな試みを用意しています。善光寺御開帳を機に、公共交通機関を利用するお客様の利便性を一層高めることで、長野のまちを元気にします。

 

長野への赴任は、
ご先祖に引っ張られたから?

── 6月22日に長野支社長に就任されました。

松橋
 会社に入って31年になりますが、これまで長野で仕事をするのも、住むのも初めてです。ただ、もともと父が長野市の生まれで、先祖の墓も県庁の裏あたりにありますので、長野市へは盆暮れの度に来ていました。本籍も長野市でして、今回の単身赴任の地としては新鮮味はないものの、妙なご縁を感じています。この職に就いたのは、ご先祖様に引っ張られたのか、はたまたご先祖様もびっくりしているのか、不思議な心境です。文字通り骨を埋めに来たのかもしれません。
 長野の皆様には、2019年の台風19号で北陸新幹線が浸水した際にはご不便ご迷惑をおかけし、大変申し訳なく思っています。当時私は、本社の安全企画部長として防災対応にもあたっていましたが、あの被害は正直予測できませんでした。その後、国土交通省河川事務所や大学の先生などと協議を重ね、39時間先までの流域降雨量予測に基づいて危険度を予測し計算し、車両の避難を支援するシステムを80箇所に備えました。今後リスク予測の精度を向上させる取り組みを継続的にやっていきます。また、河川事務所とはホットラインをつなぎ、常時顔の見える関係を築くことで、万一災害に見舞われた際に取るべき行動やその手順等について事前に検討してきました。

 

善光寺御開帳に向け
北信濃MaaSなど新たな試みを用意

── 来年開催される善光寺御開帳について、どんな思いでいらっしゃいますか。

松橋
 善光寺御開帳は、全国から数百万の人が訪れる一大イベントであることは以前から知っていましたが、長野商工会議所が善光寺さんに請願することで初めて開催されることはこちらに来て知りました。長野商工会議所が中心となって善光寺御開帳奉賛会を組織し、広報誘客活動など素晴らしい役割を担っていることに驚き、敬意を感じています。
 善光寺御開帳に際し弊社では、まず新幹線を中心として、お客様をお運びする足をしっかり用意し、開催期間中も安全・安定に運行することに緊張感を持って取り組みます。また、弊社も宿を含めた旅行のお手伝いもしていますので、お客様に喜ばれるおもてなしをご用意します。さらに、善光寺御開帳奉賛会が制作したポスターを、東京はじめ弊社エリア内に掲示して善光寺御開帳の告知に努め、一人でも多くの方に善光寺へお参りいただければと考えています。
 また、善光寺御開帳を機に、新しい試みも企画しています。その一つが北信濃MaaS(マース)です。従来、ある美術館へ公共交通機関で行こうとすれば、その経路を自分で調べ、交通手段も全部個別に手配し、支払いも各交通機関や目的地の美術館でその度に済ませていました。MaaSでは、目的地への交通サービスの経路検索や予約、交通費や美術館のチケットの支払い等が、スマホのアプリで一括でできることが理想です。来年4月のサービス開始に向けて現在準備中で、今年JRで実施している東北デスティネーションキャンペーンのノウハウも注ぎ込み、お客様に喜んでもらえる仕組みをつくります。
 長野駅のびゅうプラザは、今冬「駅たびコンシェルジュ」と名称を改め、長野へいらした方に、現地に来て初めて知る旅の仕方、楽しみ方を提案します。たとえば、来年は善光寺御開帳と同時期に諏訪大社御柱祭や穂高神社式年遷宮も開催されますので、長野駅を基点に信州をぐるっと回遊する旅なども積極的に紹介していきます。
 また、グループ会社のJRバス関東と連携して、予約なしでご乗車いただける定期観光バスを運行し、善光寺、戸隠、小布施等を巡るプランもつくります。さらに、長野商工会議所とも協力しながら、Suicaが使える店を長野の街中で増やし、ゆくゆくは在来線にも導入してMaaSとも連携させ、交通とまちの元気を取り戻したいと考えています。

 

コンパクトシティに向けた
話し合いの場を

── 長野市のこれからの交通のあり方、御社の役割についてお聞かせください。

松橋
 何より安全を確保することが大前提です。そのうえで、お客様にどう便利に乗っていただくかが課題です。一般に移動距離が300キロ以上だと、自家用車より新幹線の方が交通手段として優位だと言われる通り、東京─長野間約200キロの移動では、自家用車を使う人が半分以上です。特に東京から長野に来る場合、駐車場の心配がないため自家用車のシェアはより高まります。これに対し、公共交通機関の環境性能をアピールしつつ、長野電鉄やしなの鉄道、アルピコ交通と連携して、先ほどお話しした北信濃MaaSのように、県外からの来訪者がより利用しやすい交通手段のあり方を模索します。また、駅や停留所から目的地に至るまでのラスト・ワンマイルをどうするかという課題に対しては、各地で進むシェアバイクの実証実験で得たノウハウを長野にも導入できるのではないかと考えています。
 一方、地域にとっての交通という面では、パブリックな仕事に携わる弊社にとって路線の維持は重要な責務であり、赤字だからといってすぐに止めることはありません。現実問題としても、通勤で使われている電車をすべてバスに置き換えることは不可能ですし、長野のまちは、鉄道がないとまちとして成立しないと思っています。列車の利便性と運行の効率性も一生懸命高め、もちろん安全を確保して列車を動かし続けます。
 ポストコロナ社会への対応としては、すでに佐久平駅に設けた貸事務所「ステーションワーク」を長野駅のMIDORIの中にもつくり、移動の便を確保しながらテレワークもできる環境を整えます。軽井沢では新幹線とプリンスホテルでのワーケーションをセットにした提案をしています。働き方の多様化により今後長野県へ移住する方も増えると予想されますので、そうした方に向けたサービスのあり方も検討しています。
 ところで、まちの機能を集約させたコンパクトシティができると、公共交通機関も維持しやすく利便性も高まります。そこに住む方にとってのまちの魅力も増し、地域が活気づくのではないでしょうか。長野商工会議所も目指すところは同じで、JRとWin‐Winの関係を築けると思います。今後行政や他の公共交通機関を担う皆さん、地域でご商売をなさる皆さんとともに、明日の長野のまちづくりについて一緒に考える機会ができたらと願っています。長野商工会議所さんには、ぜひその接着剤のような役割をお願いできればと思っています。
 最後になりましたが、2023年度末に北陸新幹線が福井県の敦賀まで延伸します。長野から福井の観光地へのアクセスが良くなりますし、逆に福井や京都、大阪から長野へお見えになる人も増え、新たな流動が生じます。そういうチャンスが3年後に来ることにどうぞご期待ください。

 

松橋 賢一さんの横顔
休日時間が取れると、輪行(自転車を電車やバスなどに載せて移動)で近代の産業遺産を巡り、往事に想いを馳せる。近くでは、善白鉄道跡や信越本線のトンネル跡、長野電鉄屋代線跡などを訪れた。


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