2020年9月号

View Point

若麻績 享則(わかおみ たかのり)

善光寺寺務総長・淵之坊住職

大正大学大学院修士課程修了。長野青年会議所理事長、長野市PTA連合会会長、スペシャルオリンピックス日本・長野理事長、善光寺保育園園長などを歴任。現在、長野女子短大非常勤講師を務める。

延期となった1年を十分な準備に充て
 地域の皆様のご期待に応えられる
  明るい善光寺御開帳にしてまいります

 善光寺御開帳が1年延期になりましたことを大変心苦しく思っております。この1年の間に皆様が安全・安心にご参拝いただけるよう万全を尽くします。
 善光寺は長野商工会議所をはじめ地元の皆様に支えられて、ともに歩んできた寺です。これからも善光寺信仰の尊さ、文化歴史的価値、門前町との一体感など、変わらぬものを守り続けながら、地域の皆様とともに歩んでまいります。

善光寺御開帳延期決定まで続いた
悩ましい日々

── 善光寺御開帳の延期が決まりました。寺務総長はどんな思いでいらっしゃいますか。

若麻績
 6月2日に開かれた善光寺代議員会において善光寺御開帳の1年延期が正式に決定しましたが、これに至るまで非常に悩ましい日々が続きました。
 4月に私が寺務総長に就任する以前の3月から、コロナ禍が急激に悪化し、社会全体がまさに劇的に変化しました。当時は、まず目の前の状況にどう対処するかで苦慮していました。春は、1年のうちで最も参拝される方が多い季節です。毎年お見えになる方、一度は善光寺に参りたいと心待ちにされていたご高齢の方、生まれて初めて来られる赤ちゃんなど、たくさんの方がいらっしゃいます。緊急事態宣言が出されるなか、善光寺としてどんな対応ができるのか、とても悩みました。御開帳のことは頭にあったものの手を付けられる状況になく、4月以降、善光寺では御開帳に関する会議が開けませんでした。
 一方、御開帳奉賛会会長の北村会頭をはじめ、ご担当の皆様とは事前に意思疎通を取りながら、連休明けに奉賛会・回向柱寄進建立会・善光寺の3者で現状を確認する話し合いを持ちました。そこで認識を同じくしたのは、このままでは御開帳開催は厳しい、ということでした。懸念したのは次の2つです。まず広報活動などの準備に十分な時間が割けるかという点、もう一つは期間中の安全・安心の確保の点です。前者については、回向柱に関わる諸々の儀式の開始を判断するギリギリのタイミングでした。
 そもそも善光寺は如是姫を疫病から救った阿弥陀如来様に始まった寺なのだから、コロナ禍の今こそ御開帳を開催すべき、とのご意見も理解できます。また、来年の御開帳を励みに日々を過ごされる方の思いに立つと本当に申し訳ない気持ちです。様々な葛藤があるなか、私どもがいちばん意識したことは、57日間の御開帳が明るい御開帳であること、そして地域の皆様の期待に応えていける御開帳にしなければならないということでした。

 

善光寺と長野経済界は
持ちつ持たれつの関係

── 善光寺と長野商工会議所との関わりについて、どうお感じになられていますか。

若麻績
 善光寺御開帳は、長野商工会議所をはじめ地域の支えがあって初めて叶うもので、善光寺だけではできません。御開帳をする寺は全国に他にもありますが、善光寺におけるような経済界と寺との関係が存在しないため、御開帳が長野のように大きなお祭りにならないのです。善光寺が地域の皆様に守られ、支えられている寺であることをつくづく感じる次第です。
 長野経済界と善光寺が、いわば持ちつ持たれつの関係を築けたのは、善光寺が無宗派の寺であること、庶民の寺であること、そして出開帳を盛んに行ってきた歴史に由来します。出開帳をすると長野のまちは空っぽになります。天保3年(1832)の出開帳の頃、小林一茶が「秋風や如来お留守の善光寺」と詠んだ通りです。地元が閑散としては困るから長野で御開帳をやってくれ、というやり取りがここから始まりました。次いで明治39年(1906)には御開帳共賛会(奉賛会の前身)ができます。そして現在、長野商工会議所会頭である奉賛会会長の請願を受け、御開帳を開催する形になりました。
 地域が善光寺に寄せる期待が大きいことをその歴史が物語っています。これほどの門前町が形成できたのは、寺と町、聖と俗が渾然一体だったからです。善光寺には塀がなく、24時間いつでもお参りできます。そこに長野駅まで通じる軸線が1本通っています。その脇に権堂や善光寺七小路に代表される小路が横へ広がっています。
 こうしたまちの構造に加え、まちの再生力が高いこともこの門前町の特徴で、外から来た人も快く迎え入れる素地があります。善光寺が老若男女に愛される無宗派の寺であるように、まち自体が善光寺信仰形態と似て、開放性、寛容性を備えています。地域の皆様には、ここが日本一の門前町であるとの矜持をぜひ持っていただきたいです。

 

不易流行を旨として
世界文化遺産登録を目指す

── これから善光寺は、地域とどんな関係性を持って歩んでいくのでしょうか。

若麻績
 短期的には御開帳のようなまちと一体となったイベントをしっかりと行いながら、地域の皆様とともに歩んでいきます。
 中長期的にも皆様とまちの繁栄を目指していくとともに、門前町と寺の価値を高め未来へ伝えるために、世界文化遺産登録を視野に入れています。これは長野オリンピック後から考えられてきたことですが、国際化が当たり前となった今、不易流行を旨とし、永遠に変わらないものを忘れず、また同時に新陳代謝を促す新しさや変化も取り入れていきます。登録への道のりは決して容易ではありませんが、高いところに目標を置き、あるべき寺づくり、まちづくりに向け今日の一歩を皆様と踏み出すことが大事です。
 改めて善光寺と門前町の不易な部分とは何でしょう。その根幹は、直接仏様と一体になれるという善光寺信仰の姿です。御開帳のシンボルは、前立御本尊様と一体となる回向柱です。そうした信仰のあり方とともに、善光寺境内や宿坊など、伝統的建造物群に代表される和文化も不易なものの一つです。
 その信仰へ寄せる思いや門前町が持つ「場の力」は、人々の心を癒やします。様々な苦しみや悲しみを抱えて善光寺を訪れ、それらをここへ置いて代わりに力を蓄え、晴れ晴れした顔で各々地元へお帰りになります。それゆえ私の宿坊でも、悩みを抱えた方のお話を聞いて差し上げることが救いになればと願い、お客様との対話を大切にしています。そうしたおもてなしの心はこの門前町がずっと育ててきたソフトの力でもあります。
 また地域の方にとって善光寺は、生活に密着した寺として、日々の心の拠り所として存在します。その庶民性やあらゆる人を受け容れる多様性といったものも、善光寺と門前町を語るとき欠くべからざる要素です。
 善光寺御開帳までにできた1年の時間は、善光寺の不易流行について見つめ直す機会であるとプラスに捉えています。併せて、安全・安心な参拝のための施策に万全を尽くしてまいります。皆様が翌年元気にお参りできますことを、心よりお待ちしております。

 

若麻績享則さんの横顔
国内外の世界遺産など文化財巡りやまち歩きをする。休日は孫娘たちに遊んでもらうそう。


ページ: 1 2