2019年12月号

View Point

松本 透(まつもと とおる)

長野県信濃美術館長

1955年生まれ。京都大学文学研究科大学院(修士課程)修了後、東京国立近代美術館に勤務、2008-16年同館副館長。長野県県民文化部・信濃美術館整備担当参与を経て、2018年4月より現職。

 

東山魁夷館のリニューアルオープンを機に
 地域の皆さまとの双方的な会話を心掛け
  広く活用いただける美術館を目指します

 リニューアルした東山魁夷館は、エレベーターを増設して自然な動線をつくるなど、より快適な鑑賞環境を整えました。また、善光寺御開帳の年にオープンする信濃美術館の新しい本館は、国宝や重要文化財なども展示できる公開承認施設認定を目指します。県民の皆さまには、ぜひ美術館へ足を運んでいただき、ご要望やご意見をお気軽にお寄せください。皆さまに広くご活用いただける美術館を心がけてまいります。

来館者にとって
快適な鑑賞環境を整備

── リニューアルオープンした東山魁夷館について、どんな点が変わったかお教えください。

松本
 一言で申し上げますと、来館者にとって快適な鑑賞環境を整えたことです。まずエレベーターを1つ増設しました。これまで2階ギャラリーを観て1階に降りるには、エレベーターがあった場所まで戻らないとなりませんでした。改修により、絵をご覧いただいた後、そのまま新設のエレベーターで1階に降り、水庭に面したラウンジに出ていただけます。動線がシンプルになり、鑑賞から休憩までの流れが自然になりました。
 当館の設計者である谷口吉生先生は、美術館は展示作品にとって額縁のような存在であるべきだとおっしゃっています。あくまで主役は額の内側の作品であり、建物は黒子であるという意味です。1階ラウンジにもその方針が貫かれており、絵を観た後の時間をゆったりと過ごすのにとても良い空間です。今も日差しを受けた水面が風に揺れ、その光は水辺の天井に映って戯れているでしょう。絵の鑑賞によって時には興奮したり上気した心を、鎮め安らげるのに最適な環境です。今回の改修でも、谷口先生はそういった点に留意してくださいました。東山魁夷先生の絵を主役と考え、動線を改めることにより、美術館でのひとときをより快適に過ごしていただけるように、空間的・時間的舞台装置を洗練させました。
 設備機能面ではトラックヤードを新設しました。開館当初は、あくまで当館のコレクションを展示することが目的でしたが、東山魁夷作品はご本人がお亡くなりになった後も非常に人気が高く、他館への貸出や他館からの借用の機会が増えています。そのため、こうした業務に対応する必要が生じてきました。例えば、先生の唐招提寺御影堂障壁画は、現在御影堂が改修工事中のため、3年前から年2回、全国各地の美術館で展覧会が開催されています。こうした折には当館で収蔵している先生の習作や下絵、スケッチを多数貸し出しますので、トラックヤードの完成で業務が非常にスムーズになりました。
 他にも、ライティングシステムをLEDにしたり、作品収蔵庫を拡張したりいたしました。設計当初の基本コンセプトは変えずに、外壁や水庭もきれいにクリーニングしています。東山魁夷館は1990年設立の開館ですので、来年で30年を迎えます。今回のリニューアルは良いタイミングであったと思います。

画家が絵を制作する「道」を
鑑賞できる美術館

── 改めて東山作品の魅力をお伝えいただくとともに、今回のリニューアルにあたり読者へメッセージがございましたらお願いします。

松本
 東山先生の風景画は、日本の自然について、日本人の誰もが心のなかで共有している面と、それを揺るぎない1つの構図にまとめている面の2つを兼ね備えています。高山の風景も樹林の風景も湖の風景も、先生の絵を一度観たら忘れられないのは、非常に完成度の高い画面構成にまとめていらっしゃるからですが、それらは実際にどこかで目にし得るような、また実際に見たことがあるような風景でもあります。新鮮な新しい風景としての側面と、どこかで見たことのあるような風景としての側面の両方をもっているのではないでしょうか。先生は、日本人が瞼の裏で、あるいは心の底で思い描く日本の自然、日本の故郷を凝縮して、透明度の高い形で一幅の絵にされています。そこが東山作品の魅力なのだと思います。
 信濃美術館が東山魁夷先生から最初に作品をご寄贈いただいたのは1980年代末のことで、その時点で先生のお手元にあったすべての作品を頂戴しました。現在、当館には960点あまりの作品があり、うち本作は34点です。それらのなかに本作のための習作、下絵、スケッチがたくさん含まれていることが、当館のコレクションの特徴になっています。
 先生の完成作はどれも、色数を絞り、形の上でも無駄のない堂々たる構図にまとまっていますが、最初はすべて1枚のスケッチから始まっています。制作過程には始まりの閃きがあり、それをスケッチに起こし、次いで下絵や習作を重ねながら構図をまとめていく作業があります。先生の代表作「道」をご存じの方も多いかと思いますが、1点1点の絵を描く行為の中にもいわば1本の道があるわけです。つまり当館は、画家東山先生が絵を画く時に歩まれた道筋を鑑賞することができる美術館だといえます。そんな点を心に留めていただきながら、ギャラリーを回っていただくとよろしいかと思います。
 先生にとってご自分の生まれ故郷でもなく、お住まいになったこともない長野県に作品を寄贈されたのは、当地へスケッチ旅行に度々来られ、ご自分の芸術上の故郷は信州だと思ってくださったからです。下絵やスケッチの中には、南から北まで長野県各地を描いた作品がいくつも含まれていますので、ぜひお楽しみください。

信濃美術館新本館は
国宝展示も可能に

── 2021年には、信濃美術館も新しい本館ができます。こちらも楽しみにしています。

松本
 現在、リニューアルオープン後1年目2年目の展覧会プログラムを組むなど準備を進めているところです。善光寺御開帳のある4月からは、開館記念の展覧会のほか、ふるさと納税制度による寄付金の募集を行っている映像作品や「触れる美術作品」などの展示を予定しています。また新しい本館は、国宝や重要文化財などを展示するのにふさわしい公開承認施設の認定を目指しています。承認施設認定によって、国宝・重文級の重要な歴史的な作品もご覧いただけるようにいたします。どうぞご期待ください。たくさんの皆さまのご来館をお待ちしております。
 そして、美術館にお見えになられましたら、それぞれの立場からお気づきになったことやご要望をぜひお聞かせください。美術館にいらっしゃる方には、会社経営者や会社勤めの方もいれば、小中学生や大学生もいます。ご高齢の方、小さなお子様を育てている最中のお母さん、身体の不自由な方もいらっしゃいます。一人ひとり美術館に望むものが違うと思いますので、それぞれのご要望や意見を聞きながら、この美術館を育てていきたいと思っています。
 土日などに図書館へ行くと、家族連れの方も含め皆さまが図書館を「使っている」な、という感じに見えます。それに比べて美術館というところは、地域の皆さまにとって敷居が高いのかもしれません。これまで美術館といえば、作品を集めて展示するのが役割であり、「作品を見せる人」としての美術館員と「鑑賞する人」としての来館者の間に一方通行的な関係しかありませんでした。
 美術館が県民や観光客の方々にとって「活用するもの」になったら、もっと地域に根を下ろした、活力のあるものになるでしょう。今後当館では、作家の方々による公開制作や来館者参加型の学習プログラムを企画したり、フリー・ゾーン内の「触れる美術」のためのギャラリー、アートライブラリー、レストランなどをご利用いただいたり、双方向的なコミュニケーションを心掛けてまいります。そうして美術館の多様な活用の可能性を開いていきたいと思っています。

松本 透さんの横顔
美術史の研究者ですが絵を画けず、音楽が好きだけれど楽器が弾けず、食事が好きだけれど調理ができない。休日は観て聴いて食べて読んで、あとは寝ています。


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