2018年10月号

人きらっとひかる

松井須磨子と『カチューシャの唄』を
地域発展、そして幅広い文化交流の糸口に

『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会 会長
松井須磨子没後100年記念事業実行委員会 実行委員長

祢津 栄喜さん

 日本の女優のさきがけといわれる松井須磨子は、長野市松代町の出身。また、彼女が舞台で歌った『カチューシャの唄』は、日本の歌謡曲のさきがけといわれます。この歌に縁のある4つの都市、長野市・中野市・新潟県糸魚川市・島根県浜田市の市民による文化交流をご存じでしょうか。『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会会長の祢津栄喜さんに、交流への想い、そして継続への情熱を語っていただきました。

『カチューシャの唄』を縁に
「知音」の交流

 『カチューシャの唄』は、劇団芸術座が1914(大正3)年に初演した演劇『復活』(トルストイ原作)の劇中歌として発表されました。
 企画したのは、芸術座の主宰者で演出を手がけた、元早稲田大学教授の島村抱月(島根県浜田市=旧金城町出身)。抱月は自ら1番を作詞し、2番から5番は詩人であり学者・評論家、そして抱月の教え子だった相馬御風(新潟県糸魚川市出身)が作詞しました。作曲は、「日本のフォスター」といわれた中山晋平(中野市出身)が手がけ、作曲家としてデビューします。そして、劇中でヒロインを演じながら歌ったのが、人気女優であり、抱月と恋愛関係にあった松井須磨子(長野市松代町出身)でした。
 抱月が日本で初めて取り組んだ劇中歌の試みは大ヒットし、劇場は連日大入り。『カチューシャの唄』も流行歌として一世を風靡します。
 この4人の出身地の市民たちが続けている文化交流が、「『カチューシャの唄』知音都市交流」です。「知音」とは、中国の故事に基づく熟語で、互いに心をよく知り合った友だち、親友を意味します。
 「たまたま音楽が縁ということもあり、『知音』の語に皆が共鳴したのでしょう。各都市が持ち回りで当番を務め、親しく行き来する関係が29年にわたって続いています」と、『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会会長の祢津栄喜さんは話します。

日本の女優の先駆者
松井須磨子を顕彰して

「松井須磨子没後100年記念事業」で実行委員長として挨拶する祢津栄喜さん
 祢津さんは長野市松代町出身、在住。松井須磨子(本名/小林正子)の生家である小林家とも交流があり、以前から墓石や歌碑をつくることに尽力したり、追善供養を支援したりしながら、日本の女優の先駆者である須磨子の顕彰に努めてきました。
 『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会の会長となってからは、ほかの3都市の方々に長野の文化を伝える一環として、松代の魅力や須磨子の存在をアピールし続けています。
 長野市が当番年となった今年は、折しも須磨子の没後100年直前。多くの市民や団体と協力し、7月に「松井須磨子没後100年記念事業」を実施しました。須磨子をテーマにした講談や、松代町出身の横田英(後の和田英)を主人公とした映画「紅い襷〜富岡製糸場物語〜」の上映会などが盛況のうちに幕を閉じています。
 「松井須磨子って誰?という人が、地元松代でも多くなっている時代だけに、非常にいい機会になりました」と、祢津さん。「女優としてだけでなく、女性の地位向上にも貢献した先人として、今後も顕彰していきたいと考えます」。 

4都市の交流で深まる
文化、人、心の交流

 『カチューシャの唄』をきっかけに始まった4都市の交流は、中野市の当番年となる来年、30周年を迎えます。その間、毎年各都市から数十人規模の人々が当番都市に集まり、伝統文化などを共有し、交流を深めてきました。
 「地域ごとに異なる文化を体験することは、実に意義深いですね。視野が広がります」。
 また、糸魚川市の大火(2016年糸魚川市駅北大火)や、浜田市の水害(2017年島根県西部豪雨)に際しては、心を込めて義援金を送りました。4都市はまさに「知音」の関係といえそうです。
 ことに松代の秋を彩る「松代藩 真田十万石まつり」には、毎回3都市の代表が行列に参加しており、交流の深さが窺えます。今年も、10月7日㈰の「松代藩 真田十万石行列」に「カチューシャの唄隊」を編成。抱月・御風・晋平・須磨子や劇団員などに扮した各市民が登場する予定です。足を運んでみてはいかがでしょうか。
 

組 織 名 『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会
設  立 1990(平成2)年
業務内容 『カチューシャの唄』ゆかりの人々の出身地である長野市(女優)・中野市(作曲家)・新潟県糸魚川市(作詞家)・島根県浜田市(演出家)が親しく交流する文化ネットワークの長野市の拠点
所 在 地 長野市松代町松代1361 長野商工会議所松代支所内 TEL 026-278-2534(代表)

長野市松代町出身。長野市議会議員時代の1995(平成7)年、当時の塚田佐長野市長の要請を受け、『カチューシャの唄』知音都市交流ながの市民の会会長に就任。2019(平成31)年1月に松井須磨子没後100年を迎えるにあたり、松井須磨子没後100年記念事業実行委員会の実行委員長としても活動。今年の7月27日㈮には、都市交流の当番年に合わせて、「松井須磨子没後100年記念事業」を盛大に開催した。


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