2016年1月号

人きらっとひかる

充実の出会いがある
総合的な文化エリアを目指して

金澤 茂さん
ホクト文化ホール(長野県県民文化会館) 館長

 ホクト文化ホールの館長・金澤 茂さんは、日本のトロンボーン演奏の第一人者。東京交響楽団で主席トロンボーン奏者として活躍後、楽団の経営に手腕を発揮してきました。長野の芸術・文化の振興を支える頼もしい存在として、金澤さんの音楽家としてのグローバルな目線、そしてマネージャーとしての豊かな知見に期待が寄せられています。

音楽家としての原風景を
感じる環境に身を置いて

 「原風景を持つか持たないかで、音楽表現はまったく違ったものになる」。幼少時から音楽家を志し、音楽の道一筋に歩んできた金澤茂さんは明言します。「ベートーベンも、ブルックナーも、モーツァルトも、生み出した数々の楽曲の背景には、彼らが愛した風景が息づいています」
 トロンボーン奏者として国内外で長く活動を続けてきた金澤さん自身の原風景は、高野辰之が作詞した唱歌の情景。歌が大好きだった子ども時代から繰り返し歌い、音楽家への道を踏み出す力ともなったのが、「故郷」「春の小川」などに登場する日本の叙情的な風景でした。
 ホクト文化ホールの館長に就任したのを機に生まれて初めて長野に居を移し、唱歌の歌詞そのままの景色が広がる豊野の山あいに暮らすようになったことに、金澤さんは「不思議な縁を感じずにはいられない」と、感慨深げ。農村の四季の美しさや地域の人々との交流を楽しみながら、日々、長野の芸術・文化の振興に思いをめぐらせています。

音楽は人間性そのもの

1991年10月、国連総会の「国連デーコンサート」での東京交響楽団の演奏の様子(ニューヨークの国連本部ホール)。金澤さんは首席トロンボーン奏者として演奏

 金澤さんは国立音楽大学を卒業後、1971年に東京交響楽団に入団。四半世紀にわたりトロンボーン奏者として活躍しました。学生時代も、プロとなってからも、一途に貫いてきたのは、技術や音楽性を高めるための努力でした。
 トロンボーンは、主として主旋律に対応するハーモニーを奏で、楽曲の屋台骨を支える役割を担う金管楽器です。構造がシンプルなだけに、演奏者の技量と感性が音にストレートに反映します。金澤さんは孤独な努力を続けながら演奏技術を磨き続けました。一方、経験を重ねれば重ねるほど生まれてくる技術的、音楽的な疑問に、行く手を阻まれるような思いも感じていたといいます。
 団員となって5年目、文化庁からの派遣で留学したウィーン国立音楽大学での出会いが、演奏家としての金澤さんに大きな変化をもたらしました。2年間にわたり師事したウィーンフィルのプロフェッサーが、すべての疑問に耳を傾け、解決法をメソドとして伝授してくれたのです。金澤さんはヨーロッパと日本の音楽教育の違いを痛感するとともに、「音楽は人間性そのもの」「楽器は吹くものではなくうたうもの」という師の教えに深く共感します。
 この経験が、日本を代表するトロンボーン奏者である金澤さんを支え、立場を変えて音楽や芸術の振興に携わる、その後の活動の根幹ともなっていったのです。

心に残る体験や出会いを
楽しめるエリアに

2011年7月、中国・大連市の「大連夏季国際芸術祭」に招かれた東京交響楽団。エグゼクティブマネージャーとして登壇した金澤さん

 長野県で県民文化会館が館長を公募することを知り、金澤さんは自ら応募。楽団経営を退いた翌年の2012年から、ここホクト文化ホールの館長となり、新たな夢を育んでいます。それは、多くの人を収容できる音響に秀でたホール、芝生や木々が美しい広大な公園、県内有数の情報量を備えた図書館が隣接する環境を生かし、心に残る体験や充実した出会いを経験できるエリアとして定着させていきたいという夢です。
「私の目から見て、この一帯の環境は実に素晴らしい。ところが長野に暮らす皆さんの多くが、それに気づいていなかったり、十分に享受していなかったりするのが惜しいですね」。特に子どもたちには、ここで年1回でもいいから心に残る体験を繰り返し、健全な成長の糧にしてほしいと目を輝かせます。
 一見、敷居が高そうな芸術・文化が、実は誰にとっても身近な存在であることに気づいてもらうため、金澤さんは「食」にも注目しています。「“食と芸術”が、入口の一つになるのではないでしょうか」。信州各地に、まだ埋もれているおいしいものを掘り起こす楽しみもその一環と、楽しそうに語る金澤さん。エリア一帯をたくさんの人々が笑顔で行き交い、音楽、美術、演劇、読書、そして食や語らいを楽しむ、そんな情景の実現を願わずにはいられません。

 

事業所名:一般財団法人 長野県文化振興事業団ホクト文化ホール(長野県県民文化会館)
設  立:1979(昭和54)年9月
開  館:1983(昭和58)年4月
業務内容:指定管理者指定を受けた長野県内の文化施設の一環として管理運営および芸術文化の振興などにより県民の文化向上に寄与している。ホクト文化ホールは県内3館ある県民文化会館の最初の館。2009(平成21)年からネーミングライツにより現名称に。ホクト文化ホール概要/大ホール2,173席、中ホール1,070席、小ホール300席(移動式)
所在地:長野市若里1-1-3 TEL 026-226-0008
URL:http://www.n-bunka.jp/

宮城県出身。少年時代から音楽家を目指し、国立音楽大学で器楽(トロンボーン)を専攻。東京交響楽団の主席トロンボーン奏者として活躍し、1994(平成6)年より同楽団のエグゼクティブマネージャーとして経営に携わる。2012(平成24)年よりホクト文化ホール館長。出身地の宮城県加美町の中新田バッハホールアドバイザー、宮城県大崎市おおさき宝大使も務める。長野市豊野の古民家に在住。


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