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長野の煙火の歴史は古く、江戸時代から盛んであったと伝えられています。そのひとつとして、権堂村(今の権堂町)の遊女屋が、遊客を誘う一法として煙火大会を催し、これが当たって近隣近在から見物人が押しかけ、大変な賑いであったそうです。
当時の記録によれば「商店、旅館の繁昌は云うばかりでなく料理屋、飲食店は客で充満し、遂にはどこへ行っても芋の煮ころがしひとつ買うことの出来ぬほどの盛況を呈せり」と、賑いのすごさが記されています。 |
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長野のえびす講は、長野市岩石町にあります西宮神社の御礼祭日で、11月18日から20日に商売繁盛・五穀豊穣・開運招福の祈願の方々で大変賑やかに行われます。
昔はこのえびす講に合わせ、商店では大売出しを行い、周辺農家などから冬支度の買い物に来られるのが慣例になっていました。こうした中、明治32年(1899年)、街の有志たちが「長野市大煙火大会」と銘打って、「えびすの神」に誠意と感謝の意を表わすと共にえびす講の景気付けをしようと、朝から夜半まで七寸玉、五寸玉、三寸玉を打ち上げました。同時に全市商店大売出しをすると、人出で賑わい商店は大繁盛となりました。以来、毎年えびす講に花火を打ち上げることになりました。 |
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大正5年、長野商工懇話会主催の煙火大会で、日本で最初の二尺玉を打上げ世間をアッと驚天させました。
昭和3年の30周年記念には二尺玉七発をはじめ、尺の早打ち十発など大玉早打ちの先例をひらきました。戦時中、戦後の中断を経て、戦後復活の年から、主催は今の長野商工会議所と長野商店会連合会に移りました。 |
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すでに大正時代には、えびす講煙火大会は煙火師を厳選し、技術が未熟な者の参加を許さなかったことから、全国の煙火師にとって長野のえびす講煙火大会への参加は“出世煙火”とまでいわれるようになりました。
今日の煙火ばやりの時世においても、長野のえびす講煙火大会はその質の優秀な点で全国の王座を占めています。また、近年は全国屈指の煙火師を招いての新作花火コンテストもあり、ファンを魅了しています。 |
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世界の目がNAGANOにむけられ、また新幹線「あさま」の開業や高速道路の整備により、全国の煙火ファンが長野えびす講煙火大会を身近なものと感じるようになってきました。 全国でも珍しい11月の煙火大会。絢爛豪華な打ち上げ花火に加え、尺玉の大輪も澄んだ晩秋の夜空を彩り、花火評論家をして「一度はこの花火大会を見ておかないと」といわしめるほどになっています。 |
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明治32年から始まりました長野えびす講煙火大会が戦時中、戦後の一時中断がありましたが、皆様のご支援、ご協力により記念すべき100回を迎えることができましたことから、そのお祝いと周辺4町村の合併により誕生した新長野市のお祝を含め、例年より大幅に玉数を増やして記念の煙火大会を実施。ナイヤガラなどの大型仕掛け花火、10号玉100連発、特大スターマインなど澄み切った秋の夜空に豪快に打ち上げられ、観客を魅了しました。なお、観客は県内外から34万人がお越しになり、大会史上、最高の人出になりました。
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| 平成17年11月23日開催の「第100回長野えびす講煙火大会」を記念して、記念誌を発行いたしました。明治32年に始まりました第1回から100回までの歴史、当時の経済状況、花火等の写真コンテスト入選作品、関係者の討論会などが掲載されております。1冊1,000円で販売しております。 |
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